180話 経験を生かす時
雷霆冒険団とツイナたちが軟禁されている建物には、何人かのメイドが控えている。
彼女らは世話係であるようで、外を囲う監視役たちと違って武装している様子や、警戒している様子は無い。
人数もさほど多くはなく、そちこち行き交うのを見る限り4、5人程度だ。
そして、そんな彼女らに紛れて。
「ほ、本当に大丈夫でしょうか……」
「大丈夫だ。演技ってのは、堂々としてれば案外いけるもんだぜ」
メイド服を着たモンシュとライルが、廊下を闊歩していた。
片や幼く見える以外は違和感無く、片や若干の無理を押し通しながら歩く姿は、まさしく旧ローズ公国の時の同じだ。
なぜこんなことを再びやっているのかというと、時は少し遡る。
「いいか。この作戦のミソは、俺たちがここに入れられてからそう時間が経ってないってとこだ」
一同が揃う室内にて、「良い考えがある」として話し始めたライルは、少し声を落として言った。
窓の外にはいまだ監視役が並び立っていることだろう。
その様子を思い描きつつ、彼は続ける。
「ツイナと俺たちが接触したことで、ケサたちは急遽俺たちを軟禁することになった。つまり、見張りの人員も急いで集められたと考えるのが自然だ」
「なるほど……。見張りたちの間で、まだ顔と名前の共有が完全にできてないかもってことね」
いち早くカシャが理解を示し、頷いた。
他の面々も間もなくライルの言い分を呑み込み、ある程度の納得を表情や仕草で示す。
「そこで、俺たちがメイドになりすまして出て行けば……だ!」
ライルはそう言い、話を締めくくった。
要するに、連携が不十分な今の状態の隙を突いて、紛れ込もうという魂胆である。
この状況を打破する方法としては、やってみる価値がそれなりにある作戦……だが、そこへティガルが口を挟んだ。
「服はどうすんだよ」
尤もな疑問だ。
旧ローズ公国の時とは違い、メイド服はライルたちの手元に無ければ、正規に用意してもらうこともできない。
隙を突くとは言えさすがにこのままの格好では、すぐさまバレてしまうことだろう。
「わたしの変身魔法でなんとかできるわ。魔法陣を介して、魔力を送り続ければ離れていても変身が持続するはずよ」
と、今度はクオウが声を上げた。
それに対し、ライルは二言三言返事をして――変装の準備を整え、部屋を出て現在に至るというわけだ。
一応、他のメイドが居ないのを確認しながら、ライルとモンシュは廊下のど真ん中を歩いていく。
建物の構造はさして複雑ではなく、彼らはほどなく玄関扉まで辿り着いた。
「よし。出るぞ、モンシュ」
「はいっ!」
2人は小声で気合いを入れ、ゆっくりと扉を開く。
そうして1歩、外へ足を踏み出すや否や、ザッと目の前に剣が付き出された。
「止まれ!」
言わずもがな、監視役の軍人だ。
壮年の彼は厳めしい顔で、ライルたちに問いかける。
「外出の理由を述べろ」
しかしこれは想定内。
ライルはすまし顔で、あらかじめ用意しておいた短剣を取り出した。
「彼らが隠し持っていた物がありましたので、回収・保管を」
この建物に連行された時、当然というべきか、フーマだけでなくツイナやライルたちも武器と荷物を没収されている。
それを逆手にとって、いま外に出る口実を作り上げたのだ。
監視役はライルをまじまじと見つめ、挙動が疑わしくないことを確認すると、重々しく頷いた。
「了解した。魔法が使用されていないか、検査を行う。直立のまま動かないように」
それから彼は近くに居た若い監視役に顔を向ける。
「魔力探知盤を」
「はっ」
魔力探知盤、とはまあ、読んで字のごとくだろう。
ライルとモンシュがその役割を予想しながら待っていると、若い監視役が小さいお盆くらいの大きさの木板を、壮年の監視役に手渡した。
「ふむ……」
壮年の監視役は板を持ったまま、ゆっくりとライルたちに近付ける。
板の表面には1つの小石と、太い針が付けられていた。
針は一方の先端が赤く塗られており、そしてその赤は、板の縁にはめられた小石の方向をぴたりと指している。
