203話 墜ちてきた竜
「居たぞ! 不届き者どもはここだ!」
無遠慮に響いた声に、フゲンたちは顔を上げる。
見れば、そこかしこの建物から、執行団員たちが続々と姿を現していた。
「まあ! こんなに隠れてたのね」
クオウはあまりに多い敵に狙いを定め兼ね、おろおろと視線を惑わせる。
廃墟のような静けさはどこへやら、今や町は物騒な集団の蔓延る危険地帯となっていた。
「どうする」
「正面突破だろ!」
シュリの問いに、フゲンは即答する。
湧き水のごとく現れ続ける執行団員たちにより、既に彼らは四方を包囲されていた。
「異論無いわ。とにかく、離脱しつつ撒きましょう」
こうなっては、まずこの場を離れなければ身を隠すも何も無い。
カシャは首肯し、他の面々も頷いた。
じり、と地を踏みしめて、一瞬。
6人の冒険者は、正面きって同時に駆け出した。
「我流体術! 《ぶん殴る》!」
「有角双剣術、《二連星》!」
「エトラル式魔法戦闘術、《千年凍土》っ!」
「大盾防御術、《不動の岩山》」
フゲン、カシャ、クオウ、シュリは次々に技を繰り出し、眼前の敵を蹴散らしていく。
武装集団である執行団だが、でたらめな力を持つ若干名を含む、それなりに戦闘慣れした彼ら6人を易々と止められるわけは無い。
また主戦力は教会に詰めているのか、フゲンたちと対峙する執行団員たちは練度がやや足りないふうであり、却って易々と突破されつつさえあった。
「モンシュ、手ぇ貸せ!」
飛び交う攻撃を避けつつ、ティガルは叫ぶ。
執行団員たちの喧騒が響く中でも、その声はよく通った。
「はいっ」
モンシュはすかさず応答し、彼に向かって手を伸ばす。
するとティガルはその手を掴み、竜態に変じたかと思うと、弾みをつけて前方の敵へと突っ込んだ。
「海竜戦闘術・改! 《爪牙連撃》!」
爪と牙を器用に使い、彼は連続して攻撃を繰り出す。
海竜族の頑丈な身体から打たれるそれをもろに食らった相手は、反撃の隙も与えられずに倒れた。
対するティガルは攻撃の反動を利用し、元居た位置へと退く。
と、再び人間態へと戻り、その勢いを余らせたまま、モンシュの懐へと背中から飛び込んだ。
「わっ、と」
モンシュはどうにかバランスを保ち、彼を受け止める。
この間、僅か数秒程度。
曲芸じみた早業に、モンシュは目を輝かせた。
「凄い……! 今の、一瞬だけ竜態になったんですか?」
「ふん、まあな。最初と最後の体勢がまだ上手く調整できねえけど」
まんざらでもない表情で、ティガルは言う。
「お前はおれと身長が近いから、動きを合わせやすい。この調子で行くからついて来いよ」
「はい、任せてください!」
少年たちは、足並みを揃えて走る。
フゲンたちが暴れている場所までは、追いつくに容易い距離だった。
「よし、そろそろ……」
ちらりちらりと周囲を窺い、カシャは呟く。
前の道はかなり開けてきており、仲間たちもちゃんと纏まって動けている。
執行団員たちから一気に離れるなら、今が好機だ。
彼女はモンシュに竜態になってと頼もうと、息を吸う。
当のモンシュも同じような考えで、いつでも竜態に変じられるよう力み始める。
だが、その時。
「増援到着! 増援到着!」
けたたましい声がして、6人の前にザザッと数十人の執行団員が立ち塞がった。
「ッこいつら」
いったいどれほどの数が潜んでいるのか。
限りの見えない敵の軍勢に、彼らはじわりじわりと焦りを生じさせる。
「あれは……さっきのと同じものです!」
半ば上ずった声で、モンシュは新たに現れた執行団員たちの方を指差した。
黒衣の集団が手に持っていたのは、つい先ほど教会で使用された、あのガラスの容器。
中にはしっかりと、灰色の煙が収められている。
執行団員たちが次に何をしようとしているのか、わからないわけは無かった。
「モンシュ、頼める!?」
