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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第8章 崩落:嘆くなかれ愛し子よ
208/215

200話 出航、全速前進!

 煌々と光の灯った通路を、ファストは独り歩いていた。


 窓ひとつ無い、息の詰まるような空間。

 嘘くさい光はあれど、淀んだ空気がどこまでも続く、陰鬱な場所だ。


 ファストは眉間に皺が寄りそうになるのを堪え、すまし顔で進んでいく。

 やがて通路の最奥、重々しく佇む鉄の扉を、影魔法の力を借りて開けた。


「やあ。よく来てくれたね、ファスト」


 彼を出迎えたのは、1人の少年。

 それから男性が2人。


 黒衣に身を包んだ彼らは長方形の机を囲み、姿勢を正して椅子に座っていた。


「これは……どうのような集いでしょうか」


 3人の顔と、机の上――何やら分厚い布が被せてある――を見、ファストは少年に尋ねる。

 口元には穏やかな笑みを浮かべ、また柔らかい声色で。


「まあ、まずは座って」


 少年は空いた椅子を指し示し、促す。

 親しげながらもどこか張り付けたようでもあるその仕草に、心の中で悪態を吐きながらも、ファストは彼の言う通り席に着いた。


「……今、俺たちはかつてない試練の前に在る」


 ゆるやかに手を組み、少年は話し始める。

 静寂な室内に、彼の声が響き、染みていった。


「三番隊は隊長のレイもろともに、浅ましい幸運流通と地上国軍の手に落ちた。二番隊も、ファストたち一部の者を除いて壊滅状態となっている。さらに先の作戦も失敗に終わった」


 先の作戦、というのは、天上国での女王誘拐作戦のことだ。


 ああ、あれか、とファストは内心、鼻で笑った。

 というのも、彼は元々あの作戦を邪魔し、主導した一番隊の面に泥を塗るつもりで双子を送り込んだからだ。


 尤も、双子がファストの指示通り作戦に紛れ込んだのは、言うまでもなくピンドーラのためだったのだが。


「主は俺たちに告げているんだ。この試練を乗り越え、新たに生まれ変われと」


 少年は両手を天に掲げ、声高に言う。


 また馬鹿馬鹿しい世迷言を……と、ファストが思ったその時だった。


「ファスト」


 ふっと声を落とし、少年は彼に視線をやった。


「あの双子は、王族だったそうだね」


「ッ!」


 ファストは息を呑む。

 少年が何のことを言っているのか、わからないわけは無かった。


 まさか、双子の素性は自分とヨクヨ、それからゼンゴしか知らないはず。

 本人ら含めて全員、その秘密を暴露することに利益など無い連中だ。


 いったいなぜ、どこから。

 そんな焦りがファストの胸中を駆け巡る。


「俺は悲しいよ。君のことは買っていたのに」


「ホロウ様、いったい何を仰られているのですか? 俺に何らかの疑いをかけられているのなら、それはきっと誤解です。俺が主に、同志に、よからぬことを企むはずがありません」


 ファストは弁明の言葉を並べる。

 心にもないことを口にするのは、何ら難しいことではなかった。


 だがその常套手段も、今回においては功を奏さない。

 少年は悲しげな表情で首を横に振った。


「わかっている。本来の君はそんな人間ではない。けれど、事実として」


 ひと呼吸置き、少年は続ける。


「先の作戦に君がどうしてもというから参加させたあの双子は、天上国の王族で、作戦の遂行を妨げた。地上国軍『箱庭』捜索隊との衝突では、部下を『選んで』離脱した。いずれも信心の無い行動だ」


