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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第7章 先導:其が行くは苦悩の道
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184話 麻袋の中

 時を少し遡り、ライルたちが双子と相対していた頃。

 フゲンはじめ待機組の面々は、それはそれは大人しく彼らの帰りを待っていた。


「暇だ……」


 ソファの背もたれ部分に器用に横たわり、フゲンはぼやく。


 室内に娯楽は無く、室外もたいがい静かで、暴れるのはもちろん禁止。

 刺激に乏しいこの環境は、フゲンにとって退屈極まるものだった。


 否、彼だけでなく、他の者――特にクオウやティガル、ツイナ――もそわそわと落ち着かない様子だ。


「ライルたち、遅いわね。何かあったのかしら」


 憂いを含んだ声でカシャが言う。


 ライルとモンシュが出て行ってから、もうかなりの時間が経っていた。

 成功するにしろ失敗するにしろ、もうじき何らかの反応か、次の動きがあって良い頃合いである。


 実のところ、ライルたちは急遽女王の行方を探している最中なのだが、室内に留まりっぱなしのフゲンらにはそんなことを知る由も無い。


「逃げたんじゃないの?」


「ンなわけあるか」


 のんびりと言うツイナに、フゲンはさほど怒りを込めずに即答する。


 暇すぎるが故の軽口の類か、何にせよツイナが本気で言っていないであろうことは誰しもが察していた。

 顔をしかめたのは、ただ1人、フーマだけだ。


「無駄に喧嘩を売るなよお前……」


「はーい」


 同僚に注意され、ツイナは間延びした返事をする。

 特に反省はしていないようだった。


「それにしても大人しく待つって、もどかしいわね」


 会話が終わり、沈黙が下りかけたところでクオウが半ば話を継ぐ。


 彼女の目にはぼんやりと、ローズの支配下に居た頃の光景が映っていた。

 事が起こっていることを知りながら待つしかできない今の状況は、あの塔での日々に似通うところがある。


 ただかつてと違うのは、今は仲間が居て、「彼らと前進するための行動」として、何もせず待っているという点だ。


「一応釘刺しとくけど、馬鹿なこと考えるなよ」


「ええ! 大丈夫、ちゃんと待つわ」


 ティガルの言葉に、クオウは胸を張って応える。

 全く平然とはしていられないが、ライルたちを信じて待機に徹しようと、彼女はとっくに決めていた。


「ならいいけど。……ん?」


 と、ティガルが不意に眉をひそめる。

 口もへの字に曲げ、何やら険しい表情だ。


「何か」


 シュリが尋ねれば、彼は2、3歩窓に近付き、外の景色に目を凝らした。


「いや、あそこに居る……あいつら……」


 その視線の先、現在彼らが居る建物から少し離れた通り道では、作業服を着た2人の男が、大きな麻袋を担いで歩いている。


 ティガルにつられて、他の面々も窓に集まり、男たちの様子に目を向けた。


「城の使用人? かしら。別にこっちに来る感じでもないけど、どうしたの?」


 視界を横切るように移動していく男たちを視線で追いつつ、特段注目するものでもないだろうと、カシャは小首を傾げる。


 が、ティガルはいっそう表情を険しくして、言った。


「……あいつら、人間を運んでやがる」


「え!?」


 とんでもない発言に皆が目を剥くも、ティガルは気にせず、ともすれば少し冷たいようでさえある声色で続ける。


「海底国で見てきたからわかる。あの大きさで、あの形になってるなら……十中八九、中身は人間だ」


 どうやら彼は過去の経験を参照し、麻袋の具合から推測しているらしかった。


 特異な立場で独り、あの海底国の有様を目にしていた彼の言うことであればと、雷霆冒険団の面々は納得する。


 しかしこの状況下、どうやって麻袋に入れられている者を助け出すか。

 いやそもそも、中の人間は生きているのか死んでいるのか。


 そんな疑問の壁が立ちはだかり、皆は二の足を踏む。


 ――1人を除いて。


「じゃ、助けるか!」


 言って、半歩分歩み出たのはフゲン。


 瞬間、彼以外の全員の直感に嫌なものが走った。


「ちょっ」


 ……と待って、とカシャが言う声に重なり、フゲンが拳を振りかぶる。


 ああ、と誰かが思った頃にはもう遅い。

 建物の壁は焼き菓子のように砕け、空いた穴からフゲンは外へと飛び出していった。


 更に彼は、ほとんど間髪入れずに、麻袋を担いだ2人に殴りかかる。


「えっ、う、うわあっ!?」


「ぎゃっ」


 推定・使用人の2人は突然の攻撃に対処できるはずもなく、悲鳴を上げて倒れ込んだ。


 となれば、あとの展開は想像に難くない。


