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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第8章 崩落:嘆くなかれ愛し子よ
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201話 岩の島

「本当に何も見えないわね……!」


 クオウは魔法の出力を弱めないよう努めながらも、興奮気味に声を震わせる。


 舟を、視界を覆う濃い霧は、ともすると隣に居る仲間の顔すら霞ませていた。


「心配いらない。何が飛んできても、全て防いでみせる」


 盾を今一度しかと持ち直し、シュリは言う。


 前情報が無い以上、想像に過ぎないが、この『無明の海域』での動き方に慣れた襲撃者が居ないとも限らない。


 また、雷霆冒険団がいま向かっているのは、執行団の占拠する島。

 人でなく、罠が仕掛けられている可能性も考えられよう。


 見えない景色、しかし確実に敵の居場所に近付く舟。

 一段とひりつく空気をかき分け、雷霆冒険団は前進する。


 そしてようやく、霧がうっすらと晴れ始めた時。


「! 見えた」


 ライルは呟く。

 彼らの目の前に、山の一部を切り出したかのような、いかめしい風貌の島が現れた。


「あれが例の島――ピレイア島か」


「パッと見、まあまあ普通の島だな」


 フゲンはちらりと島を見て言う。


 島それ自体は確かに、切り立った崖を持った巨大な岩のようだったが、船着き場らしきものや、そこから上へと昇る階段など、人工物もちらほら見えた。


 木々は鬱蒼、というほどでもなく、そこそこに生い茂っており、何ら荒廃した様子は無い。


 3年前まで善良な島民たちが平和に暮らしていたというのも、自然に頷ける話だ。


「油断は禁物よ。上陸したら即戦闘も有り得るわ」


「ならとりあえず、船着き場は避けた方がいいよな……」


 ライルは『地図』を荷物の中に仕舞い、島を観察する。


 島の周辺にはいくつか岩が突き出ており、その数は彼の視界に入る限りでも4つ。


 潮が満ちても埋もれないと一目でわかる大きさを持ったそれらのうち、最も高さのある1つをライルは指さした。


「よし、あの岩陰に停めよう」


「了解っ!」


 クオウは魔法を緩め、フゲンは舵とりをシュリに交代する。

 一般的なそれらしい速度になった舟は、ゆっくりと岩に沿って停止した。


「よっ……と」


  すかさずティガルが縄を取り出し、竜態になって岩の縁を1周。

 岩と舟を、縄でしっかりと結びつけた。


 これで上陸の準備は完了だ。


 一行は砂浜へと半ば跳び移るように降り立ち、工夫を凝らして――と言いつつ、ほとんどはライル、フゲン、カシャ、シュリの力技で――崖の上まで到達した。


 しかし、木々の茂る地帯を抜けた先で彼らを待っていたのは、立ち並ぶ家々や畑などではなかった。


「さてと。ここからどう入るかな」


 ライルは腰に手を当て、上を見る。

 そこにそびえるのは、頑丈そうな高い壁だった。


「これ、ずっと続いてるみたいです」


 左右を見渡し、モンシュが言う。

 彼の見立ては全く正しく、壁はどこまでも伸び、島を囲んでいた。


 真新しく無機質な壁は明らかに、本来の島民たちの作ったものではない。

 期待されている機能は、言うまでもなく外敵の侵入阻止だろう。


「馬鹿みたいに仰々しいな」


「こうなると、壁を超えるか壊すか……」


 軽く壁をつついたり叩いたりしながら、ライルたちは頭を捻る。


 と、そこでシュリが控えめに手を上げた。


「ひとつ、考えがある」


 彼は壁に近付き、その継ぎ目にそっと触れる。

 そして、いったい何を思い付いたのかと他の面々が見守る中、「やはり……」と呟いた。


「海風で痛んでいる。潮に弱い素材が使われているせいだ」


 そう言って、シュリがライルたちに見せた指先には、ぽろぽろとした屑が付いていた。


「なるほどな。武力で占拠できても、島での生き方はよく知らなかったわけだ」


 ライルは情報を咀嚼するように頷く。