 彼の言葉と共に、残る2人の視線もまた、疑いの色を持ってファストに向けられていた。


「そして、最初は……そう。カラバン公国の遺跡での敗走だったね。君は『彼ら』について、虚偽の報告をした」


 ファストは懸命に反論を考える。

 しかし、全ては真実であり――そして、ここまで確信を持った異常者たち相手に、有効な説得など無いと、彼自身勘付いていた。


「わかっているよ、俺は。君はあの冒涜的な連中に、魂を汚されたんだ」


「違――」


「違うというのなら、証明してくれ。なに、方法は簡単だ」


 少年は2人の男性に目配せをする。

 無言で頷いた2人は、揃った動きで机上の布をゆっくりと剥がした。


 現れたのは、豪勢というにはやや足りない、それでも十分な量と質の料理だった。


「俺たちと共に、食事をしよう」


 少年は微笑む。

 親しい人間をもてなすかのごとく、否、実際そのような心持ちで。


 しかし彼の厚意に反し、ファストは顔を引きつらせた。


 ファストには、見覚えがあったのだ。

 目の前の、自分のために用意された料理ひとつひとつに。


「っ……う、ぐ」


 温かな料理。

 笑顔。

 胃を満たす感覚。


 火花が散るように記憶が揺さぶられ、彼は吐き気を催す。


 食事をするどころではない。

 ただ口を開くだけでも、胃液が逆流してきそうだった。


 少年は青ざめるファストをじっと見つめ、やがて目を伏せる。


「……やはり駄目か。相当、汚れに侵されているようだね」


 ファストは何も言い返せない。

 じっとりと嫌な汗が、冷や水のように全身を凍えさせていた。


「大丈夫だよ、ファスト。すぐに君の魂を浄化しよう。俺は同志を見捨てはしない」


 少年は慈悲深く微笑みかける。


 ファストはイカレ野郎、と心の中で吐き捨てるので、精一杯だった。



***



「準備はいいか?」


 晴れ渡った空の下、ライルは舟の縁に手をかけて言う。


「おう、いいぜ!」


「万端よ!」


 フゲン、クオウが威勢の良い声で応え、他の面々もそれぞれ頷いた。


 『無明の海域』、そしてその先にある島について情報を得てから、早くも数日。

 雷霆冒険団は漁師から借りた舟を修繕し終え、ついに海へ出んとしていた。


 気さくで好意的な島民たちがあちこちで親切にしてくれたおかげで、彼らの気力と体力は共に十分だ。


 万全の備えを携え、後は前進するのみ。

 ライルは眼前の広大な海を見据え、南を指差した。


「よし、それじゃあ……出発!」


 彼の号令が響くや、フゲンはオールを握りしめ、カシャたちは身を固める。

 そして最後方に座るクオウが、船尾に魔法陣を出現させた。


「エトラル式魔法戦闘術、《天変の風》!」


 瞬間、局所的な嵐とも言えるほどの、凄まじい風が魔法陣から噴き出す。

 それは見えざる手となり、雷霆冒険団の乗る舟を思い切り海原へと押し出した。


「うおっ……と!」


 上下左右に大きく揺れる舟を、フゲンがオールを駆使して制御する。


「いけそうか」


「おうよ! 任せとけ!」


 フゲンはライルに、自信満々の笑顔と共に返答した。


 ――執行団が占拠しているという島に対し、雷霆冒険団が選んだ策は「電光石火」だった。


 力も技も馬鹿にならない、おまけに島を支配するほど頭数を揃えているであろう敵に、生半可な小細工は通用しない。


 何せ相手は、一般人にも容赦しない横暴な集団だ。

 仮に迷い人や商人を装ったとて、大人しく島に上陸させてもらえるとは考えにくい。


 それに雷霆冒険団はこれまでの所業から、執行団に顔が割れていても不思議ではないだろう。


 慎重に行っても高確率で迎え撃たれる……ならばいっそ、迎撃の準備をできるだけさせないよう、一気に突撃して一気に倒してしまおう!


 というのが、策の主旨だ。

 無謀と言えば無謀だが、少数が多数に立ち向かうにあたって、ゲリラ的な戦法を取ることはあながち間違いではない。


 そんなわけで雷霆冒険団は、クオウの高出力魔法とフゲンの力づくの舵取りという両刀で、海を突っ切ることにしたのである。


「あ、ちょっと右に逸れてるな。軌道修正頼む!」


「りょーかい!」


 とは言え、やみくもに進んでは山にも登ってしまう。

 そこで活躍するのが、単純明快かつ最低限にして明確な指標、すなわち『地図』だ。


 ライルは『地図』の入った箱を開け、発される光で方向を確認し、フゲンに伝えていく。


 紙の地図で確認した限りでは、最南の島は、先ほどまで居た島と暫定・『方舟』を結んだ直線上にある。

 そのため、常に舟の進行方向を『地図』の光に対し真っ直ぐになるよう調整していれば、島に辿り着けるという寸法だ。


「クオウさん、疲れたらすぐに言ってくださいね」


「ええ!」


 ライルは方向を示し、クオウとフゲンは舟を操り、残る4人は周囲の警戒。

 7人乗りの、一見すると頼りなさげな舟は、猛る猪がごとく前進する。


 そしてほどなく。

 彼らを、無明の濃い霧が迎え入れた。

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