193話 忍び込む
三角の窓の建物に辿り着いた一行は、フゲンを先頭にその中へと転がり込んだ。
だが屋内に明かりは無く、フゲン以外の面々の視界はほとんど真っ黒に染められる。
「暗いな。誰も居ないのか?」
ライルは目を凝らして辺りを見回した。
かろうじて捉えられる輪郭は、柱、壁、階段などのそれだ。
加えて、何やら壁沿いに物がごちゃごちゃと置かれている。
外から見えた窓は2階のものなのだろうか、少なくともいま彼らが居る部屋には無い。
この暗闇は、そのせいらしかった。
「ピンドーラ! こっからどこ行きゃいい!?」
きょろきょろと忙しなく周りを見ながら、フゲンは言う。
先ほどまでと同様に、彼の視界はライルたちとは違ってそれなりに明瞭だ。
「奥の部屋に、下へ繋がる階段がある。そこを通れば『秘密基地』に辿り着けるはずだ」
「奥……ああ、あの扉から行けばいいんだな」
フゲンは闇の奥に目を向ける。
そこには確かに、ピンドーラの言う「奥の部屋」へと移動できそうな扉が佇んでいた。
進路も定まったところで、引き続き前進しようとフゲンは足を踏み出し、ライルたちもそれに続こうとする。
しかしその時、背後からにわかに騒がしい声が聞こえてきた。
入り口の一番近くに居たティガルが振り向けば、十数人の軍人たちがわらわらと走ってくるのが目に入った。
どうやらシュリたちの足止めをかいくぐってきたらしい。
「おい、来てるぞ!」
ティガルはライルたちへと声を飛ばす。
そこには追い付かれることとは別の――言ってしまえばシュリの安否に関しての、焦りが滲んでいた。
「マジか。んじゃ早いとこ奥の部屋に行こうぜ」
「いや、ちょっとだけ待ってくれ」
先を急ごうとするフゲンを、ライルは束の間引き止める。
それからカシャに抱えられたままのピンドーラの方を向き、少し申し訳なさそうに、天井を指差した。
「ピンドーラ。ここ、ちょっと壊していいか?」
「構わん」
「悪い、ありがとう」
許可を得るや、ライルは槍を構える。
刃を下に、ぐぐ、と力を溜め、一気に天井に向かって振り上げた。
「天命槍術、《閃刻》!」
槍が一閃、頑丈な造りの天井を撫でる。
途端に土煙が立ち込めるが、その向こうで天井にぽっかりと穴が空いたのを、ライルは手応えとして感じていた。
「よし! 行こう!」
槍を下ろし、彼は仲間たちの方に向き直る。
一行はこれまた転がり込むように、奥の扉の先へと進んだ。
フゲンを先頭に、最後尾のティガルが扉を閉めて2秒。
ドカドカと大勢の足音が屋内に入ってきた。
ライルは音から彼らの様子を掴もうと、耳を澄ませる。
彼らは未だ晴れてはいないであろう土煙に戸惑っているようで、しばらくざわついていたが、やがて1人が「天井が破られているぞ!」と叫んだ。
「おのれ、乱暴な真似を……!」
「上だ! 逃がすな!」
止まっていた足音は再び忙しなく動き出し、バタバタと上階への移っていく。
やがて1階には、静けさが戻った。
フゲンはよくわからないような顔でライルと同じく耳を傾けていたが、軍人たちが「罠」に引っかかったことを理解すると、パッと表情を明るくした。
「おお、上手くやったな」
「上手くいっただけだよ」
緩く首を横に振り、ライルは謙遜する。
「さ、今のうちに」
「おう!」
再びフゲンを先頭に、一行は進み出す。
ピンドーラの言った通り、部屋の隅にはこぢんまりとした階段があり、それを下りて天井の低い通路へ。
通路を抜ければ、少し前にライルたちが双子に招かれたのと同じような、小さな隠し部屋に辿り着いた。
幸い追手に勘付かれることもなく、ひとまずの安全地帯に到達した彼らは、各々ホッと息を吐く。
