表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第7章 先導:其が行くは苦悩の道
193/215

186話 秘密の捜査員

「執行団ってわかるか? 天上国にはあんまり居ないかもしれないけど、暴力的で厄介な奴らでさ。理由はよくわからないけど、お前を攫おうとしてたみたいなんだよ」


「なぜそのようなことを知っている?」


 女王は疑いを含んだ目でライルを見る。

 執行団が悪人というなら、その悪人の計画がわかるお前も……という視線だ。


 ライルは即座に弁明しようとするが、はたと思いとどまる。


 ――ほかのだれにもいわないでね。


 去り際に、双子の片割れたるグスクはそう言っていた。

 果たしてそれが保身のための言葉なのか、はたまた目論見を成功させるための一手なのか、現状知る手段は無い。


 しかしライルはそれ以前に、一方的な制約であったとしても、簡単に無下にすることには抵抗があった。

 それは恐らく、愚直な誠実さというものであろう。


 ゆえに、どう筋道を立てたとて、いずれにせよ彼はこう言わざるを得なかった。


「えーーーっと……秘密……でいいか?」


「…………」


「わ、悪い! でも信じてくれ、俺たちはお前を助けるために動いてたんだ。誓って悪だくみはしてない!」


 明らかに疑念を強める女王へ、ライルは懸命に訴える。


 女王はしばらく彼のことを眺め回していたが、嘘や演技にしては下手なその様子に、軽く息を吐く。

 いったん、追及を諦めたようだった。


「……良いだろう。ひとまずは信用を置く。その代わり、疾く私を城内に――」


 そこまで言って、はたと彼女は言葉を止める。

 丸い瞳がにわかに揺れ、視線はどこか遠くへと逸れた。


「城内に、戻って……それで……安全、なのかな……」


 ぽつりと零れたその声は、けれどもライルたちの耳にしかと入る。


 女王の威厳など全く無い、まるで普通の少女のような、不安定で心細そうな声。


 ライルとモンシュはちらりと視線を交わす。

 感じ取ったことは、2人とも同じであるようだった。


 何か言葉をかけようか、とライルは口を開きかけるが、それより早く、女王はパッと顔を上げる。

 そこにあったのは既に、元通りの「女王」の表情だった。


「ふむ、今のは無しだ。そなたらを信じてやるゆえ、これから私の指示通りに動いてもらおう」


「……わかった。どうしたらいい?」


 ライルが頷くと、女王は満足そうに胸を張る。

 そして大仰な身振りと共に、命じた。


「決して城内に戻るな。私を連れて、地上国へと降り立つのだ!」


 一瞬の間。


 それから、ライルは目をまん丸に見開いた。


「はあ!?」


「ど、どういうことですか……?」


 あまりに突拍子もない指示に、モンシュも口を挟まずにはいられない。


 ライルたちだけでさえ困難だというのに、誰よりも目立ち、探される女王を連れて、どうして行けると思うのか。

 無茶苦茶な話だが、それでも女王は自信満々だ。


「当てがあるのだ。私の最も信頼する者が、地上国におる。奴ならば必ずや、私を不届き者どもから守護してくれよう」


「うーん……悪いけど、それは難しいと思う」


「嫌だ」


「嫌って言われてもなあ……」


 今度は子どものようにそっぽを向いて拒否を拒否する女王に、ライルは眉を下げる。


 謁見し、またこうして話をしている具合からして、女王は決して愚かではないと、ライルもモンシュも理解していた。


 だからこそ、輪をかけて困り果てていた。

 無茶をわかっているだろうになぜ、と。


「あの、女王陛下。軍人さんたちに協力してもらうなら、行けなくはないと思いますが……」


「駄目だ。どこに不届き者が潜んでいるかわからん。そなたらだけで私を護衛せよ」


「で、ですが……」


「ならそなたらとの取引を白紙にしよう! お咎め無しで地上国に帰してやる。それでも足りないなら――」


 ぴた、とまた言葉が止まる。

 女王は興奮して赤くなりかけていた顔を、ゆっくりと沈痛な面持ちに変化させた。


「……いや。今のは失言だった。女王にあるまじき発言だ。忘れてくれ」


