185話 振り回し、振り回され
フゲンたちが絶句する中、女王は薄っすらと瞼を持ち上げる。
それから2、3度まばたきをし、パチリと目を開いた
「……え? えっ!? な、何!?」
自分が普通でない状態にあることを、反射的に理解したのだろう。
女王は忙しなく左右を見回し、またフゲンたちの顔を見て、加速度的に困惑を募らせていく。
「どうなってんだこれ……!?」
「と、とにかく! ええと、落ち着いてちょうだい。まずは深呼吸をして――」
状況が掴めないながらもカシャが女王をなだめようとするも、その言葉を轟音が遮った。
「うわっ!?」
何の音かと確認するより早く、彼女らの居る建物が崩れる。
どうやら魔法か魔道具かで攻撃されたらしい。
誘拐犯はともかく、他の軍人たちは女王の存在を感知していないためか、斯様な強硬手段も辞さないようだった。
土煙も収まらないうちに、次弾、また次弾と攻撃が容赦なく撃ち込まれる。
「くっ……!」
シュリは盾を構えるが、攻撃の範囲は広く、直撃は防げても建物の損傷は避けられない。
やがて建物は彼らの足場としての機能を失い、ガラガラと本格的に崩れ始めた。
「クソ、反撃するか?」
「離脱が優先だろ!」
そんなことを言い合いつつ、フゲンたちは崩落した部分からじりじりと距離を取る。
だがしかし。
「きゃっ……!」
皆が目を離した隙、か細い悲鳴と共に、女王が足を踏み外した。
フゲンたちと違い、王族である女王がこうしたイレギュラーな危険に対応しにくいことは、火を見るよりも明らかだ。
混乱のまま上手くバランスを取れない女王の体は、ぐらりと傾き宙に放り出される。
「っ危ない!」
彼女の両足が完全に足場から離れると同時、クオウが手を突き出して魔法を繰り出した。
それは単純な風魔法で、落下しそうな女王を受け止めて支えてやるつもりであったらしい。
けれども問題がひとつ。
魔法を使ったのが強い魔力を有するクオウで、かつ、彼女の行動が咄嗟のことだったという点だ。
フゲンがうっかり物を壊すのと道理は同じである。
クオウの魔法は、加減をし損なった威力で出力された。
「あ」
と、クオウが声を漏らした直後、風魔法が女王に接する。
次の瞬間、明らかに勢いの良すぎる風魔法によって、女王は落下を回避する……のみならず。
そのまま風に舞う枯葉のごとく、遠く前方へと飛ばされた。
「おい女王どっか飛んでったぞ!!」
ティガルが思わずそう叫んだ時には、既に女王の姿は見えなくなっていた。
いくらか建物を飛び越えて行ったことだけ、動体視力の良い若干名が把握する。
着地点がわからなければ仕方がないのだが。
「ご、ごめんなさい……! その、つい力加減が……」
これにはクオウも顔を赤くし、あわあわと焦る。
「で、でもこう、ただ風に乗せるんじゃなくて、くるっと包む感じにしたから……どこにぶつかっても怪我はしないはずよ!」
「不幸中の幸いってやつだね」
「いいから助けに行くぞ! 冒険団のお前らも異議は無いな?」
「当然!」
フゲンたち5人とツイナ、フーマは、女王の飛んで行った方へと急いで走り出す。
いつの間にか、空の色は急速に変わり始めていた。
***
ほぼ同時刻、ライルとモンシュは城の敷地内を走っていた。
それというのも、執行団の双子が提示した「日の落ちる頃」が、もうすぐそこまで迫っているからだ。
「モンシュ! 西ってどっちだ!?」
「ええと、あっちです!」
メイド服の裾を持ち上げながら、2人は「西の塔」を探して疾走する。
誰かに訊ければ探す必要など無いのだが、こんな時に限って城の人間とすれ違わない。
ライルはこの巡り合わせの悪さを嘆きつつ、懸命に周囲を見回し慣れない敷地を駆けていく。
と、その時、彼の目があるものをぴたりと捉えた。
