178話 行き詰まりと打開策
しばらくの後。
ライルたちはケサの誘導の下、客室から別棟の部屋へと移動した。
離れのような雰囲気のその建物は2階建てで、城の中心部から少々距離があり、屋内の装飾はやや落ち着いている。
要するに、先ほどの客室よりランクの低い場所のようだった。
移動中に逃走、という選択肢が無いわけではなかったが、無謀と断じたライルたちは、ひとまず従順に室内へと入っていく。
部屋の中もやはり煌びやかさは抑えめであったが、却って彼らにはその方が良かった。
なにせ皆、城に満ちる慣れない眩さにくらくらしていたのだから。
全員が室内に揃ったことを確認し、ケサは扉を閉める。
と、そこで雷霆冒険団共々連れてこられていたツイナが口を開いた。
「ねえ、なんでおれ捕まってるの?」
言って、前に掲げたのは拘束された両腕。
拘束具はご丁寧にも、傷ひとつ無い金属製の手錠だ。
「勝手に歩き回った挙句、我が軍の機密事項に触れたからですわ」
呆れ半分にケサは答える。
さほど意外でもないが、彼女らが雷霆冒険団を勧誘していることは、他国には知られたくなかったらしい。
「ひどい仕打ちだ」
「順当だろ」
不満げに口を尖らせるツイナに、ティガルが突っ込む。
友好的とは言えない国の軍人に秘密を知られたと考えると、秘密裏に殺さないだけマシと言える。
「ともかく! 雷霆冒険団の皆様共々、5日間はこの棟で待機していただきます。よろしくって?」
「…………」
「よ、ろ、し、く、っ、て!?」
「了解しましたあ」
舐めた態度を取るツイナに、ケサは青筋を立てる。
カシャやシュリあたりから彼女に、若干の哀れみを含んだ視線が向けられた。
「それから、このことは5日が経った後、そちらの隊に報告しますからね。くれぐれも、妙な気を起こして罪状を増やさないようにしてくださいまし。陛下からのお慈悲により食事は1日3度提供されますので、お好きにどうぞ。見張りは既にたっぷり用意して差し上げましたわ。どうか行動にはご注意なさって」
ケサは早口でまくし立てるように言い、部屋を去っていく。
相当お怒り……というか、余裕の無い振る舞いだった。
それから数秒ほど、室内はシンと静まり返る。
降って湧いた妙な状況に、ライルたちは適応しかねていた。
だが彼らの心証など露知らず、また知ろうともしないふうに、ツイナはまた適当な椅子に腰を下ろす。
「ってわけで」
彼は拘束された腕を邪魔そうに横に除け、首を傾げた。
「どうやって脱出する?」
「話聞いてた?」
たまらずカシャが婉曲的に文句を言う。
さもありなん。
ライルはそんな2人に苦笑いをしつつ、窓の外を見やる。
先ほどのケサの話通り、建物の外では天上国軍の者たちが等間隔に並び、あるいは周囲を見回しながら闊歩していた。
数段厳しくなった監視は、絶対に情報を漏らすまい、雷霆冒険団とツイナを逃がすまいと示しているようだ。
「これはいよいよ、大人しくしてる以外無さそうだな」
カーテンを閉め、外と内とを心ばかりに遮断しながらライルは言う。
が、そこに口を挟んだのはシュリだった。
「いや……却って、好機かもしれない」
彼はいつの間にか椅子の上で体育座りをしていたツイナの方を向き、ゆっくりと話し始める。
「ツイナと言ったか。あなたは地上国軍の者で、ここへは隊の仕事で来た……間違いないか?」
「うん。隊長に頼まれて、ついさっきフーマと一緒に2人で来たよ。一応中に通されてから、ちょっと待ってろって言われたんだけど、お手洗い行ったら元の場所に戻れなくなったんだよね」
ついでとばかりに迷子の経緯を語るツイナに、シュリは少々思案したのち、頷いた。
「であれば、そのフーマと共に国を脱しよう」
どうやって、とか、なぜ、とかいう疑問が場の面々の頭に浮かぶ。
だが雷霆冒険団の者は皆、シュリが短絡的な考えでそういうことを言う人物ではないと知っていたため、ひとまず疑問を横に置き耳を傾けた。
ツイナは「ふーん?」とだけ言って、ぎゅっと膝を抱えた。
