179話 一時協力、再び
「お前ほんといい加減にしろよ何なんだ全然帰ってこないと思ったらほっつき歩いてる途中に機密事項に触れて強制軟禁ついでに俺も連帯責任って!!!」
シキが立ち去るや否や、フーマは怒涛の勢いでツイナに詰め寄る。
息継ぎすら忘れて怒りをぶちまけるその様子は、いっそ同情を誘うほどだった。
「ま、まあまあ、落ち着いてくださいフーマさん……」
見かねたモンシュが間に入るが、ツイナはというと。
「そうそう。落ち着こうよ」
「――――!!」
わざとなのか何なのか、フーマの怒りをさらに煽り、声にならない声を発させる始末。
フーマはもはや憤死しそうなくらいだ。
そんな彼らをどうしようもなく見守りながら、ティガルは溜め息を吐く。
「にしてもどうすんだこれ。念のため聞くけど共鳴石、没収されずに持ってたりしないよな?」
「……しないな。武器もろともしっかり回収されたよ」
恐らく怒り疲れたのだろう、フーマはツイナからふらふらと離れて椅子に腰を下ろし、地獄の底にでも居るかのような声で答えた。
「強行突破しか無いか?」
フゲンは若干の喜色を滲ませながら言う。
なぜ、とは訊くまでもない。
「まあ……それも視野に入れるべきね」
「賭けっぽくはなりそうだけどな。連絡手段が無いとなると力技も……」
と、そこでフーマが手を挙げて彼らを制止する。
「待て、とりあえずお前らがここに居る理由を聞かせろ。こっちは『ツイナが馬鹿やった』以外の状況がわからないんだ」
彼はげんなりとした表情で、ライルたちをぐるりと見回した。
異国で同僚の巻き添えを食らって軟禁された場所に、因縁のある雷霆冒険団――しかもちょっと増えている――が勢揃いしているというのは、中々に異様な光景だろう。
「あ、そういえばおれも聞いてないや。なんで居るの? 勧誘でもされた?」
とぼけた顔でツイナも口を挟む。
だが最後に付された推測は、奇しくも的中していた。
「……よくわかったな」
ライルは心底驚きながら言う。
適当なふうを装っておきながら、内心で目を光らせているのか。
否、恐らくツイナに関しては、そういった策略の意図は無いようだった。
「天上国軍は人手も資金も不足してるからねえ。地上国軍を退けたり、執行団とやり合ったりできるくらいの冒険団が居るなら、手元に置きたいと思うでしょ」
ツイナは何でもないことのように、的確な推測をすらすらと語る。
それから、ねー、とフーマに同意を求めた。
なんとも緩い雰囲気だが、愚かではない。
掴みどころのない彼の振る舞いに、若干名が無言ながら困惑の色を見せた。
「冒険団が城内に居るのを見た時点で、捜索隊の人間ならこれくらい察せる。だからこそ、有無を言わさず即座にこうしたんだろう」
フーマは是とも非とも答えなかったが、ツイナと同じように拘束された腕を億劫そうに見せて言った。
「じゃあ……あんたたち、事前の報せも無しに訪問してきたの?」
見ただけで察せるというのなら、ケサたちが他国の捜索隊を警戒しないわけはない。
万が一にも見られないよう、雷霆冒険団とツイナたちを同時に城に呼ぶことはしないだろう。
しかし現に今、両者は共に城内に居る。
そうするとつまり、ツイナたちの方がケサたちの意図しない動きで以て、城にやってきたということになる。
一般常識で考えるなら、予告無しで他国の城を訪問するなど非礼とかいう問題ではないのだが。
「うん」
ツイナはカシャの問いに、あっさりと惜しげもなく肯定を示した。
「それは……」
カシャが呆れの視線をツイナたちに向ける。
と、慌てたようにフーマが口を開いた。
「事前に取り決めをしていたんだ。地上国軍の捜索隊と、天上国軍の捜索隊は、今後新たに入手した手がかりをそれぞれ1つだけ、共有し合うって」
「で、その時は連絡無しで来て良いことになってたんだ。他に勘付かれるより先に、みたいな意図でね」
どうやら、そこまで非常識では無かったらしい。
特にツイナの顔を見ているとやりかねないことに感じられたが、反して実際は彼らが軍人としての線引きはちゃんとしていたことに、カシャは安堵に似た溜め息を吐く。
フーマも誤解を回避できたからか少しホッとした表情を見せ、それからもう少し付け加えた。
「一応、天上国軍の名誉のために言っておくと、この取り決めが成立したのは5日前だ。そして俺たちが新たな手がかりを発見したのは3日前」
「さすがにこんなに早く来るなんて、思ってなかったんだな……」
タイミングって怖いな、とライルは呻る。
要するにツイナとフーマは、良くない偶然が重なった玉突き事故に遭ったわけだ。
「ま、そういうわけで。どうする? おれたち2人だけなら、ライルたち無視してもたぶん無事に帰れるけど」
話がひと段落したところで、ツイナはフーマに問う。
そう、立場的にも、ケサの言葉からも、2人は5日経てば穏便に解放されることが確定している。
尤もそれは、あちら側の気が変わらなければの話だが。
フーマはよく喋ったせいでズレたマスクの位置を直しながら、ほんの僅かな間だけ置いて答えた。
「こいつらと手を組む」
「即答だな。ツイナはともかく、お前はそれで良いのか?」
逆の答えが返って来るか、もう少し悩むかのどちらかだと思っていたライルは、目を丸くして言う。
「元々雷霆冒険団はこっちが『要捕獲対象』として情報を共有したんだ。それを自分たちの懐に入れて利益を得ようなんて、看過できない」
至極冷静に、フーマは理由を述べる。
それでいて腹の底には、不満がふつふつと煮えているようだった。
「冒険団はあくまで敵対者。社会的利益のための一時的な協力は有り得ても、根本的に手を組むのは論外だ。リンネ隊長も黙ってないだろう」
「確かに……」
モンシュは何が何でも犯罪者を殺そうとするリンネの姿を思い出し、納得する。
執行団二番隊と戦ったのは、彼女があちらの方をより憎み、また戦いの目的が『箱庭』捜索に絡んでいたからで。
協力はしていたものの、雷霆冒険団を見る視線は常に敵意に満ちていたのを、モンシュは覚えている。
そんなリンネが、この天上国の動きを看過するはずがないというのは、自明の理だ。
何なら、他国の捜索隊からも顰蹙を買うだろう。
だからこそ、確実に手を結ぶところまでは、秘密裏に進めようとしていたのだと考えられる。
「あっちが不義理をはたらく気なら、こっちもそれなりの手段で阻止してやる。さあ作戦会議だ、雷霆冒険団!」
フーマは立ち上がり、苛立ちとやる気を示す。
ツイナもうんうんと頷いており、同意のようだ。
「そうこなくっちゃな!」
話は完全にまとまった。
ライルたちは部屋の真ん中の机に寄り集まり、顔を突き合わせる。
「まず、できる限り暴力は避けるべきだ。脱出後のことを考えて、こっちの被害者性は維持しておきたいからな」
「理想は……あいつらに気付かれず、共鳴石を取り返す。これね」
「ああ」
では共鳴石を取り戻す、その手段はどうするか。
場の面々が思案し始めたところで、ライルがパッと手を挙げた。
「それなら良い考えがある。いま思い付いた」
彼はニッコリと笑顔で自信を示す。
それから、「考え」の内容を聞こうと耳を傾けるモンシュの方を向いた。
「俺たちの経験、生かす時が来たぜ!」