183話 複雑な勢力図
「秘密基地……?」
ライルはモンシュと共に、双子の妙な物言いに眉をひそめる。
まさか以前から、頻繁に城内に侵入していたとでもいうのか、と。
しかし訝しむ彼らに構わず、双子はゆったりと椅子に座った。
「すわっていいよ」
他に椅子はもう無いのにも関わらず、グスクは言う。
冗談なのか嫌味なのか、いまいちよくわからない表情と声色だった。
「……話って?」
ライルは調子を掴めないながらも、状況を先へ進めるべく切り出す。
双子は少しの間、黙って顔を見合わせ、それからシンフの方が口を開いた。
「このままだと女王が執行団の手に落ちる。阻止を手伝え」
「は!?」
思わずライルは大きめの声を出す。
突拍子もない話、どころではない。
誰が何を言っているのだと、疑問に思わずにはいられない発言だ。
「どういう風の吹き回しだ? お前たちは執行団の一員だろ?」
たまらず彼はシンフに問う。
と、双子が同時に頷いた。
「そう。だからたのんでいるの」
「俺たちはまだ執行団員でいなくちゃならないから」
わかるようでわからない回答だ。
執行団員でいるために、ライルたちに協力を仰ぐという意図はそれとなく伝わる。
が、肝心な部分が不明瞭なままだった。
「どうして、所属組織に逆らうようなことを?」
モンシュがその「肝心な部分」を、素直に尋ねる。
すると双子は、感情に乏しい表情を僅かに険しくし、代わる代わる言った。
「憎いから」
「ゆるせないから」
「女王が可哀想だから」
「あのこはわるくないから」
これまた、よくわからない返答である。
困り果て、自分では判断できないと白旗を上げたライルは、身を屈めてモンシュに耳打ちをした。
「……どう思う、モンシュ」
「信用……は、完全にはできませんが、話を詳しく聞く価値はあると思います」
ちらりと双子の方を見やり、モンシュは言う。
「イシュヌ村の件で、彼らは……確かに、ユガさんのことを思いやってはいたようでした。彼らなりの理屈はあるのかと」
彼の言葉に、ライルは当時のことを思い返した。
イシュヌ村の件。
少女ユガが復讐のために、村人を眠らせたまま死に至らしめようとした事件だ。
あの時の双子は、ユガに魔力を増幅させる魔道具を貸し、自らも邪魔者であるライルたちを排除すべく、直接行動に出ていた。
それも、一応は上司であるファストに無断で。
シンフはあの一連の行動の理由を「ユガが自分たちと同類だから」とし、特段の下心無く、彼女の復讐を手助けするつもりであったことを示唆した。
双子にどういう事情があり、どういう基準で人に同情をするのかははっきりしない。
しかしモンシュの言う通り、ファストのように捻くれても、ゼンゴのように常識から逸脱してもいない、何らかの筋は通っていそうだ。
ライルはそんな具合の思考を経て、慎重に首を縦に振った。
「……そうだな」
次いで、姿勢を戻して双子に向き直り、彼は改めて問う。
「2人とも、なんで執行団が嫌いで、女王に同情するんだ?」
「秘密」
「おしえない」
双子は揃って拒否を示した。
どうやら根本的な理由は、話すつもりが無いらしい。
だが翻って、嘘で誤魔化したりはしていないと考えれば、幾分か誠実と言えるだろう。
「一番隊の執行団員が10人ちょっと、天上国に潜り込んでいる。上手く誘導してやるから、お前たちが捕まえろ」
ライルたちの反応を待たず、シンフは一方的に話を進める。
既に彼らの協力を得られると、確信しているようでさえあった。
「日の落ちる頃、西の塔で」
「ほかのだれにもいわないでね」
最後にそう言うと、双子は椅子から降りて、身軽な動きで部屋から出ていく。
「あ、おい!」
ライルは慌てて追いかけようとするが、扉をくぐったその時には、既に彼らの姿は視界から消えていた。
「行ってしまいましたね……」
「ああ」
見えないところまで行かれてしまっては、地の利がある様子だった双子に、ライルたちが追いつくことはほぼ不可能だ。
2人は仕方なく、来た道を辿りながら上に戻ることとした。
「なんか今日、取り引きとか利害とか多すぎて……頭がこんがらがりそうだ……」
薄暗がりを歩きながら、溜め息交じりにライルは言う。
漁師の男性の罠とモンシュの誘拐に始まり、ケサたちからの接触、天上国の女王が持ち掛けた話、偶然が重なって再びまみえたツイナとフーマとのやり取り。
挙句、執行団の双子まで。
想定外に想定外が加わって、現状の勢力図はかなり複雑になっている。
