190話 再会プラスアルファ
ピンドーラと双子が別れの時を迎えていた頃、さて一方のフゲンたちはというと。
「おいどうすんだこれ!」
「うーん、どうすっかなあ! 女王はどっか行ったしあいつらは聞く耳持たねえし!」
相変わらず天上国の軍人たちに追い回され、城の敷地内を逃げ続けていた。
ライルとモンシュが居ない中、強行突破で脱出するに脱出できず、彼らはしつこく追撃してくる軍人たちをひたすらに躱す。
とはいえ軍人たちがしつこいのも当然だ。
国の大事な王族が居る城内で、破壊および暴力行為をはたらく者たちを放っておけるわけがない。
もし女王が行方知れずになっているとの情報が共有されていれば、追跡の手はいっそう苛烈だったろう。
いやそれだけならばまだ良い方で、最悪、城中がより混乱に陥っていたかもしれない。
その点、ケサの判断は正しかったと言える。
実際のところは、彼女はいま頭を抱えている真っ最中であろうが。
「ねえ、おれたちの処分ってどうなると思う?」
「言うな。それいま考えないようにしてるから」
フゲンたちと共に足を動かしながら、ツイナとフーマが言葉を交わす。
現状、最も悲惨なのは彼ら、さらに言えばフーマだろう。
とばっちりに次ぐとばっちりで、軍人生命どころか普通に命すら危うくなっている。
犯罪者を見れば即殺しにかかるリンネの耳に、今の彼らの状態が知れたら……と考えるだに恐ろしい。
「ごめんなさい……わたしが加減を間違えたばっかりに……」
クオウはしょんぼりと肩を落とす。
どうやら女王を結果的に吹き飛ばしてしまったことを、気に病んでいるようだった。
確かに、あのままピンドーラと共に居れば、軍人たちの誤解をとくことができていたかもしれない。
が、そんな「たられば」を払いのけるように、カシャは優しく彼女の背に手を添えた。
「いいのよクオウ。そもそも最初に、フゲンを制御できなかった私にも非があるわ」
「急に飛び出して悪かった!」
「笑顔が隠せてねえぞ」
ティガルはじとりとフゲンを見る。
なるほど確かに、そこには不可抗力で暴れることができ、活き活きとしている表情があった。
「一番は人助けのためだ、そこはほんとだぜ」
「どうでもいいから早くここからの逃亡方法を考えてくれ……」
げんなりとした声で言いながら、フーマは後方からの攻撃魔法を同じく魔法で相殺する。
その様子は悲惨なほどに、フゲンとは対照的であった。
それはさておき、彼の言葉は尤もだ。
いつまでも追いかけっこをしているわけにはいかず、早急に何かしらの打開策が求められる。
少し間を置いたのち、静かに挙手したのはシュリだった。
「では自分が囮に」
「駄目に決まってんだろ!」
自己犠牲的な提案をティガルが真っ先に一蹴する。
食い下がることを許さないその勢いと圧に、シュリはそろりと手を下ろした。
次に口を開いたのはクオウだ。
「二手に分かれるのはどうかしら?」
「んー、ますます収拾つかなくなりそう」
と、のんびりとした調子でツイナが首を横に振る。
お前が言うなと突っ込まれそうなところだが、発言内容に理はある。
「クソ、せめてライルたちと合流できりゃあな……」
「いっそ空から降ってきたりしないかしら」
カシャは双剣をいったん鞘に納めながらぼやいた。
すると、その時。
「――い」
どこからか、微かに声が聞こえてきた。
空耳かどうかなどと思考がはたらくより先に、自然とカシャの視線が上に向く。
何を期待したわけでもない。
ただ単に、何となく、半分無意識にそうしただけだ。
しかし現実は、文字通り彼女が想像だにしなかった様相を現した。
「おーーーい! みんなーーー!」
カシャの、フゲンの、皆の視界に、飛び込んできたのは3つの影。
もとい――ライルとモンシュと、女王だった。
「は!?」
もはや誰のものかわからない声が上がる。
ただし、カシャとティガルが交ざっていたのは確実だ。
月明かりを背に受け、3つの影は見る見る下降してくる。
