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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第1章 萌芽:春来たるが如く
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19話 衝突

 予想の斜め上、というか斜め下を行く返しに、フゲンは思わず率直な感想を吐き出した。


 軍人が飯を食べていて遅刻など、そんな間抜けなことがあっていいのだろうか。

 加えてどういうわけか、悪びれる素振りが一切ない。


 もしやこれも「油断させて……」みたいな策の内か? と一周回って警戒し、フゲンは背中をライルに任せて黒マスクの方を注視する。


「これで……今月4回目か……」


 が、彼は遠い目をしてそう呟くだけ。

 頭上の竜は本当に、任務より食事を優先したらしい。

 しかも常習犯のようだ。


「後で反省文、あと次やったら減給な」


「えー」


 竜はミョウから発せられた「減給」の言葉にも動じず、あろうことか不服そうな声を出す。

 何が彼をそこまで食に駆り立てるのか、全く謎である。

 単に不真面目なだけかもしれないが。


「えーじゃない! お前はどうしていつもそう先輩方に迷惑をかけるんだ!」


 反省の「は」の字も無い態度に、黒マスクがぷりぷりと怒り出す。


「それを言うならミョウさんも大概じゃないですか?」


「大概だけど! あの人みたいなのが何人もいたら収拾が付かなくなるだろ!」


「あれ、いま俺に飛び火した?」


「気のせいですよお」


「だいたいお前は朝も全然起きないし実家からの手紙をその場で破いて散らかしたまま片付けないしすぐ変な奴に絡まれるし出会い頭にわけのわからん料理を口に突っ込んで来るし、毎回相手をする俺の身にもなれ!」