「ケサはあちらに優位性があるように話していたが、あくまであなたが自分たちと遭遇したのは事故だ。己の隔離態勢の甘さを棚に上げ、強硬な手段で対応したあちらにも非がある。そこを突けば、ある程度は対等な取り引きに持ち込めるだろう」
「なるほどー?」
シュリの話を聞き、ツイナは椅子から足を下ろす。
関心を示したようだった。
「なら隊長か、そうじゃなくても隊の奴に連絡を取れるところまで逃げられれば……!」
「そうだな。例えば、『秘密裏に冒険者を取り込もうとしていたことを黙っててやる代わりに、おれたちを解放しろ』って脅すとか。いくらでもやりようはある」
フゲンやティガルも同様に、シュリの言った方法に希望を見出す。
「ふむ……それによくよく考えれば、俺たちはともかく、他国の軍人を殺すなんてもってのほかだ。強行突破で逃げても、あっちからの暴力的な手段は控えめになるだろうな」
「ああ」
ツイナの肩書きは一介の軍人、さしたる権力や権威は無い。
けれども「他国の」と付けば、不用意な真似は歓迎されない。
加えて彼は他でもない、ある程度の単独行動が許され、また結束力の高い、地上国軍『箱庭』捜索隊の一員なのだ。
特にリンネの人柄を知っている者なら、揉め事は避けたがるだろう。
そしてケサは確実に、リンネのことを知っている。
揺さぶりをかけ、取り引きを持ち掛ける隙は十分だ。
「この棟から出るのは前提として、その後の方針は大きく2つね。1つは、リンネたちとの連絡手段を得て天上国側と交渉する。もう1つは、追手の攻撃が緩いことを期待して、フーマと合流して一気に地上まで逃げる」
カシャがこれまで挙げられた「可能性」を総括して案を示す。
するとツイナが、「前者の方が良いかな」と真っ先に言った。
「おれ実は人間族との混血だから、そんなに飛ぶの上手くないんだよね」
彼は手を握ったり開いたりしながら語る。
一瞬、その顔に影が落ちたようだった。
「連絡手段は何か思い当たりますか?」
「うーん……緊急用の共鳴石くらいかな。フーマが持ってるんだけど、あれ鳴らすと『異常あり、即時救援求む』ってことになる」
「じゃあまずはフーマを探そうか」
ライルはそう言って、頷く。
なお彼らの共鳴石は、カシャの持つ、ユガと分け合ったものを除いて、以前海で難破した時に紛失している。
今ごろ迂闊な持ち主たちを、海底から恨めしげに見上げていることだろう。
閑話休題。
次いで、クオウが口を開いた。
「少なくとも、彼は棟の外かつ城の中に居るわよね。試しに使い魔を飛ばしてみるわ」
「ああ、頼む」
クオウは両の手のひらをお椀のように丸めて合わせ、そこに魔力を集中させ始める。
「こっそりだから、小さい方が良いかしら。ぎゅーっと、凝縮する感じで……」
ぱちぱちと火花が灯るように、温かい魔力が形を成していく。
そうしてじきに極小の使い魔が生成されようか、といういその時。
「ん?」
不意に、ライルの目に微かな異変が飛び込んできた。
彼は2、3歩クオウに近付き、目をぱちぱちと瞬かせる。
「クオウ、今なんか髪の毛光らなかったか?」
「えっ?」
クオウは使い魔を作る手をいったん止め、自分の髪を触る。
「本当? わからなかったわ」
後ろ髪の毛束を前に持ってきて確認するが、しかし彼女の目にも、周囲の面々の目にも、そこに変化は見られなかった。
「見間違いじゃねえの?」
「うーん、そう……かも?」
確かに先ほど彼の目には、クオウの髪が淡く光るところが映っていた。
が、ライルは首を傾げつつも、まあ良いかと引き下がる。
他に目撃者の居ない、害も無さそうな現象より、今のこの状況に集中するべきだという判断だった。
「じゃあ、改めて……」
と、クオウが再び使い魔生成に取り掛かろうとする。
しかし。
「失礼します」
ノックも無く部屋の扉が開き、今度はシキが入ってきた。
彼女は1人ではなく、後ろにもう1人の人物を伴っており。
「あ」
「やっほ、さっきぶりだね」
その人物というのは、奇しくもライルたちが今から探そうとしていた。
「……最悪だよ……」
フーマ本人だった。