 力なくうなだれ、彼女は呟く。


「私は女王だ。女王なんだから……」


 自分に言い聞かせるようなその台詞は、誰かに弁明するようでもあった。


 明らかに不安定な彼女の様子に、ライルとモンシュは顔を見合わせる。

 そして意を決し、ライルの方が口を開いた。


「……なあ」


 一拍置いて、彼は言う。


「もしかして、嫌なのか? 女王やるの」


 それは、ライルたちが薄々気付き始めていた違和感だった。


 誘拐されかけ、気が動転しているとしても、垣間見える本音の欠片は見るからに「女王」を拒絶している。

 しかもそれでいて、「女王」であるべきだという強迫観念も交じって見えていた。


 ライルは謁見の間で彼女を初めて目にした時のことを思い出す。

 あの時、彼は根拠こそ無いけれど確かに、こう感じた。


 「ローズとは違い、カアラとは鏡写しのようである」。


 不思議な直感の理由に、今ライルは辿り着きつつある。

 つまり、ここに居る天上国の女王は――。


「何を言う! 責務から逃げる王など居るものか!」


 声を荒げ、女王はライルを叱責するように言う。

 しかしすぐに、その勢いは失われた。


「そんな……怠惰で、無責任な王なんて……」


 またもや自分に向けて言い聞かせるような、弱々しい言葉。


 聞き取れないくらい小さな声で、ひと言ふた言こぼした後、彼女はおずおずと視線を上げた。


「……誰にも言わないか」


「ああ」


「約束します」


 ライルとモンシュは即答する。


 女王はきょろきょろと周囲を見回し、本当に本当に小さく、口を開いて。


「本当は、ちょっと……苦しいし……楽しくない」


 絞り出すように、そう言った。


 おそらくそれは、彼女がいま発せる、最大限の救援信号だった。


 ライルは一言一句をしかと胸と記憶に刻む。

 自分が発せない分、他人のそれは決して逃さず、手を差し伸べようという、強い意志が芽生えていた。


「……俺は政治にも、お前にも、天上国にも詳しくないから、軽々しく辞めればいいなんて言えない。でも」


 できる限り、心のままに。

 思いのままに素直な言葉を紡いで、ライルは女王に語り掛ける。


「少し休憩するくらい、良いと思うんだよな! 例えばこの騒ぎが収まるまで、とか」


 ちょっとした悪だくみを提案するような、重すぎず軽すぎない優しい言葉を、彼は差し出した。


「そ、そうか?」


 女王はぎこちないながら、ライルの言うことに笑みを浮かべる。

 さながら、特別なおやつを前にした子どものように。


「はい。偉い人にも休息はあるべきです!」


 続いてモンシュも後を押せば、彼女は更に顔を明るくした。


「ふむ……ならば、そうだな。そうしよう」


 やがてすっかり目に輝きが戻り、背筋も伸びて、たたずまいは気力に満ちる。

 元気を取り戻した彼女は、胸を張って言った。


「私の名はピンドーラ。今しばらくの間のみ、私はただの天竜族だ」


「俺はライル!」


「モンシュです」


「ふふ、知っておる」


 女王、あらためピンドーラは、おかしそうにクスッと笑う。

 愉快さと、嬉しさが表情に滲んでいた。


「じゃ、今から俺たちは秘密の捜査員ってことで!」


 ライルがグッと親指を立てれば、モンシュもまた親指を立て、ピンドーラも見たまま真似る。

 3人の間に生じた空気は、何のことは無い友人同士のそれだった。


「ではさっそく、女王誘拐を企てた奴らを探し出し、成敗するとしよう。この眼から逃れられると思うな、不届き者め!」


「ノリノリだな」


「まあな。愛読書の主人公の真似だ」


 自慢げにピンドーラが言うと、モンシュがぴょんと控えめに跳ねて反応する。


「もしかして、『探偵騎士』ですか?」


「そうだ」


「わあ……! 僕もあれ、好きなんです! じょお……ピンドーラさんも読まれてたんですね」


「うむ。昔よく秘密の場所で、いとこと一緒に隠れて読んでいたのだ」


 大衆小説は禁止されていたからな、とピンドーラはいたずらっ子のように笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