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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第7章 先導:其が行くは苦悩の道
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182話 追いかけっこ

 ケサと別れたライルとモンシュは、周りから不自然に見られない程度に速足で、廊下を歩いていく。


「とりあえず、城をぐるっと一周してみよう」


「はい!」


 ケサの部下たちが意識的に探して見つからなかったのだから、却って無作為に城内を巡ってみるのも手かもしれない。

 もし敵が存在するとしたら、女王と関係の薄い者の方が警戒されないとも考えられる。


 そう考えたライルは、モンシュと共に素知らぬ顔であちこちを闊歩することにした。


 城内は特に騒がしい様子などは無く、至って静かだ。

 まるで何も起きていないかのようだが、しかしライルは不気味な気配を拭えない。


 女王の行方がわからないことを知っているからというのもあるが、何より直感的に、良からぬものを察知していた。


 そんな具合で、それと知れないよう周囲を注意、警戒しながら進んでいき、ある階段近くに差し掛かった時。


「ん?」


 ライルはふと違和感を覚え、立ち止まる。

 そして数秒もせず、ハッと目を見開いた。


「モンシュ、こっちだ!」


 彼は小声でそう言うと、モンシュの手を引いて階段の下の空間に潜り込む。


 輝かしい城内も、物陰はやや薄暗く死角になる。

 残っている魔力で薄く認識阻害の魔法をかけつつ、ライルはそっと眩い廊下の様子を窺った。


「誰か居ますか……?」


 モンシュがそう囁いた直後、突然、廊下でコツンと物音がした。


 音はどうやら靴が床に接触した時のもののようで、続けてもう2度、同様の音が控えめに響く。


 誰かが現れたらしい。

 それも、魔法か何かの道具かで、突然。


 ライルは慎重に身を乗り出して、音の主を確認することにした。


 魔力残量の都合により完璧でない認識阻害魔法では、気配や音はかき消せても、相手の視界に入ってしまうと気付かれる可能性が高い。


 決して音の主の目には映らないよう、けれども音の主を目に映せるよう、彼はじりじりと階段の影から顔を出す。


 すると、見えた。


 子どもらしき2人と、大人らしき1人、その足元が。


 惜しくもライルの位置からは上半身を見ることは叶わなかったが、それでも彼は3人の様子を注意深く観察する。


 3人の人物は足の向きからして向かい合っているようで、何やら立ったままでいた。

 声は聞こえず、口を閉ざして黙っているか、ライルと同じく認識阻害魔法を使っているかのどちらかだと推測できる。


 加えてほどなく、ライルは気付いた。


「! あれは」


 何者かが僅かに動き、ひらりと揺れた長い裾。

 そこに執行団の印が付いている。


 モンシュの目にもそれは見えたようで、2人の間に緊張が走る。


 執行団は、地上国を主な活動地域としているはず。

 それがなぜ天上国――それも城内に居るのか。


 少なくとも、正規の手段で入ってきたわけではないだろう。

 女王の件に関わっているにしろそうでないにしろ、良からぬ目的を持っている可能性もこの上なく高い。


 ライルは執行団3人の様子をもっとよく窺おうと、更にギリギリまで身を乗り出そうとする。


 が、その直後、3人はおもむろに歩き出し、2、3歩行ったところでかき消えた。


 それきり、廊下には聴覚的にも視覚的にも、何かが訪れることは無かった。


「クソ、顔は見えなかったな」


 認識阻害魔法を解き、ライルはモンシュと共に階段の下から出る。

 改めて見回しても、周囲に人影は無い。


「ですが、執行団がお城に入り込んでいることは確実でした。早くケサさんに伝えましょう!」


「ああ!」


 ライルたちは頷き合い、来た道を戻ろうと踵を返す。


 だがその背中へ、涼やかな声が飛んできた。


「どこに行くの」


 反射的に、ライルとモンシュは振り返る。

 そして視界に入ってきた光景に、目を丸くした。


「メイドのふりなんかして」


「わるいひとたちね」


 小柄な体。

 深くかぶったフードから覗く金髪。

 顔に残る痛ましい傷痕。


