181話 行方知れずの一大事
「あっ……!」
咄嗟にライルはモンシュと共鳴石を後ろに隠すが、効果があるはずもなく。
ケサは扉を開け放したまま、ツカツカと2人に近付いてきた。
その表情は笑顔であれど、決して友好的などではない。
「軍人を舐めないでくださいまし」
腰の剣に手をかけながら、彼女は言う。
それからライルの目の前で立ち止まると、彼の手から共鳴石をむしり取った。
「『地上国軍のツイナとフーマは侵入者である雷霆冒険団に唆され、彼らと共に天上国城の金品を盗もうと目論んだ』……泳がせておいた甲斐がありましたわね」
はめられたのか、とライルはようやく理解し、歯噛みする。
思えば部屋に鍵がかかっていなかったのも、罠だったのだろう。
小さな違和感を見過ごしてしまったのが運の尽きだ。
「これで『事実』ができましたわ。雷霆冒険団の皆様も、地上国軍のご両人も投獄。盗難未遂の罪に加え、諸々難癖付けて縛り首……としましょうか」
「言ってることがころころ変わるな。俺たちの協力を得たいんじゃなかったのか?」
まるで鬱憤を晴らすかのごとく語るケサに、ライルは反論する。
自分はともかく、仲間たちまで害されてはたまったものではないからだ。
しかしそんな食い下がりも虚しく、ケサは平静を少しも崩さず、首を横に振った。
「そこは残念ですが、諦めます。皆様が亡くなっても、最低限の収穫は得られますので」
言いながら、彼女はライルたちの後ろに目をやる。
そこにあるのは彼らの荷物。
要するに、持ち主がどうなろうと、荷物――すなわち一行が所持する手掛かりは自分たちのものにできる、ということを言いたいらしかった。
既に半ばなりふり構わなくなっている彼女に、ライルは焦りを募らせる。
今、雷霆冒険団が持っているのは『地図』、そして『方舟』があると思しき場所を記した紙の地図。
捜索が遅れているという天上国軍からすると、かなりの大収穫となるに違いない。
もし天上国が、否、そうでなくとも自分たち以外の誰かが、『箱庭』到達に向けて大きく前進することとなったら。
そう考えるとライルは冷や汗が止まらなかった。
「あれ」は自分が対処しなくてはならないのに、と。
「ライルさん……」
万事休すの状況下、モンシュがライルに囁きかける。
見ればその瞳はある種の覚悟を宿しており、更に一瞬、ちらりと窓の方に動いた。
こうなったら無茶でも何でも、強行突破を試みるしかないのでは、と彼は暗に伝えていた。
ライルは少し考え、そっとモンシュの手を握る。
すると、その時。
「隊長! ケサ隊長!」
開けっ放しの扉から、1人の男性軍人が部屋に飛び込んできた。
軍服の装飾、そして発言からしてどうやらケサの部下らしい彼は、息を弾ませながら彼女に駆け寄る。
「何ですか、騒々しい」
「それが……! た、大変な……っ!」
よほど気が動転しているのだろう、男性はあわあわと意味を為さない手振りをし、上ずった声で言葉を詰まらせるばかりだ。
挙動不審どころではない彼に、ケサは短く溜め息を吐く。
明確な苛立ちが見て取れた。
「落ち着きなさい。それでも天上国の軍人ですか」
「も、申し訳ございません……」
男性は上司からの叱咤を受け、しばらく黙り込んで息を整える。
そうしているうちに少し落ち着き、周りの景色が狭窄していた視界に入ってきたようで、彼はライルたちを見てハッと目をしばたかせた。
「あ……そちらの方々は?」
「気にしなくて結構。さあ、報告を」
どうせもう殺すのだから何を知られても構わない、とでも言わんばかりに、ケサは男性の問いを受け流す。
男性は僅かばかり怪訝な表情をするも、彼女の言う通りライルたちの存在を脇に置き、改めて口を開いた。
「実は……女王陛下のお姿が見えないのです」
「!!」
飛び出してきたその言葉に、ケサは大きく目を見開く。
直後、先ほどの己の発言を悔いるようにチラリとライルたちを見やったが、すぐに視線を男性に戻し、「詳しく」と続きを促した。
「先ほど、政務の補助を行う担当の者が陛下のお部屋に向かったのですが、ご不在で。私含め手の空いている者数名で書庫、中庭、広間等を回れど見つからず……急ぎ、隊長に伝達をと参りました次第です」
「……わかりました。あなたは衛兵に、詳細は伏せつつ警戒を即時強化するよう伝えてくださいまし。私は軍司令部に申し上げに参ります」
「はっ! では、失礼します!」
男性は敬礼をし、きびきびと部屋を去っていく。
残されたケサは心底参ったように、眉間の皺に手を当てて深いため息を吐いた。
それもそのはず、一国の主が行方不明になったなど、非常事態中の非常事態だ。
動転していた男性に反し、ケサは終始冷静な様子で話していたが、内心は彼と同様かそれ以上だった。
単なる入れ違いや通達ミスなら良いが、もし何者かに女王が連れ去られでもしていたら……考えるだけでも恐ろしい。
さて上層部にどう伝えるのが最善かと、ケサは文字通り頭を抱える。
「なあ」
と、不意にライルが声をかけた。
訝しげな視線を返すケサに、彼は眉を下げる。
「俺たちも手伝おうか?」
は、とケサの口から声が漏れた。
一瞬何を言っているのか理解しかねさえしたが、しかしそこを持ちこたえて彼女は威厳ある表情を保つ。
「何をお馬鹿なことを……。ご自分たちの立場がわかっていませんの?」
「わかってる。でもそれとこれとは話が別だろ」
ライルは至極真剣だった。
一国の女王が、というより、1人の人間の行方がわからなくなっている状況を前に、黙ってなどいられない。
そういう純粋な善意と助け合いの心が、彼の胸にはあったのだ。
更に続けて、モンシュもケサに語り掛ける。
「もしこれが事件であったとして、僕たちの身の潔白は、あなたが一番わかっていらっしゃるはずです。疑わなくて良い協力者が、必要ではありませんか?」
「ちょうど今、動きやすい格好してるしな!」
ライルは付け加えるようにそう言い、メイド服の裾をつまんで見せた。
その屈託の無い笑顔に、ケサはぐっと言葉を詰まらせる。
確かに、別棟に軟禁し動向を見張っていたライルたちは、女王の件には関わっていないと断言できる。
また事件の可能性も含めて捜索する必要がある以上、信用できる人手は確保しておきたいところだ。
そんな具合に思考を終えた彼女は、ほどなく首を縦に振った。
「……良いでしょう。事と次第によっては見返りも用意します」
「そんなのいいから! 女王を探してるってことは、周りにバレて大丈夫か?」
それが自分たちを利用し、挙句殺そうとしている人間相手に取る態度か――と、呆れた息が零れそうになるのを、ケサは堪える。
「いえ、今しばらくは内密に。余計な混乱と――仮に敵が居た場合、動きを気取られることは極力避けたいので」
「了解!」
「何かわかったら、また戻ってきます!」
指示を聞き終えるや否や、ライルとモンシュは部屋を飛び出した。
ケサは一片の下心も感じさせないその後ろ姿を見送る。
それから自らも部屋を出、扉の鍵を閉め、祈るように固く目を瞑った。
「……陛下…………」
ややあって目を開き、彼女は踵を返して歩き始める。
不安に惑う時間は、既に捨てていた。