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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第7章 先導:其が行くは苦悩の道
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191話 事態は再び

 ライルが何か答える前に、ピンドーラは軍人たちの前へと歩み出た。


「皆の者、注目せよ!」


 彼女は胸を張り、堂々たる様子で声を上げる。

 途端に、軍人たちの間の空気がざわりと変わった。


「えっ!? へ……陛下!?」


「なぜこのような場所に……?」


 大木の枝葉を揺らすがごとく、動揺は反響し、大きくなっていく。

 そんな中で、彼らは1人、また1人と武器を下ろしていった。


「詳しい事情は後ほど伝える。今はこれだけ理解せよ。『この者たちは敵ではない』とな」


 ピンドーラが続けて言えば、軍人たちは顔を見合わせる。

 やがてある1人が、恐る恐る口を開いた。


「し、しかし陛下、その不届き者どもは城の使用人に手を出し……」


「そのあたりも追って説明しよう。それでも、私の言葉が疑わしいか?」


 責めるような口調ではなく、しかし弱気など全く無いふうにピンドーラが言えば、軍人は慌てて首を横に振った。


「い……いえ。仰せのままに」


 他に異論のある者は居ないか、あってもひとまず押し黙る者ばかりかで、軍人たちはざわつきも収めて皆閉口する。


 それを見たピンドーラはにこりと笑い、満足そうに頷いた。


「では、騒ぎは終いだ。良いな」


「はっ!」


 軍人たちは揃って返事をする。

 つい先ほどまで構えられていた武器は1つ残らず収められ、ライルたちへ向けられていた敵意の視線もほとんど無くなっていた。


 ここまで、ものの数十秒。

 収拾が付かないと思われていた事態は、呆気ないほど手早く収まった。


 ライルがピンドーラの方に改めて視線を送ると、彼女はそれに気付き、彼の方を振り向いてゆっくりと頷く。

 晴れやかとは言い難いが、納得はしたような表情だった。


「さて、では皆の者。ひとまず各々持ち場に戻って――」


 と、ピンドーラが誘導をしかけたその時。


「どうしました、皆集まって。不届き者が見つかりましたか?」


 軍人たちの間をかき分け、1人の男性が歩み寄ってきた。

 白髪交じりの、初老の男性だ。


 ライルは彼のことをじっと見つめ、その実態を探らんとする。


 男性は分厚い生地を使った裾の長い上着が特徴的な装いをしており、どうやら軍人とは違うものの、上等な立場にある人間らしい。


 顔付きは温厚に見え、口調や声色も優しげだ。

 一方で、「上」の立場としての振る舞いに慣れているのだろう、他者――今の場合は軍人たち――に対し、1段上から話しているような雰囲気もある。


 果たして敵か、味方か。


 ライルが自分の中で判断を下すより先に、ピンドーラが口を開いた。


「おお、宰相」


 その声は明るく、警戒とは無縁だった。


「私が信頼を置く者の1人だ。頭の切れる働き者だぞ」


 彼女はいったんライルたちの方に顔を向け、少し声量を落として言う。

 それからまた男性、改め宰相の方へと向き直った。


「案ずるな。今しがた事態は収まったところで――」


「おや、なんと!」


 ピンドーラの言葉を遮り、宰相は目を丸くする。

 同時に仰け反り、少々わざとらしくもあるくらいに、驚いたような仕草を見せた。


 そして彼は、続けて言う。


「これはいけません。皆の者、武器を構えなさい」


 瞬間、目に見えて空気が張り詰めた。


「……宰相?」


 ピンドーラは今一度、彼を呼ぶ。

 先ほどとは異なり、強張った声だった。


 だが宰相は構わず、言葉を続ける。


「あれは女王陛下の偽物です。生かしておいてはいけませんよ」


「なっ……!」


 あまりにも不敬で物騒な台詞にピンドーラは絶句する。

