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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第7章 先導:其が行くは苦悩の道
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194話 鉄球

「なんだ、お前か」


 ライルは人影を判別するや、ホッと息を吐く。


 シキと言えば、ケサの部下だ。

 雷霆冒険団と対面した際には、不愛想で刺々しい雰囲気はあったが、決して上司やそれこそピンドーラに不誠実な態度は取らなかった。


 ゆえにこの状況でも彼女は信じるに足る……と考えるライルだったが、反してティガルは彼女にも、変わらず疑いの目を向ける。


「信用できるのか?」


「うむ。あの者はケサのことが大好きだからな。ケサが悲しむようなことはせん」


 ピンドーラもシキに対しては疑う余地が無いようで、自信満々に語った。


 だが、しかし。


 彼らのやり取りを黙って聞いていたフゲンが、おもむろに1歩、前に出た。


「フゲン?」


 ライルが問うが、彼は緊張した面持ちで眼前――シキを見据える。


 その視線に交じるのは、疑いではない。

 心配と、危機感だった。


「女王……陛下……」


 シキの声が室内に響く。

 だがそれは、無事とはとても言えないほど、弱々しかった。


 フゲンが前に出た意図を理解したライルは、目を凝らしながら彼の横に立ち、槍を構える。

 刃を向ける先は、シキではない。


 そう。

 警戒すべきは、シキ自身ではないのだ。


「に……げて……」


 そんな言葉が絞り出されるや、暗闇の中でシキの体が大きく傾く。


 彼女は体勢を立て直すこともできず、そのまま床へと無抵抗に倒れた。


「シキ!?」


 ピンドーラが慌てて名を呼び、駆け寄る。

 倒れ伏した彼女の体に触れると、ぬるりとした感触がピンドーラの手を伝った。


 シキは、間違いなく味方だった。

 しかしだからこそ、敵の攻撃を受け負傷した。


 ピンドーラは絶句する。

 恐怖とも怒りともつかない感情で、気付けば震えていた。


「意外にしぶとかったですよ」


 不意に聞こえてきた声に、一行は視線を上げる。

 部屋の入り口には、ランプを掲げた宰相が立っていた。


 シキとピンドーラを庇うように、ライルたちはすぐさま2人を囲って宰相と対峙する。


 が、いよいよ天上国の軍人にまで手をかけ始めた宰相に、ピンドーラは顔を真っ赤にして叫んだ。


「宰相……! そんなに私が嫌いか!」


「いえ、まさか」


 今にも泣き出しそうなほど感情的になるピンドーラとは反対に、宰相は涼しい顔で答えた。

 まるで悪びれる素振りも見せずに。


「あなた自身に興味はありません。好きでも、嫌いでもありませんよ」


 彼がランプを掲げれば、フゲン意外の面々の視界も少し明瞭になる。

 部屋の外、宰相の背後には、大勢の軍人――無論、宰相に与する者たちである――が控えていた。


「私にとって、あなたは王座の上に積もった埃のようなもの。あなたに思うのは、手早く払ってしまいたいという気持ちだけです」


「あんた、いい加減にしなさいよ!」


 悪辣な言葉の数々に耐え兼ねたカシャが、双剣の柄に手をかけながら吠える。


 宰相が腹に抱えていた野心よりも、それをわざわざピンドーラに見せつけるように話すことの方が、カシャには許し難かった。

 善良な心を傷付けることの罪深さを、カシャは糾弾したのである。


 だがそれでも、宰相は平然として肩をすくめた。


「勝った方が正義です。残念ながらね」


「いーや、ちっとも残念じゃねえな!」


 突然、割り込んできた声に、宰相は片眉を上げる。

 声を発したのは、フゲンだった。


「『勝てば良い』でいいんだな?」


 彼は宰相の悪辣さをものともしない、不敵な笑みを浮かべる。

 いま彼が何を考えているのか、ライルたちにはすぐにわかった。


「ライル。ここ、オレに全部くれるか」


 悪行への仕返し半分、「暴れ」への楽しみ半分。

 そんな具合の声色で、フゲンは言う。


 断る理由は、もちろん無い。

