177話 闖入者とか訪問者とか
女王は期限を宣告したのち、「下がれ」とライルたちに命じた。
既に会話はその役目を終えたということなのだろう。
溜飲が下がらないながら謁見の間を出たライルたちは、再びケサたちに連れられて場内を移動することとなった。
「本当にモンシュは無事なんだろうな?」
煌びやかな廊下を歩む足は止めず、フゲンが念を押すように問う。
先ほどの女王とのやり取りのせいか、少し苛立っているらしい。
彼の声は些かささくれ立っていた。
「ですからそうと、先ほどから申し上げておりますでしょう? いい加減に信用していただきたいものですわ」
問いかけられたケサの方も、同じく不機嫌気味な声で言う。
こちらは恐らく、ライルたちが女王の誘いを断ったことに起因するのだろう。
ピリついた空気を漂わせながら、やがて彼らはとある部屋の前に到着した。
謁見の間とは比べるまでもなく劣る装飾の具合だが、それでも十分に大きく豪奢な扉を、ケサは開ける。
室内は椅子や机などが整えられており、応接間というには非常に広く、短い通路を経て空間が奥に続いている。
その「奥」にはベッドが置かれているのがちらりと見え、更にそれはひとつではない。
要するにライルたちが案内されたのは、客人を泊める部屋のようだった。
が、彼らは部屋がどうこうなどには目もくれない。
なぜなら室内、その華美な椅子に座る少年を見つけたからだ。
「モンシュ!!」
「あっ……皆さん!」
ライルたちが声を上げるのとほぼ同時に、モンシュは椅子から立って振り返る。
少なくとも、命はちゃんと無事だった。
それがわかった雷霆冒険団の面々の心情は、安堵というほかなかった。
彼らは一も二も無くモンシュに駆け寄る。
その中から、ティガルがひときわ大股で近付き、彼の両肩をがしりと掴んだ。
「わっ」
「怪我は無いか? 暴言吐かれたり、持ち物捨てられたりしてないか?」
これでもかと眉間に皺を寄せつつ、ティガルは言う。
無意識にだろうか、尻尾までモンシュを抱えるようにくるりと巻き付いていた。
「大丈夫ですよ、ティガル。心配かけてすみません」
「別に! 心配なんてしてねえし!」
優しく微笑まれるや否や、一転してパッと手と尻尾を離すティガル。
1周回って、逆に素直まであった。
と、そこへパチパチとわざとらしい拍手の音が割り込む。
ケサだった。
「感動の再会ですわね。では皆様、期限の日までごゆるりと。用があれば、適当に給仕を捕まえて頼んでくださいまし」
どうも想定していた筋書き通りにいかなかったこと、またそれでいてライルたちが再会を喜んでいるのが不満らしい。
彼女はあくまで表面上は丁寧な態度を崩さないまま、シキと共に立ち去っていった。
しばらくぶりに仲間だけとなった場で、ライルたちは改めて向き合う。
最初に口を開いたのはモンシュだった。
「……事情は使用人の方から聞きました。僕が攫われたばかりに、こんなことになってしまって……申し訳ないです」
しょんぼりとうなだれる彼だったが、すかさずフゲンが口を開く。
「気にすんな! 攫った方が悪いに決まってんだろ!」
「そうよ。モンシュが無事なら、問題ないわ」
クオウも続いて素直な言葉を口にし、他の面々もこれに同調した。
わかりきったことだが、この件でいったい誰がモンシュを責めようかという話だ。
「でも、これからどうしましょう。女王陛下のあの感じじゃ、誘いを拒んでも次の手段に出るだけな気がするのよね」
カシャが物憂げに言えば、ライルは「次の手段?」と首を傾げる。
「もっと乱暴な手段よ。ここは天上国で、城の中で、相手は女王。彼女が何をしようが、邪魔は入らないわ。……想像はつくでしょう?」
彼女は直接的な表現は避けつつ、かなり好ましくない展開が起こる可能性を示唆した。
国が丸ごと女王の味方という点では、例えば執行団の拠点に閉じ込められるよりもタチが悪い。