 ピレイア島を乗っ取った執行団の弱点、それは「侵略者」……言い換えるならば「余所者」であることなのかもしれない、と。


「こうなっているなら……」


 シュリは再び壁に触れ、継ぎ目に指を立てる。

 そのままグッと力を入れれば、壁の表層がほとんど音も無く崩れた。


 続けて、剥き出しになった内部の粘土を掘り、最後に向こう側の表層を突き崩す。

 するとやはり音をほぼ出さず、人が這って通れるほどの穴が貫通した。


「ここから侵入すれば、目立たないはずだ」


「名案だな!」


「凄いです……!」


 ライルたちはわっと沸く。

 知見を活かした必要最低限の破壊工作は、見事と言わざるを得なかった。


 さて晴れて完成した侵入経路に、フゲンが張り切って前へと出た。


「先陣はオレが切るぜ」


「ライル」


「了解」


「なんでだよ!」


 カシャとライルの流れるようなパスに、すかさずフゲンは遺憾の意を表明する。


 が、カシャは呆れたように軽く息を吐いた。


「接敵と戦闘はできるだけ内部に潜ってから。あんたは敵見つけたらすぐ飛びかかるでしょ」


「よくわかってんじゃねえか」


 素直に肯定するフゲン。

 後ろでティガルが「馬鹿言ってないでさっさと行け」とヤジを飛ばした。


 せっつかれながらも選手交代、ライルが先頭に立ち壁の穴をくぐり抜ける。


 彼は確かに壁の内部へと辿り着くや、素早く身を起こして警戒態勢に入った。

 が、その警戒に反して、周囲にはさびれた町が広がるのみで、人の気配は微塵も無かった。


「誰も……居ない……?」


 困惑しつつも、ライルは視線を巡らせ続ける。

 そうこうしている間に、続く6人も次々と穴をくぐってやって来た。


「いやに静かですね。やはり既に勘付かれているんでしょうか……?」


「そうかもしれないわ。気を付けて進みましょう!」


 クオウは握り拳を高く掲げ、気合を入れる。

 かなりの距離と時間、魔法を使い続けていたのに、まだまだ元気が有り余っているらしい。


 かくして雷霆冒険団は、7人総出で周囲に気を配りながら、町の内部へと歩みを進めていく。


「いや……これ、ほんとに誰も住んでないみたいだな」


 しばらく行ったところで、左方に意識を向けつつライルが言えば、前方へ目を凝らしていたフゲンが「ああ」と頷いた。


「どの家も手入れされてねえもんな。それにアレだ、空き家特有のでろっとした感じがある」


「確かに、空気が淀んでいる。活気がまるで無い」


 シュリも重々しく言葉を続ける。

 彼らの話し声は決して大きくは無かったが、静まり返った町の中では、やたら響くようだった。


「連中、奪うだけ奪ってどっか行ったのか?」


 ぶっきらぼうにティガルが言う。

 しかしその言葉に、ライルは首を横に振った。


「それはたぶん無い。信仰心だけは異常に強い奴らだ。『聖なる地』として奪い取ったなら、大事に占拠し続けるはずだ」


「だとしたら、怪しいのは……」


 モンシュは言葉を止め、2時の方向へと視線をやる。

 その先には、少し遠くで根を下ろす、荘厳な教会があった。


「やっぱあれか」


「見るからにって感じだもんな」


 ライルとフゲンは共に同意を示す。


 教会は島の、町の、素朴な風景に全く似つかわしくなく、また壁と同様に真新しく見えた。

 順当に考えるなら、あれもまた執行団が建てたものなのだろう。


「それほど大勢が入る大きさじゃない……ってことは、少数精鋭で守護している可能性が高いわね」


 カシャは顎に手を添え、冷静に分析する。

 異論を唱える者は居なかった。


 少数精鋭。


 ライルたちは、ファストやその一味、またレイのことを思い出す。

 彼らは隊の頭、あるいはそれに近しい立場に居るだけあって、かなりの強敵だった。


 並の執行団員とは一線を画す、厄介な相手だ。

 彼らと同等の強さを持った者たちが待ち構えているとすれば、苦戦は必至である。


 だがしかし、ライルたちは。


「行くか」


 迷いの無い足取りで、教会へと向かうのであった。

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