魔法を使っている様子は無く、普通に自由落下だ。
かと思えば、城の2階くらいまでの高さまで来たところで、ライルが他2人を両脇に抱える。
そのまま器用に、そちこちの出っ張りやら木の枝やらに足を引っかけて勢いを殺し、やがてすとんとカシャたちの目の前に着地した。
「良かった、ようやく会えたな!」
モンシュと女王ピンドーラを地面に下ろしながら、ライルは朗らかに笑う。
「皆さんご無事で何よりです!」
「うむ、ひとまずは安心だな」
モンシュもピンドーラも、同じくにこにこと落ち着いたふうだった。
すなわち、落ち着いていられないのは、彼らの出現を目にした面々の方だ。
「……ッ……ッ……な、なんで女王陛下と一緒に居るわけ!?」
物凄い数の言葉を呑みこみ、カシャはやっとのことで最も気になったことだけを絞り出す。
彼女はまだ良い方で、ティガルは驚きと怒りで絶句しているし、フーマに至っては卒倒寸前だ。
まあ、この3人意外は概ね「ああびっくりした」程度の反応だったが。
「ええと、いろいろありまして……」
モンシュは眉を八の字にして、申し訳なさそうな表情で言い淀む。
だがちらりと視線をやった先、ライルとピンドーラが迷いなく頷いたのを見て、ほどなく話を始めた。
ケサに計画を勘付かれていたこと、詰められている最中にピンドーラの行方不明を知ったこと、彼女を探しに行ったこと、そのあとに起こった様々なこと。
本人たちが知られたくないであろう、双子の素性だけはぼかして、モンシュは事の次第をかいつまんで説明した。
「……まあ、何というか……不幸中の幸いだったな」
すべてを聞き終えたのち、先ほどよりも更に疲れた顔をしたフーマがなけなしの感想を吐き出す。
既に情報過多らしかった。
「ちなみに今だけ、ただのピンドーラだ」
「そなたらも助手に加えてやろうか?」
「事件ほぼ解決してんだから要らねえだろ」
探偵騎士気分がまだ尾を引いているらしいピンドーラに、ティガルが容赦なく言い放つ。
が、ピンドーラはその素っ気なさが却って気に入ったようで、「ふふ」と笑い、反論などはしなかった。
「しっかし、そっちはそっちで大変だったんだな」
自分たちの「大変」を引き起こした自覚があるのか無いのか、フゲンは感心したように言う。
「ああ。悪かったな、合流を後回しにしちまって」
「仕方ないわ。緊急性が違うもの」
カシャはまるで気にしていないかのように、軽い調子でライルに返答した。
口にした言葉に嘘は無かったが、ピンドーラを気遣う心も確かにあった。
「ところでそなたら、私を攫った2人はどうした? 逃げたか?」
「殴り倒した。たぶんまだ気絶してんじゃねえかな」
「ほう、やりおるな」
ピンドーラは満足げに頷く。
敵が倒されたことよりも、フゲンの威勢の良さが好ましいらしかった。
雷霆冒険団は再び全員が揃い、行方不明の女王は保護、黒幕だった執行団の者たちも無力化に成功。
ついさっきまでの混乱ぶりからすれば、まずまずの状況だ。
しかしこれで一件落着、というわけにもいかず。
「居たぞー! しかも増えている!」
そんな男の声がするや否や、いくつもの灯りが集まってきた。
言わずもがな、不届き者を探し回っていた軍人たちである。
「やべ」
「どこまでも追ってきやがるな、あいつら」
「ええと、とりあえず隠れましょうか?」
再び接近する危機にわちゃわちゃとする一同だったが、そこへピンドーラが割って入った。
「待て待て、もう逃げずともよい。私が直々に話を付けてやろう」
「良いのか?」
ライルは目を丸くする。
ピンドーラが軍人たちと話を付けるということは、つまり彼女が女王として振る舞うことに相違無いからだ。
彼女が「苦しい」とこぼした、女王として。
「うむ、城内の脅威は既に無力化されたからな」
続ける言葉に詰まるライルに、ピンドーラは明るい表情を見せる。
それから、ライルとモンシュの手を取り、小さな声で言った。
「……もう満足した。ありがとう」