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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第7章 先導:其が行くは苦悩の道
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188話 優しい嘘

「ピンドーラ!?」


「誰だ!!」


 ライルと、階段に居た執行団の男が叫んだのは、ほぼ同時だった。


 男は腰に下げていた剣を抜くが、直後、自分の目の前に現れたその人物が誰かを認識する。


「じ、女王……!?」


 彼の動揺と警戒に染まっていた顔色が一転し、喜びに満ちた。

 それもそのはず、取り逃がしたと思っていた獲物が自らやってきたのだから。


 剣を握り直すと、男はピンドーラに近付こうと片足を踏み出す。


「神はやはり我々の行いを見ていらっしゃる! 素晴らしき幸運だ。双子よ、改めて彼女を」


「天命槍術、《晩鐘》!」


 男が言い終える前に、ライルは物陰から飛び出し、彼に技を叩き込んだ。


 奇襲を受けた男は呻き声すら上げず、その場に崩れ落ちて伸びる。

 油断した普通の執行団員1人など、まるでライルの敵ではなかった。


 とはいえ、ピンドーラがいきなり姿を晒すとは、思いもよらぬ突然のことだ。

 ライルは槍を下ろしつつ、瞬間的に生じた焦りを逃がすように、軽く息を吐いた。


「ふう、危なかった……」


「ピンドーラさん、何があったんですか?」


 遅れて、モンシュも灯りの下に出てくる。


 だが当のピンドーラは、ライルとモンシュに見向きもしない。

 ただその手は震え、唇は吐息を漏らし、目は涙を堪えていた。


「あ、ああ……! やっぱり、やっぱりそうだ」


 彼女はうわごとのように呟きながら、ふらりと歩み出る。

 そのまま1歩、2歩と進み――立ちすくむ双子に、抱きついた。


「シンフ、グスク……!」


 感極まった様子で、ピンドーラは彼らの名を呼ぶ。

 決して、人違いなどではないようだった。


「無事……だったんだね……! 2人とも、生きて……っ!」


「ピンドーラ……」


 双子の方もまた、そっと彼女を抱きしめ返す。


「お前こそ」


「ぶじでよかった」


 ピンドーラに応えるその声は、いつもの冷たく排他的な彼らからは到底考えられないほど、優しく温かだった。


「ど、どういうことだ……?」


 さて他方、ライルとモンシュは完全に置いてけぼりである。


 執行団に属する双子と、天上国の王族であるピンドーラ。

 全く接点があるとは思えない両者に、どうやら並々ならぬ関係があったらしい。


 ……と、それだけをかろうじて理解しつつ、しかしやはりわけがわからぬまま、ライルたちは3人のやり取りを見守るしかない。


「ごめんね、私……何もできなくて……。あなたたちが犯人だって決めつける人たちを、止められなくて……」


 相当に、様々な思いが溢れ出しているのだろう。

 ピンドーラはついに泣き始め、途切れ途切れに語り掛ける。


「父様や母様たちを手にかけたのは、絶対あなたたちじゃないって、私が一番わかってたのに……!」


 その言葉に、ライルはハッとする。


 ピンドーラの父母たち。

 それはつまり、天上国の王族だ。


 彼らを手にかけた云々とは……いつか聞いた、王族暗殺事件のことを言っているに違いない。


 さらにピンドーラの双子に対する、この親しげな振る舞い。

 双子の、やたら城の造りに詳しげな様子。


 点と点がうっすらとした線で繋がれる。

 ライルがふと隣を見れば、モンシュも何かに思い当たったような表情をしていた。


 少しためらい、けれどもライルは慎重に口を開く。


「シンフ、グスク……お前らってもしかして」


 彼が言い切る前に、双子はピンドーラの腕からするりと抜け、ひたりと視線を彼に止めた。


「そうよ」


「俺たちは」


「ピンドーラのいとこ」


「天上国の、王族」


 この場に第三者が居ないからだろうか。

 それとも、他に思うところがあったからだろうか。