「ごめーん」


 黒マスクは何かのスイッチが入ってしまったのか、若干ミョウを巻き込みながら竜に小言を乱射する。

 ライルたちは、ともすれば子どもの喧嘩のようなそれに呆気にとられるばかりだ。


「皆さん」


 しかし、そんな騒がしさをリンネの一声が止める。


 途端に張り詰める空気。

 小柄な女性の体から、獅子をも殺してしまいそうな威圧感が放たれる。


「お喋りはそこまでにして、任務を果たしましょう」


 早く目の前の犯罪者たちを殺したくて仕方がない。

 ギラギラとした熱を秘めた瞳が、彼女の内心を雄弁に語っていた。


 リンネはぬらりと剣を抜き、ライルたちに向ける。

 それに呼応して黒マスクはじめ他の軍人たちも、即座に戦闘態勢に入った。


「その前に……ちょっといいか、天竜族のお嬢ちゃん」


 一触即発の雰囲気の中、ミョウがモンシュに語り掛ける。


「君は彼らに脅されているのかい? もしそうなら俺たちが助けるよ」


 あくまで優しい口調と声色だが、暗に「これが最後の逃げるチャンスだ」と言っているようだった。


「いいえ! 僕は自分の意志で行動しています」


 だがモンシュはきっぱりと言い切る。

 迷いの無いその態度に、ミョウは溜め息を吐いた。


「そっか……。小さい子に乱暴するのは嫌なんだけど、仕方ない」


「やりたくないのなら、私が代わりにやりましょうか」


「やめてください子どもを殺す気ですか」


「はい。犯罪者に年齢は関係ありません」


 もう一度、ミョウは深く溜め息を吐く。

 この上司は手加減というものを知らなさすぎる。


 新兵たちは知らないが、昔はむしろ優しすぎるくらいだった。

 相手がどんな極悪人だろうと、できるだけ傷付けないよう努めていたし、なんとか改心させようと説得を試みることも日常茶飯事だったのだ。


 しかしどうだろう、今の彼女は苛烈そのもの。

 『箱庭』捜索隊に異動になったのだって、半分は確かな実力によるものだが、半分は上層部が彼女の暴走癖に困り果ててのこと……つまり、悪く言えば厄介払いだ。


 根っからの悪人なんていない、彼らはただ道を間違えただけ……そう語っていたかつての彼女。

 あの頃は良かったなあ、なんて在りし日のことを懐古しつつ、ミョウは背負っていた大剣を下ろす。


「黒マスクは俺がちゃちゃっと片付けるから、フゲンはあっちの軍人たちを頼む。モンシュは上のを何とかするまで、体力を温存して待っててくれ」


「おう!」


「わかりました!」


 ライルは指示を出し、フゲンと前後を入れ替える。


 周囲は草原。

 遥か向こうの方へと続く道が1本あるだけで、通行人も建物も見当たらない。


 戦うにはうってつけの場所だ。


 雷霆冒険団と地上国軍、数にして3対28。

 両者は各々得物を構え、敵対者との開戦に備える。


「かかれ」


 リンネの号令を合図に幕が上がる。

 彼らは一斉に駆け出した。


 ライルは一切の躊躇なく、黒マスクへと斬りかかる。


 おそらく彼は魔人族。

 魔人族には痛い目に遭わされたばかりである。


 それを抜きにしても「魔法」の力は未知数だ。

 油断は絶対にできない。


「風魔法戦闘術、《精霊の息吹》」


 黒マスクが手をかざすや否や、小さなつむじ風が巻き起こりライルの槍を弾く。

 新人と言えども軍人は軍人、そう簡単には倒させてくれないようだ。


 ライルは斥力を受け流すように、軽くステップを踏み数歩下がる。


「酷い奴だな」


 じとりとライルを睨み、黒マスクは言った。


「それとも考え無しか? たかがチンピラ1人で、残りの隊員をみんな倒せるとでも思っているのか」


 どうやら彼は、ライルがフゲンにリンネたちの相手を任せたことを非難しているようだ。

 憎悪とはまた違った、冷たい視線が突き刺さる。


「今まで何組も冒険団を取り締まって来たけど、どいつもこいつも無謀な馬鹿ばかりだった。力が無いくせに国に歯向かう、『箱庭』を探そうとする」


 彼は再び手をかざし、今度はいくつものつむじ風を発生させる。

 小さなそれらは番えた弓矢のごとく、ライルに向けられた状態で留まった。


「お前たちは、どうして身の程をわきまえないんだ?」


 黒マスクは冷淡に問う。

 ライルは、不敵に笑って答えた。


「願いがあるから」


 愚直な言葉に、黒マスクは目を見開く。

 それからぐっと眉間に皺を寄せ、目を伏せた。


「そうか……」


 続く言葉を掻き消して、つむじ風が一気に放たれる。


「風魔法戦闘術、《千々の風刃》!」


 視界を埋め尽くすほどの、凶器と化した風。

 だがライルはそれを避けようとはせず、刃を下にして槍を構えた。


 己と風との距離を見定め、1歩も動かず引き付ける。

 吹き付ける余分の風を物ともせず、目を開いたまま堂々と待ち構える。


 ほとんど前後の差無く押し寄せるつむじ風の、わずかに先行するひとつが、間合いに入った。


「天命槍術」


 瞬間、ライルは槍を右下から左上へ一直線に振り上げる。


「《閃刻》!」


 その一撃は、音より速く。

 幾多のつむじ風を残らず食い裂き、無に帰した。


 さらに空を切る斬撃は黒マスクにまで届き、彼の体に斜めの線を刻む。


「が、は……」


 鮮血を散らし、黒マスクは地に倒れ伏した。


「おま、え」


「大事なとこは傷付けてないはずだから、後で手当てだけ受ければ大丈夫だ。安心してくれ、俺は人殺しはしない」


 必死に顔を上げて睨み付けてくる黒マスクに言い残し、ライルは踵を返す。

 背中に刺さる視線に込められた感情には気付かず、「上手く加減できた」と満足げに。


「さて、加勢に行くかな」


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