察するにこれは、小石は微弱な魔力を有しており、針は小石のそれより強い魔力の方を示す――といったふうな装置か。
ライルは「魔力探知盤」の知識を記憶の中に持ってはいなかったが、概ねそのように理解した。
例えば変身魔法で身分を偽り通行しようとする相手に、この装置は効果てきめんに違いない。
さて、果たしてライルたちに対し、探知盤の針は。
「問題無いな。通ってよし」
――全く反応することなく、静かに小石の方だけを指していた。
監視役は横に避けて道を開け、ライルとモンシュは彼に会釈をして再び歩き始める。
それからしばらく行き、監視役たちの目も耳も届かないくらいにまで来てから、2人はニコリと笑って顔を見合わせた。
「やりましたね、ライルさん!」
「ああ!」
実を言うと、監視役が何らかの方法で魔法の使用を看破してくることを、ライルはもとより想定の内に入れていた。
何せここは天上国の城。
武器や設備、一般にはお目に掛かれないような魔道具も、充実しているであろうことが推測できる。
そこでライルは念のため、魔法で直接変身するのではなく、着ている服を魔法で一度ほどいてメイド服に作り直す方法を提案したのだ。
この方法は時間がかかるのが欠点だが、作業が終わってしまえば出来上がった服に魔力は介在しない。
鋏で切った紙だけを持っていても、金属探知機に引っかからないのと同じである。
仮に魔法や魔力を感知する手段があっても、何ら問題無いというわけだ。
「さてと……誰か居ないかな」
まんまと建物を移動しおおせ、再びやってきた煌びやかな区域にて、ライルは周囲を見回す。
と、ほどなくこちらへ歩いてくるメイドの姿が目に入った。
「すみません」
忙しなさげな彼女に、今度はモンシュが話しかける。
短剣を見せるのは、先ほどと同様だ。
「これ、彼らの持ち物なのですが、没収し損ねていたようで……。どこへ持って行けば良いでしょうか?」
「彼ら……ああ、例の侵入者たちね。客室にまとめて置いてあるから、そこにお願い」
メイドは早口気味にそう言うと、足早に去っていく。
ライルとモンシュは、グッと親指を立て合った。
「やっぱり俺たちの顔も、まだ全体には広まってないみたいだな」
「そうですね。よっぽど大慌てだったのかと……。あと、僕たちを呼んだこと自体、一般の使用人さんたちには知らされてなかったのだと思います」
小声でそんなことを喋りながら、ライルたちは客室へと向かう。
幸い、別棟への移動時には目隠しなどはされていなかったため、道順はしっかり覚えていた。
ややあって、数時間未満振りの客室に辿り着いた彼らは、そっと扉に近付く。
「鍵は……かかってないな。大丈夫か……?」
ライルは城の防犯面を心配しつつ、ぐっと力を入れて扉を開けた。
そして一応、誰かに見られていないか確認してから、部屋の中へと足を踏み入れる。
室内には先ほどのメイドが言っていた通り、雷霆冒険団とツイナ、フーマの荷物がまとめて置かれていた。
ぞんざいではないが、丁寧とも言い難い具合だった。
「俺はこの鞄を調べる。モンシュはそっちを頼んだ」
「はい!」
目的の共鳴石は、フーマの鞄の中だ。
しかし――先に特徴を聞いておけば良かったもののそれを忘れていたため――ライルたちは見知らぬ2つの鞄のうち、どちらがフーマのものかがわからない。
けれどもさしたる手間ではないと、取り急ぎ彼らは手分けをして石を探しだした。
「! あった」
少しして、ライルが声を上げる。
鞄の底にあった袋から出し、手に取ったそれは確かに共鳴石の見た目をしていた。
「これだろ、言ってたやつ!」
「わ……! きっとそうです!」
モンシュはパッと顔を明るくし、こくこくと頷く。
これで任務はほとんど完了したも同然。
あとは来た道を戻り、皆のところへ帰るだけである。
「よし、撤退だ」
ライルとモンシュは踵を返し、客室の出口へと向かう。
が、その足が廊下の床を踏むより先に、1つの影が彼らの前に現れた。
「撤退とは、どこへ?」
半ば歪めるように釣り上げた口角に、細められた切れ長の目。
それは他でもない、ライルたちの顔をよくよく知っている、ケサだった。