 ライルは力強く頷いた。


「ああ。思う存分、やってやれ!」


 気持ちの良い返事に、フゲンは「よっしゃ」とガッツポーズをする。

 それは同時に、握り拳を作る構えでもであった。


「戻るぞ、みんな!」


「ええ!」


 ライルがシキを背負い、カシャがピンドーラの手を取る。

 フゲンの「目」はもう頼れないが、一度通った道を戻るだけなら、視界が悪くともさほど問題は無い。


 先頭をライルが、最後尾をティガルが務め、フゲンを置いて一行は秘密基地の方へと駆けていった。


「逃がしませんよ。皆の者――」


 無論、宰相は彼らを追わせようと、控えている軍人たちに命令を出さんとする。

 が、彼が指示の言葉を言い終えるより早く。


「余所見すんなよ。お前ら全員、相手はオレだぜ」


 フゲンが宰相を軽く掴み上げ、後ろの軍人たちに向かって投げ飛ばした。



***



 縄梯子を降り、通路から秘密基地へ。

 そして先ほど使ったのとは別の出口から、城内某所の廊下へと、ライルたちは移動する。


 廊下は明るく、見るのも見られるのも易い。

 逃亡にはあまり向かない道だ。


 しかし今、フゲンが居ない以上、そして宰相――と、恐らく存在するであろう彼に与する一派――が既にかなり手を回している以上、暗闇を行くのは却って不利である。


 闇の中で待ち伏せでもされていたら、負けずとも対応が遅れる可能性が高い。

 ましてこちらには怪我人も居る。


 ならばいっそ、戦闘上等で明るいところを突っ走った方が良いだろう……というのが、ライルたちの判断だった。


「ふ、フゲンは大丈夫なのか?」


「ああ。心配いらないぜ」


 不安げな声を漏らすピンドーラに、ライルは淀み無く答える。

 気休めではなく、彼は心からそう思っていた。


 何せあのフゲンが、周りを気にすることなく暴れられるのだ。

 それは高速で追尾してくる特大の鉄球に生身で対抗するがごとく、至難の業である。


 ピンドーラはそれでも浮かない顔をしつつも、ライルの言葉を信じることにしたのか、「そうか」と一言呟いた。

 それから彼女は、クオウの方に視線を向ける。


「えっと……クオウ、そなたは魔人族だったな」


「ええ、そうよ」


「では秘密基地に身を隠しつつ、シキの治療をしてやってくれ。基地の中なら、ある程度は魔法を使っても感知されないはずだ」


 クオウが返事をする前に、それを聞いていたティガルが眉をひそめた。


「いいのかよ。戦力が減るぞ」


「構わん」


 ピンドーラは即答する。

 それほど、傷付いたシキのことがひどく心配だったのだ。


「……わかったわ」


 少し間を置き、クオウが首肯する。

 その瞳には使命感が静かに燃えていた。


「ありがとう。ここから一番近い秘密基地の場所を教える。なに、道筋は単純だ」


 言って、ピンドーラはクオウにその「道筋」を説明する。

 言葉に違わずそれは存外単純で、しかし元々知っていなければわからないようなものだった。


 彼女の説明に耳を傾け、「道筋」をしかと頭に居れたクオウは、ライルから代わってシキを背負う。

 幸いにもシキは小柄で軽く、魔人族のクオウでも、さほど苦労せず持ち上げることができた。


「じゃあ、みんな気を付けてね!」


「ああ!」


 かくして、クオウはピンドーラに教えられた秘密基地へと向かっていった。


 彼女を見送ったのち、ライルは僅かばかり物憂げに、軽く息を吐く。


「にしても、これはいよいよケサの身も心配だな……」


「最悪、あの宰相の仲間がもう城内を支配してるかもな」


「ちょっと、ティガル」


 ピンドーラの不安をさらに煽りかねないことを言うティガルを、カシャが咎める。

 しかし当のピンドーラは、意外にも動揺せず口を開いた。


「大丈夫だ、カシャ。尤もな予測だから」


「陛下……」


「でも、それでも、私は負けない。絶対、ちゃんと王座を守ってみせる」


 胸の前で拳を握り、ピンドーラは言う。

 力を振り絞ったような声と、言葉だった。


「改めて、頼む。この私に、最後まで付き合ってくれ」

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