しばらくあれやこれやと動きっぱなしだった分、余計に心身が休まる心地だった。
「そうだ、使い魔でケサを探そうかしら?」
ふと思い出したかのようにクオウが言う。
いまだ彼女の魔力は、使い魔を操る程度のことには十二分なほど余っていた。
が、そこへピンドーラが「いや」と待ったをかける。
「良い案だが、極力魔法は使わない方が良い」
「そうなの?」
クオウが目をぱちくりとさせると、ピンドーラは重々しく頷きながら続けた。
「この状況下、恐らく魔力探知器が根こそぎ持ち出されている。使い魔の出所を探られては事だ」
「そうなのね……わかったわ。でもその探知器? ってなんだか気になるわ。もし持ってる人を見かけたら、観察させてもらえないかしら」
「呑気すぎんだろお前」
無邪気な好奇心に胸を躍らせるクオウに、ティガルは呆れ半分に息を吐く。
しかしクオウは特段傷付いた様子も無く、「そうかしら?」と少し恥ずかしそうに笑うだけだった。
そんな具合に、緊張感があるんだか無いんだかわからない会話を交わすことしばらく。
一行は次なる行動として、この秘密基地から動き始めた。
道案内役は、引き続きピンドーラ。
彼女の示すまま、ライルたちは秘密基地のさらに奥へと進んでいく。
「ここを上がればすぐケサの仕事部屋だ」
ほどなく現れた縄梯子を、ピンドーラは指し示した。
どうやら三角の窓の建物に来たのは、これが目当てだったらしい。
縄梯子はそれなりに古びていたため、最低限の強度が確保されていることを確認したのち、体重の軽いモンシュが先陣を切って昇る。
無論、その真下でライルたちが、いつでも受け止められる準備をしつつだ。
幸運なことに縄梯子は綻びを見せず、モンシュは天井と同化した「蓋」を押し開けることに成功する。
それから彼と入れ替わるようにして、フゲンが直上に跳び、開いた「蓋」から上の部屋へと侵入した。
あとは単純、彼が下に居る面々を引き上げるだけである。
「誰もいねえな」
モンシュ、ライル、カシャとピンドーラ、クオウ、そして最後にティガルを部屋に上げたのち、フゲンは改めて室内を見回した。
ライルも明かりの無い中、気配を探るが、仲間以外のものは勘に引っかからない。
敵が居ないのはまあ良いが、ケサも居ないとなると当てが外れた形になる。
「ふむ、まあ想定の範囲内だな。書き置きでも残しておけば、きっと合流できるだろう」
言って、ピンドーラは手探りで勝手に棚を漁り、紙とペンを手に取った。
そして目を凝らしながら、半ば感覚頼りに文章を綴り始める。
「ケサへ……特別招待用秘密基地で待つ……っと」
「特別招待用?」
ライルが首を傾げれば、彼女は紙を机に置きつつ、顔を上げた。
「幼い頃、ケサを一度だけ招いたことがある秘密基地だ。この書き方なら、他の者には居場所がわかるまい」
「お前ら城内にいくつ秘密基地作ってるんだ……?」
「たくさんだ。外に遊びに行けないのだから、内側に楽しみを広げるほかないだろう」
返ってきたその答えに、ライルは口を噤む。
彼女の境遇と現在を思えば思うほど、涙を抑えるのに相当な力が要った。
「さて、急いで特別招待用秘密基地へ移動するぞ。誰かに見つかっては本末転倒――」
と、ピンドーラが踵を返した瞬間。
暗がりから、カタン、と音がした。
「っ!?」
場の全員が、一斉に警戒態勢を取る。
ライルとフゲンは前に出、カシャがピンドーラを抱き寄せ、モンシュ、クオウ、ティガルがいつでも動けるよう構えた。
緊張が張り詰める空気の中、部屋の扉が静かに開く。
そうして姿を現したのは――ケサの部下である、シキだった。