「はい!」
カシャの叫びに、モンシュは応える。
あの灰色の煙を使われれば一巻の終わりだ。
強引にでも、場を離れなければならない。
6人全員の思考は、概ね同じだった。
モンシュの体が、淡い光を放つ。
執行団員たちが、ガラスの容器を持ち上げる。
どちらが先に事を為すか、その刹那。
「待ちな」
不意にそんな声が割って入ったかと思うと、彼らの頭上からバラバラとこぶし大の石が降ってきた。
「うわっ!?」
石は意外にもさほど硬くなく、ぽこぽこと地面やフゲンたち、執行団員たちにぶつかる。
そして次々に、卵のように割れ、真っ白な煙幕を四方八方に撒き散らし出した。
「こっちだ、早く」
声の主はフゲンたちに囁く。
彼らは前もよく見えない中ながら、その声と互いに繋ぎ合った手を頼りに、どうにか足を動かした。
そうしてしばらく、白い煙幕を抜け出す頃には、彼らは人気の無い洞窟の入り口に立っていた。
いったいどこをどうやって通ってきたのやら。
6人は困惑しつつも、その困惑の発生源である声の主の方へと、目を向ける。
「あ、お前!」
真っ先に声を上げたのはフゲンだった。
次いでモンシュ、カシャ、クオウ、シュリも目を丸くする。
「久しぶりだな、雷霆冒険団」
彼らを導いた張本人。
それは、かつて地底国はウメイの町で出会った青年――フアクだった。
「誰だこいつ」
皆が驚く一方、面識の無いティガルは訝しげな視線を彼に突き刺す。
フアクは明らかに刺々しいその目に構わず、胸を張って答えた。
「知らないか? なら教えてやるぜ。俺様はフアク! 悪事の限りを尽くす『悪党団』の頭領だ!」
途端にティガルの眉間に深い皺が寄り、「不審」が思い切り顔に出る。
カシャは慌てて、彼に耳打ちをした。
「いろいろややこしいんだけど、まあ良い人間よ」
「ああ……だろうな。悪党ってツラじゃなさすぎる」
ティガルは呆れ半分の溜め息を吐く。
確かにフアクの出で立ちは、雷霆冒険団と出会った頃に比べて、随分と素が滲み出ていた。
「地底国に居たのでは?」
シュリがそう問えば、フアクはやたら格好つけた仕草で首を横に振った。
「話すと長い。移動しながら説明してやる」
そうして踵を返し、洞窟の奥に向かって歩き始める。
「お前たちの認識通り、俺様はスアンニーさんたちと地底国で暮らしていた。だがある日、子どもたちにファグ石――天上国で採れる綺麗な石だ、それを見たいとせがまれてな」
無駄に仰々しい声色だったが、内容は平和そのものだ。
だが敢えて、そこを指摘するまでもない。
フゲンたちはひとまず黙って、彼の後ろをついていく。
「悪事を働く好機だ、俺様が見逃すわけもない。俺様は部下たちを留守番に置き、急ぎ飛び立った」
足元の岩をひょいと跨ぎ、フアクはしたり顔で振り返る。
「……で、雷に撃たれてこの島に墜落した」
「馬鹿か?」
「しっ!」
率直な感想を述べるティガルの口を、カシャが塞ぐ。
言葉は時に刃なのである。
「急な悪天候だったんですか?」
「いや、元から雲は怪しかった。それに気流を無視して最短距離を飛んだからな。強行突破ならず、だ。俺様もまだまだ修練が足りなかった」
天竜族は飛行を得意とする反面、地上国に特有の事象である雪や雷は大敵だ。
ゆえに、地上国を飛ぶ天竜族にとって、天候に気を配ることは常識も常識。
……なのだが、フアクは「悪事」を働きたい一心で、それを無視したらしかった。
「とにかく、島に来た経緯はそんなところだ。しかしここは見ての通りの惨状だった。俺様は再び飛び立とうとしたが、襲ってきた奴らに撃ち落とされかけて止む無く撤退……。どうにか隠れ家を見つけ、身を潜めているというわけだ」
「まあ、大変だったのね」
呑気なクオウの声が洞窟内に響く。
何というか、フアクの珍道中についての言葉は、それでもう十分だった。