 そこに立つ2人は、ライルたちが何度かまみえた執行団二番隊の双子、シンフとグスクだった。


「無事だったのか……!?」


 ライルは思わず口をぽかんと開ける。


 執行団二番隊が、雷霆冒険団と地上国軍『箱庭』捜索隊の手によって壊滅状態となったのは、まだ記憶に新しい。


 ファスト、ヨクヨ、ゼンゴ、そしてシンフとグスクも、敗北を喫し拘束されたはず。

 しかしこうして双子が現れたということは、地上国軍の元から逃亡したのだろう。


 驚きつつも理解できなくはない状況に、ライルは息を呑んだ。


「へんないいかた」


 一方グスクは、まるで双子の安否を気に掛けていたような――実際、ライルにはそういう気持ちもあった――言葉選びに眉をひそめる。


 かと思えば、双子は揃って身を翻し、軽い足音と共に走り出した。


「あっ、待て! ここで何してたんだ!」


「知りたいなら捕まえてみなよ」


 シンフは振り向きざまにそう言い、廊下の角を曲がっていく。


「このっ……」


 何はともあれ放ってはおけない。

 ライルとモンシュも、彼らを追って地面を蹴った。


 しかしどういうわけか、双子はすいすいと駆け、ライルたちに追い付かれるどころか、徐々に彼らを引き離していく。


 モンシュはともかく、人間族の青年らしい体と力を持つライルが手こずるのは些か妙だ。


「は、速い……!」


「なんだか、まるで……道を知り尽くしてるような……」


 息を切らしながら、モンシュは呟く。


 そう、双子は単に足が速いだけでなく、その足取りに迷いが無かった。

 角を曲がるのも、階段を上がるのも、幅の異なる通路を行くのも、全ての動作が滑らかなのだ。


「こうなったら、騒ぎにならない程度に本気出す! モンシュ、ちょっと抱えられてくれ!」


「はいっ」


 このまま見失うよりはマシだと、ライルは次の手段に出る。


 彼はモンシュを小脇に抱えて、廊下の突き当たりを曲がりつつ、大きく1歩を跳ぶ――が。


「うわッ!?」


 足を踏み外す感覚に、ライルは叫び声を上げる。


 落とし穴、という単語が彼の脳裏をよぎるが、しかしそれは似て非なるもの……開け放たれた階下への通路口だった。


 バランスを崩した彼は、通路口からちょうど自分1人分くらい落下して、なんとか着地する。

 幸い、足を捻ったり体を打ったりなんかはしなかった。


「ふん、間抜け」


「おばか」


 先に降り立っていたシンフとグスクが、一瞬足を止めてライルを嘲笑い、また走り出す。


「なんでこんなところに……! 大丈夫か、モンシュ」


「はい、僕は平気です」


「そうか……良かった」


 ライルはモンシュの無事にひとまず安堵し、それから辺りを見回す。


 どうやらこの場所は階と階の間に設けられた空間のようで、今まで通ってきた眩い廊下とは一転、薄暗く味気ない景色が大きく広がっていた。


「あいつらはどこに……」


 目を凝らし、ライルは暗がりに消えて行った双子の姿を探す。


 と、幾本も建ち並ぶ支柱の後ろを、ちらりと横切る2つの影があった。


「! 見えた」


 ライルは即座に走り出す。

 念のため、足元に注意しながら。


 双子は何やら支柱の間を縫うように動き回っており、今にも見失ってしまいそうな反面、距離はあまり開いていかない。


 これを好機と見たライルは、努めて冷静に思考を回し、双子の後を正確に追う。

 そうしているうちに両者の距離は段々と近付き、とうとうライルの手が双子に届きそうなまでになった。


「追い付い――」


 ライルの指先がシンフのローブに触れる。

 同時に、扉の開く音がして、ぽっかりと空いた暗闇が現れた。


「?」


 何だ、と思うより先に、双子は暗闇に飛び込み、ライルも勢いのままその中へ足を着地させる。


 するとその瞬間、暗闇に仄かな明かりが灯った。


 明かりは小さく、しかし幾つも並び、順に灯っては暗闇の輪郭を露わにする。

 そうして明かりがライルたちの眼前に示したのは、小さな部屋だった。


 背の低い空っぽの本棚、丸いテーブルに2つの椅子、埃だらけのカーペット。

 主の不在を言外に語るその部屋の中心で、双子は手を繋ぎ、ライルたちに向き合った。


「ようこそ、俺たちの秘密基地へ」


「はなしをしましょう。よいひとたち」

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