 何にせよ、シンフとグスクは呆気ないほど素直に、ライルの疑問に応えた。


 自ら勘付きつつあったライルは、真実を明言されてもさほど衝撃を感じなかった。

 在ったのはただ、静かな納得感。


 そして、双子の「これまで」を曖昧ながら察すると同時に訪れた、深い悲しみだった。


「……? な、何――じゃなかった、なんだ? そなたら知り合いだったのか?」


 先ほどライルたちが驚いたのとは反対に、今度はピンドーラが目を丸くする。


 彼女からすれば、取り引きを持ち掛けた者たち……あるいは一時の「仲間」たちが、長らく会っていなかった親族と、少なくとも名前を知った上で話しているのだ。


 これが一般人同士ならば単なる奇遇で済む話だが、何せ片や冒険者、片や王族ときている。

 組み合わせとしては、水と油のごとく意外だと言える。


「いえ、知り合いと言いますか……」


 モンシュはおろおろと目を泳がせ、口ごもる。


 双子はピンドーラを救うために動いていることに関して、誰にも言うなと釘を刺した。

 この「誰にも」の、恐らく最たる例がピンドーラ本人だろう。


 もし彼らがピンドーラに事を知られて良いならば、さっさと姿を現して本人に直接はたらきかけた方が早いからだ。


 さてどう説明したものか……と、モンシュもライルも頭を捻る。


 が、双子はあっさりと言った。


「いいよべつに」


「一番秘密にしたいことがバレたし」


 どうやら自暴自棄、というわけでもない様子だ。

 生存と存在を知られた以上は、何を隠す気も無いらしい。


 ライルとモンシュは目配せをして、しばし言外に通じ合う。

 それから、ライルが説明役を請け負い、口を開いた。


「あのな、ピンドーラ。こいつらがお前を助けるよう、俺たちにヒントをくれたんだ」


「えっ」


 ピンドーラの肩がぴょんと跳ねる。


「じゃあ……2人は……自分たちの方が大変なのに、私のためにわざわざ……?」


 震える声には、憂いと嬉しさ、申し訳なさと感激が入り乱れていた。


 だが彼女はすぐに、その今にも爆ぜそうなくらい満杯の感情を押し込めて、平静を引っ張り出す。


「し、しかしよく情報を得られたな。この男、執行団というのだろう。物騒な集団だと聞い――」


 伸びている男に目を落としながら話すピンドーラは、そこではたと言葉を止めた。


 何のことは無い。


 双子との再会で熱された頭が、少々落ち着いたことで冷え、思考が回り始めたことにより、気が付いたのである。


 男と双子が、よく似た雰囲気の装束を纏っていること。

 さらに言えば、両者の装束には、同じマークが記されていることに。


「…………」


「まさか……2人とも」


 黙りこくる双子に、ピンドーラは恐る恐る声を発する。


 ライルが先ほど抱いた疑念とは違い、真実を拒絶する色が浮かんでいた。


 少しの空白を挟み、次の言葉が紡がれる――前に。


「そうです! 執行団に紛れ込んで、情報収集してたみたいなんですよ!」


 大げさなくらい明るい声で、モンシュが割って入った。


「最近まで地上国に居たらしいんですけど、たまたま嫌な噂を聞いたようで……ね、ライルさん!」


 彼は早口で即興の「真実」を披露し、隣のライルにバトンを渡す。


 その意図がわからないほど、鈍いライルではない。

 即座に頭をはたらかせ、モンシュの「真実」を援護するように話を続ける。


「ああ! そういうふうに聞いたぜ。執行団の仲間に成りすまして、お前の危機に駆け付けたんだ」


 子ども騙しで、この上なく粗末。

 けれども、この上なく優しさに満ちた嘘。


 ライルとモンシュは懸命にそれを組み立て、双子とピンドーラの心を守ろうとする。


 ピンドーラは、彼らの勢いの良い話ぶりにしばらく面食らったような表情をしていたが、やがて束の間の迷いを経て、顔を綻ばせた。


「そ……そうであったか! ならば、うん、それなら良い。いや、本当にありがとう。シンフ、グスク」


「……べつに」


 シンフとグスクは揃ってそっぽを向く。


 不確かで穏やかな安堵が、場の空気をそっと撫でた。

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