「貴様! 何をしている!!」


「今すぐ動きを止めろ! さもなくば串刺しだぞ!」


 監視役の軍人たちが一斉に集まってきて、2人の使用人を伸したフゲンを取り囲む。

 当たり前も当たり前な反応だ。


「なっ……に、やってんのよあいつ……!!」


「あはは」


「あははじゃないが??」


 カシャは頭を抱え、ツイナは呑気に笑い、フーマは青ざめる。

 そうしている間にも、フゲンは軍人のことを無視して、地面に落ちかけた麻袋を支えるように持ち上げた。


「荷袋を下ろして、両手を上げろ!」


「それより先にこいつを……」


 フゲンにも一応、弁明をするという発想はあるらしい。

 彼は麻袋の口を開けようとしながら、軍人たちとの会話を試みる。


 だが倒されたはずの使用人の1人が、袖口でギラリと光る刃物を密かに構えた。

 それに気付いたフゲンはすかさず彼に蹴りを入れ、念入りに気絶させる。


 一部始終を全て見ていたなら、フゲン側の防衛行動だ。

 けれども不幸にも、軍人たちには使用人の動きが見えておらず。


「こいつ、非武装の使用人に2度も手を出すとは……! もはや問答無用! この場で始末してしまえ!!」


 結果的に、火に油を注ぐこととなってしまった。


「どうすんだよあれ」


「うーん、今からでも説得とかできないかしら?」


 ティガルとクオウが顔を見合わせる。

 確かにフゲンの単独行動と捉えれば、「冷静な者たち」の立場で軍人たちと落ち着いて話し合うことはできそうである。


 しかし現実はそう甘くない。

 軍人たちは、キッと厳しい視線を、建物の穴付近に集まる面々に向けた。


「仲間も諸共に処刑だ!」


「総員、集まれ! 天上国に仇なす敵を倒すのだ!」


「ん? ……待て、こいつら報告より人数が少ないぞ!?」


「既に逃亡していたのか……!」


「ケサ隊長がおかけになった温情を幾重にも無下にするとは、ますます生かしておけん!」


 もう最悪である。

 およそ収拾の付く範囲を超えている。


「おれたちが軟禁されてたのって、表向きはそういうことになってたんだ」


「え? あ、ああ。そのようだ」


「おいポニテ野郎! 空気読めねえこと言ってシュリを困らせんじゃねえよ!」


 相変わらず能天気にコメントをし、シュリに絡むツイナへ、ティガルは相変わらずの威勢で噛みつく。


 段々と空気に混沌が広がっていくのを、カシャは遠い目で見た。


 しかし思考を放棄する暇も無く、いつの間にかフゲンが麻袋を担いで戻ってきていた。


「で、どうする?」


「監視役蹴り飛ばしながら『どうする?』じゃないわよ」


 カシャはそこでいったん言葉を区切り、1度、盛大にため息を吐く。

 そうしてから、遺憾の意マシマシの表情で言った。


「仕方ないでしょ。もうここまでやっちゃったんだから。……みんな、予定変更! 城内を逃げ回りつつライルたちと合流するわよ!」


「よしきた!」


 腹をくくったカシャの言葉を聞き、フゲンは満面の笑みを浮かべる。

 そんな顔をするのは彼だけだったが。


 さておき、大なり小なり皆カシャの意見に賛同したようで、異論はどこからも出なかった。

 カシャの言う通り、こうなってしまったからには、である。


「……っと、その前に、とりあえずこいつを助けてやんねえとな」


 フゲンは思い出したかのように呟くと、大きく跳躍して付近の建物の屋根に乗った。


 袋の中の人物を出してやるだけなら地上でも問題無いが、なにぶんそこには暫定・誘拐犯が居る。

 念のため彼らからは離れておこう、というフゲンなりの気遣いだ。


「慎重にしなさいよ」


「落とさねえように気を付けろよ」


 少し遅れて、各々の方法で屋根に上がってきたカシャたちは、口々に心配の言葉を放つ。


 そんな彼女らに見守られながら、フゲンはそっと麻袋の口を開いた。


「う……」


 途端に、小さく呻き声がする。

 中に居たのは、生きた人間だったようだ。


 フゲンは顔を明るくし、もそもそと麻袋を脱がせてやる。

 そうすると、ほどなく閉じ込められていた人物の顔が、外気にさらされた。


「なんだか知らねえが、災難だったな。もう大丈夫だ、ぜ……」


 ちゃんと息も意識もある様子に安心しながら、フゲンは語り掛ける。

 が、あらわになったその人物の顔を見るや、ぷつりと言葉を途切れさせた。


 またカシャたち他の面々も、麻袋に入れられていた「彼女」を見、目を見開く。


 皆は驚きのあまり数秒沈黙と共に固まり、そして異口同音に、声を上げた。


「……女王!?」


 そう。


 麻袋から顔を出したのは、彼らにとっては行方不明でも何でもない、天上国の女王その人だったのだ。

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