更に言えば、天上国の立地もライルたちには悪条件だ。
まさに女王の独壇場と言えよう。
「じゃ、全員ぶん殴って逃げるか?」
「どうやってだよ。力づくで地上に降りようにも、天竜族が追いかけてくるんだぞ? しかも軍人だ。逃げ切るのはまず無理だろ」
いつもの調子で正面突破を提案するフゲンを、ティガルが諫めた。
地上に降りるには竜態のモンシュに運んでもらうほか無いが、6人の人間を乗せた元一介の村人と、訓練を積んだ大勢の軍人では勝敗は見えている。
良くて捕獲、悪くて撃墜といったところだろう。
「なら天上国内で潜伏するとか」
今度はライルが提案する。
が、ほんの少しだけの間を挟み、カシャが首を横に振った。
「たぶん指名手配されて、結局同じルートね。地上国みたいにひとつひとつの陸地が凄く広いわけでも、地底国みたいに入り組んでるわけでもないから、やっぱり逃亡は難しいと思うわ」
「……八方塞がり、だな」
シュリが力なく肩を落として呟く。
窓の外には空が見える。
しかしその空は、彼らが知っているものよりずっと高く、呆然とするほど遠くまで広がっていた。
「転移魔法で一気に地上まで行く……のも、座標を設置してないからできないしなあ」
壁に寄りかかり、腕組みをしてライルは言う。
かなり高等なものとして数えられる転移魔法は、一応彼の手札の中には在った。
魔力さえ回復すれば、一度だけなら使える。
だが転移魔法は基本的に、点と点を繋ぐイメージで使う魔法だ。
目的地に「座標」という、言わば魔力で作った目印が無いと、転移が正常に作動しない。
故に、今の状況では有効に使う手立てが無いのである。
もうこうなったら、いったん女王の勧誘に応じる姿勢を見せて、後からどうにか逃れる方法を見つけるしかないか……という考えがライルの頭をよぎり始めたその時。
「すみませーん」
やけに呑気な声と共に、部屋の扉が開かれた。
ライルたちが視線を向けると、そこに居たのは。
「……あれ、久しぶり。何してるの」
褐色肌に水色の瞳、黒髪のポニーテール。
そして緑色の軍服を着た――地上国軍『箱庭』捜索隊のツイナだった。
「こっちの台詞だな」
ライルは思わず、即座にそう返す。
全く以て想像だにしなかった人物の登場だ。
どうやらあちらもそうらしいが。
「緑……地上国軍の奴か?」
「そういや、ティガルとシュリは会ったこと無かったな。あいつは地上国軍『箱庭』捜索隊の」
「ツイナだよ。よろしく~」
フゲンの言葉を遮るか継ぐか微妙なラインのタイミングで、ツイナは和やかに自己紹介をする。
特に敵対感情は無いようだった。
彼は後ろ手に扉を閉めつつ室内にのこのこと足を踏み入れる。
「なんで入ってきてんだよ」
「いやまあ……」
「『まあ』何だよ!」
適当な返事にティガルが苛立ちを見せるも、ツイナはどこ吹く風だ。
更に気楽な足取りで彼らの近くまで来ると、空いていた椅子に腰を下ろした。
「おれ、隊の仕事でフーマと一緒にここに来たんだけどさ、道わかんなくなっちゃったんだよね」
「あの、凄く探されてると思いますよ……?」
「だろうねえ」
ぐぐっと伸びをしながら返答するツイナ。
他国の城に居る軍人とは思えないくつろぎようである。
「『藍』の応接間ってどこかわかる?」
「わかるわけねえだろ」
「残念。ならここでちょっと休憩しようかな。歩き回って疲れたし」
居座る気満々の発言を飛ばし、ツイナは肘掛けに寄りかかる。
謁見の間での女王とは違い、普通にだらけた姿勢だ。
何なんだこの闖入者は、とライルたちは顔を見合わせる。
と、また部屋に入ってくる者があった。
「失礼しますわ、雷霆冒険冒険団の皆様。先ほど少し伝え損ねたことが――」
正当な訪問者、もといケサは室内の光景を見てぴたりと言葉を止める。
それから、困惑たっぷりの表情で言った。
「……何故おりますの?」