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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第8章 崩落:嘆くなかれ愛し子よ
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幕間 胎動する綻び

 冷たく静かな海の底。

 海底国軍『箱庭』捜索隊の拠点、その一室で、マッポは机に向かっていた。


「うーん……?」


 机の上に広げられているのは、海底の一部を切り取った地図と、沢山の数値が記された紙束やノート。

 マッポはそれらと顔を突き合わせながら、ペンを片手に右へ左へと首を傾げる。


 そうしていると、部屋の扉が特に何の遠慮も無く開き、ニパータがするりと入ってきた。


「どしたの、マッポ。難しい顔して」


「あっ……ええと、ちょっと気になることがあって」


 マッポは嫌な顔ひとつせず、トコトコと近寄ってくるニパータを隣へと招く。


「今、いつもの観測結果を集計してたんですけど」


「魔力の濃度と海流を見るやつねー」


「はい」


 常日頃から、マッポは近くの海域の観測を行っている。

 それは単純に趣味であり、家族に忌み嫌われ軟禁されていた昔も、海底国軍『箱庭』捜索隊としてアグヴィル協会と手を組むこととなった現在も、誰にも強制されること無く続けていた。


「でもここ、見てください」


 言いながら、マッポは地図のとある一点を指す。

 ニパータはマッポを顔がくっつきそうになるのも構わず、ずいっとそこを覗き込んだ。


「んー? ……なんか、変なマークが描いてあるね?」


「そうです。この地点で、前例の無い魔力が観測できたんですよ」


 少し早口気味になってマッポは言う。

 良し悪しはさておき、この観測結果に興奮しているようだった。


「魔力って、実は人それぞれに個性があるんです。特別な魔道具か魔法を使ってしっかり比較しないと、わからないくらい微妙にですけど……」


「ふんふん」


 ニパータは相槌を打つ。

 ただ彼女はマッポの説明の内容というより、マッポの喋りそのものに関心と好意を寄せていた。


「でも、ここで観測した魔力は『全く違う』んです。既存のどの魔力とも異なる、いわば異質な魔力です」


「新種ってこと? 大発見じゃん」


「そうだったら良いんですけど……」


 と、マッポはにわかに顔を曇らせる。


 彼女は確かに、前例の無い事象に興奮してはいた。

 だが同時にそれが致命的に――より具体的に言えば、人間に害が及ぶくらいに――良くないものである可能性を考えると、どうしても不安は生じるのだ。


 相反する2つの感情に挟まれ、マッポは渋い顔をする。

 するとニパータはにわかに彼女の腕を掴んだ。


「じゃ、見に行こー」


「えっ?!」


 マッポが目を丸くするが早いか、ニパータは部屋の外へと飛び出す。

 その足は少しも止まることなく、拠点の外、町の外までも軽々と突き抜けていった。


「うわわ、ちょっと、ニパータさん!」


「ほら早くー!」


 やがて彼女はドームの外へと、足を踏み出そうとする。

 腕を引かれるがままのマッポは、己が体が海中に突っ込む前に、急いで魔法を使った。


「大海魔法活動術っ、《海獣の被膜》!」


 直後、2人は海中に身を放り出す。

 マッポは魔法で呼吸やら耐圧やらを確保し、ニパータはというと。


「案内よろしくねー」


 魚に似た下半身と、水かきのある手、それから長い触覚を2本持った姿へと変貌し、マッポを背中に乗せていた。


 否、変貌したというより「戻った」と表現した方が正しい。

 なぜならばこの姿こそが、海底国軍の生物兵器として開発された、ニパータの本来の姿なのだから。


 そういう用途を想定して造られた彼女は、海竜族にも負けないほど素早く泳ぐ。


 彼女の体は先ほどまでと変わらないサイズであり、つまりは一般的な海竜族の竜態よりもはるかに小さいため、小回りが利くしさほど目立つこともない。


 人目を気にせず、ニパータはすいすいと海中を前進した。


「えっと……そこの大岩を右へ曲がってください。それから海藻畑を越えて……」


 マッポは頭の中で地図を思い描きつつ、任せられたまま道案内をする。


 そんな具合で、とある町と町の間にある平地に差し掛かろうかという頃、マッポは声を上げた。


「あそこです!」


 指差したのは、岩陰に隠れた窪み。

 竜態の海竜族1人がすっぽりと収まるくらいの大きさで、深さもそこそこあるようだった。


「ん、りょーかい。近付くよー」


 ニパータは少し加速して、窪みへと接近する。


 が、その時。


「ッ!」


 ざわりと、海流が不気味にうねり、2人の肌を撫でた。


 ニパータは反射的にその場で止まり、マッポも咄嗟に防御魔法の構えを取る。


 しかし襲い掛かってくるものは居ない。

 ただ今しがた近付こうとしていた窪みから、身の毛がよだつような気配――魔力が発せられていた。


「なにこれ、ヤバそーじゃない?」


「やばいです! ニパータさん、いったん帰りましょう!」


 思考を共有するや、文字通り尻尾を巻いて2人は場から逃げ出す。


 十分な情報も無しに危ない橋を渡らない、というのが彼女たちの鉄則だった。


「『箱庭』の捜索は争いと凶事を招く……」


 ニパータの背中で、マッポが呟く。


「あの預言は、人間同士の諍いを指しているものとばかり思っていましたが……もしかしたら……」


「かもね」


 短く、それでいて緊張感を帯びた声で、ニパータは言った。


 この世界のうちでもいち早く、彼女たちは不穏な綻びに気付き始めていた。

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