確かなのは、最終目的が天上国からの脱出であることと、目下の課題が女王の捜索であること。
そして双子の話を信じるとすると、執行団が女王失踪の件の黒幕であるということだ。
「モンシュ、天上国って地上国とはたぶん日の長さが違うよな? あとどれくらいで日没なんだ?」
先ほど落ちた穴、もとい隠し通路への入り口から出て、モンシュを引っ張り上げつつ、ライルは問う。
窓の外はごく僅かに、ほんのりと赤みがかってきたくらいで、地上国の尺度で考えると日が暮れるまではまだまだ余裕だ。
「ええと……」
綺麗な廊下の床を踏みしめて立ち上がり、モンシュは空を見る。
そして、苦笑いと共に言った。
「もう間もなく、ですね」
***
所変わって、天上国城に隣接する天上国軍本部。
その屋内某会議室に、数人の男女が集まっていた。
彼らは1人を除いて椅子に着座し、分厚い石造りの机を囲んでいる。
空気は決して軽いとは言えず、誰もが静かにギラつく視線を交わし合っていた。
「――という次第でございますわ」
座っていない1人、すなわちケサは、それまでの話を端的に締めくくる。
話の内容は無論、女王が行方不明になっている件についてだ。
「ふむ……」
上座に着く1人の老軍人が、あごひげをさする。
彼の軍服には多くの勲章が付いており、彼がいかに功績を残し、そしていかに高い地位に居るかが示されていた。
「報告ご苦労、ケサ隊長。早急に陛下の行方を捜索させる。名目は『不審人物の目撃情報を受けての見回り強化』で良いか?」
「異議なし。港の封鎖も行おう」
老軍人に続き、彼よりは少し若い女性軍人が言う。
彼女もまた、幾らかの輝かしい勲章を付けていた。
2人の意見に反対する者、付け加えて何かを提案する者はおらず、みな無言で各々頷く。
それから何人かはさっそく行動を始めるべく、足早に部屋を出て行った。
部屋に残ったのは老軍人と女性軍人とケサ、それから2人の男性軍人。
うち最も若い男性軍人――と言ってもケサよりは少し年上のように見える――が、口を開く。
「ではケサ隊長。其方は『犯人が居る』と仮定し、疑わしい人物を探ってくれ」
「はっ」
ケサは敬礼をし、彼の指示に従う意志を示した。
非常事態ではあるものの、対応としてはまずまずの順調さだ。
そんなふうにケサが少々の安堵を覚えていると、おもむろに老軍人が切り出した。
「とは言え……誰だと思う」
誰、とは今回の件の犯人のことを言っているのだろう。
ケサはそう理解し、回答を用意するべく思案し始める。
だが彼女が答えるより先に、男性軍人の1人が「私が思うに」と話し始めた。
「最も怪しいのはあの男ですな」
「あの男?」
「ミトラです」
その言葉に、ケサは眉をひそめる。
「お言葉ですが少将、軍の大将に疑いをかけるのは些か……」
最後まで言い切られはしなかったが、彼女の考えは男性軍人、もとい少将らに十分伝わったことであろう。
何も難しいことではない。
立場ある人間を易々と疑うべきではないというだけの、至極普通のことだ。
しかし少将は構わず続ける。
「大将だからだ。あの男、どうも常日頃から怪しいところが目に付く。いやに慈悲深げな振る舞い、年齢に見合わぬ美貌、そして何より陛下への擦り寄り……」
「陛下を利用し、更なる権力を手にしようと目論んでいるやもしれぬな。古来、年若き権力者を裏から操る不届き者の話は、幾らもある」
「奴が今、国内に居ないことが最も怪しい。地上国への視察目的とは聞いているが、果たしてどこまで本当か」
少将ばかりか、女性軍人、そしてもう1人の男性軍人も大将・ミトラへの疑念を口にする。
老軍人でさえ、彼らの言葉を聞いて同意するように頷いていた。
「とにかく、ケサ隊長。内部の人間にも厳しい目を向けて捜査を行ってくれ」
「……了解いたしました」
ケサは再び敬礼をし、会議室を後にする。
そうしてしばらく歩き、離れたところで、呟いた。
「ふん、卑しい僻みですこと」
誰の耳にも届かないその声には、明確な侮蔑が籠っていた。
しかし彼女はそれ以上何か言うことは抑え、命じられた通り、捜査に向けた行動計画を頭の中で練り始める。
と、その時。
どこからか……否、そこそこ近くから、低く響く破壊音が聞こえてきた。
「……何事?」
ケサは速足で窓に近付き、外の様子を窺う。
彼女の視界に捉えられるものは無かったものの、確実に生じた騒ぎの気配だけは、ひしひしと感じられた。