 彼女に代わって声を上げたのは、ライルだった。


「何言ってるんだ! ピンドーラは本物だぞ!」


 ライルは信じられない! と言わんばかりに主張する。


 それもそのはず、女王に信を置かれている宰相ともあろうものが、疑いを通り越して「偽物」と断定するとは何事か。

 非常事態下であることを鑑みても、全くもって非常識である。


 しかしながらそれでも、宰相は涼しい顔をしていた。


「おやおや、ではなぜ女王陛下があなたがたのような不届き者の肩を持つので?」


「そりゃあオレたちが悪くねえからだよ。いやちょっとは悪いけど……オレたちより悪ィ奴が居るんだ」


 そうフゲンが援護すれば、呆気に取られていたピンドーラも反論する。


「そうだ、宰相。私は真の不届き者たちに攫われるところだった。それをこの者たちが救ってくれたのだ」


 まだ動揺の残っている様子ではあったが、彼女はでき得る限り堂々と、己とライルたちの潔白を訴えた。

 その細い体で懸命に立ち、敵意へと真っ直ぐ向き合わんとする姿は、いっそ痛々しくもあった。


「やれやれ……。なんと見苦しい。王の証も持たずに何を言おうが、子どものごっこ遊びに過ぎませんよ」


 宰相は言いながら、大げさにかぶりを振る。

 あまりに素っ気ない反応だ。


 ライルは彼の振る舞いに眉をひそめつつ、ふと浮上した疑問をひっそりと口にした。


「王の証?」


 彼は特段、誰に問いかけたわけでもなかったが、その声が耳に入ったモンシュが、彼の傍に寄って囁く。


「冠のことです。ピンドーラさんが付けていた――あっ」


 と、モンシュは不意に話すのを止め、口元に手を当てた。


 視線の先はピンドーラの頭。

 そこには、謁見の間で会った時には飾られていた冠が、影も形も無かった。


「少し前までは付けていた! 攫われ、麻袋に詰められた時に失くしただけだ! 犯人どもを問い詰めれば見つかるだろう」


 そう、ライルとモンシュが彼女と2度目に会った時……もっと言えば、フゲンが麻袋の中から彼女を助け出した時から、冠は無いままだった。


 執行団員が持ち去ったのか、偶然どこかで落としたのか、理由は定かではない。

 ただただ、今ここに、ピンドーラを女王たらしめる要素のひとつが欠けていることだけが確かだ。


 宰相はピンドーラを一瞥すると、ふん、と鼻で笑った。


「あんなに上等な冠を見逃す悪党が居ますか?」


「ぐっ……」


 ピンドーラも、ライルたちも押し黙る。

 冠が無いことに関しては、何も情報が無い以上、反論をすることも難しかった。


 依然、宰相は態度を軟化させず、軍人たちも、いまだ困惑交じりながら徐々に疑いの目を持ち始めている。


 せっかく収まりかけていた事態が、再び曇りゆきつつあった。


 ライルは次なる説得の言葉を生み出すべく、あれやこれやと考えを巡らせる。


 何せこれは自分たちだけでなく、ピンドーラ、ひいては天上国全体にも関わってくる問題だ。

 要らぬ不信やわだかまりを残すわけにはいかない。


 だが、彼が妙案を思い付くよりも前に。


「……御託はもう飽きた」


 冷めた声と共に、ティガルが宰相に掴みかかった。


「ティガル!」


 ライルやカシャが驚いて叫ぶのと、宰相の脇に居た軍人がティガルに剣を向けるのとが、ほとんど同時だった。


 既に拳を握っていたティガルは、しかしひらりと身を翻して剣を躱し、宰相から離れる。

 軍人たちが一気に殺気立ち、宰相はあっという間に、彼らによって護衛を固められた。


「ちょっと――」


 諫める言葉を発そうとカシャが口を開くが、ティガルは彼女の叱責を聞こうともせず、ピンドーラの方を見る。


「おい女王。お前も薄々わかってんだろ」


「な、何を」


 ピンドーラは彼の鋭い視線にたじろぎながらも、発言の意味を問う。


 軽く息を吸い、ただならぬ空気に一矢を突き立てるがごとく、ティガルは答えた。


「こいつは執行団とグルだ。お前のことを潰そうとしてる」

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