「! なんか飛んでくる」
それは緩い放物線を描く影であり、ライルたちの方に向かって徐々に接近してきていた。
「あれ……ひ、人じゃないですか?!」
影との距離が縮まるに伴いその正体を視認できたモンシュが、悲鳴じみた声を上げる。
「任せろ、受け止める!」
ライルは飛来する影、改め人物の落下地点を予測し、素早くそこまで行くと両手を広げた。
飛んでくる人物は放物線の頂点を過ぎ、ライルが見当をつけた通りの軌跡をなぞる。
そして、まるで吸い込まれるかのごとく、彼の腕の中へときれいに落ちた。
「おっ……と、よし!」
ライルは反動で少しよろめくも、転倒することなく確保を成功させる。
だが腕に収まったその人物の顔を見るや、目を丸くした。
「……女王!?」
先ほど別の場所でフゲンたちがしたのと、概ね同じ反応をするライル。
モンシュも「えっ」と声を漏らし、困惑気味に女王とライルを見た。
女王はしばらく目を回していたが、しばらくして明瞭な視界を取り戻すと、途端にじたばたと暴れ始めた。
「無礼者! 離して! 私に何する気!?」
大きな声で騒ぎ立てながら、彼女はぐいぐいと腕を突き出し、ライルから逃れようとする。
「ご、誤解だ! 俺はただ飛んできたお前をキャッチしただけで……ほら、いま下ろすから!」
これはいけない、とライルは慌てて弁明し、女王をそっと地面に下ろした。
「…………」
すると女王は、やや冷静さを取り戻したのだろうか。
ライルに訝しげな目線を向けながらも、今しがたの抵抗が嘘のように、大人しく口を閉ざした。
これ以上おかしなことにならなくて良かった、とライルは胸を撫でおろす。
その横でモンシュは、眉を下げて恐縮そうに、女王に話しかけた。
「ええと、女王陛下。何があったんですか? 僕たち、ちょうどあなたを探していたところなんです」
「探す? 私を?」
女王は眉間の皺を深くする。
麻袋から出られたとは言え、直後に攻撃されたり飛ばされたりで、まだ現状の認識が定まっていないようだった。
「行方がわからなくなってたからだ。お前が見当たらないって、ケサの部下……だっけ。とにかく大慌てだったんだぞ」
「……そう、言えば」
ライルの言葉を用心深く聞き、女王は目を伏せる。
「私は……うん……。そなたらと会ったのち、政務を行うはずだったのだが。私室を出て……執務室へ向かう途中に、気を失った……のだと思う」
次第に口調も、最初に雷霆冒険団を迎えた時のそれに戻り、表情も落ち着きを取り戻していく。
けれども反してライルは、彼女の言うことに良くない予感を覚えた。
「思うって……あまり覚えてないのか?」
「うむ。気付いたら……そうだ、袋の中に入れられていたようで、そなたらの仲間に助け出された。だが何やら揉めていたらしくてな。状況を理解する前に吹き飛ばされたのだ」
「なるほど、そういう……ん?」
記憶を整理するように語られる女王の証言を聞く最中、ライルははたと気付く。
「……フゲンたち、監視役とやり合ってるのか?」
「もしかしたら、僕たちの帰りが遅いのを気にして、行動に出たのかもしれません」
「やっちまったな……」
作戦の破綻を認識し、ライルとモンシュは曇った顔を見合わせた。
緊急性が高いからと女王捜索の方を優先したのが、仇になったようだ。
こんなことなら、まず二手に分かれてフゲンたちに情報共有をしておけばよかったと、ライルは悔やむ。
が、過ぎたことはどうしようもない。
ライルは「今」取るべき最善を考え、口を開いた。
「あー、女王陛下。端的に言うと……お前は誘拐されかけてたんだ」
「誘拐?」
女王の目に映る警戒の色が濃くなる。
過度に怯えさせないよう、それでいて不足の無いよう、ライルは慎重に言葉を選ぶこととした。