176話 直々の勧誘
ライルたちはしばし、その姿に目を奪われた。
きっちりと纏め上げられた、淡く、しかし煌めく金髪。
その髪に差された星のようなアクセサリー。
金色の瞳は鋭い光を宿しており、吸い込まれるような魅力がある。
白を基調としたドレスにはきめ細かい刺繍、散りばめられた星屑のような装飾、滑らかなフリル。
そこから覗く肌は白く、傷ひとつ無い。
顔立ちや体つきはやや幼いものの、頭に乗るティアラと、彼女自身から発せられるオーラが、彼女がこの国の女王であることを証明していた。
「頭を下げなさい無礼者!」
棒立ちのまま女王をまじまじと見るライルたちに、あからさまに苛立った声でケサの部下が言う。
彼女らはとっくのとうに、膝を付いて頭を垂れていた。
ライルたちは慌てて、見よう見まねで彼女らと同様のポーズをとる。
さすがに一国の王の御前となれば、下手を打てないというのは共通認識だ。
ティガルでさえも一応、不機嫌に動こうとする尻尾を堪えつつ、大人しくしていた。
数秒、緊張感のある沈黙が漂う場だったが、それを破ったのは女王だった。
「ふむ、良い良い。顔を上げて、もっと近う寄れ。私はそなたらの顔が見たい」
彼女はニコニコと笑い、手招きをする。
さてどうするかとライルたちはやや困惑しつつも、まあ言われた通りに2、3歩玉座に歩み寄った。
女王はそれを見て満足したように頷き、続いてケサたちに視線を向ける。
「ケサ、シキ、ご苦労であったな。しばし下がっておれ」
「えっ!? で、ですが陛下、恐れながらそれは少々危険かと……」
思わぬ発言にケサがささやかな反論を口にし、部下の若い女性――シキも驚きを顔に出した。
が、女王は余裕の笑みを浮かべたままだ。
「構わん。こやつらが無闇に他者を害するような人間ではないと、既に調べはついているのであろう」
ケサとシキは顔を見合わせる。
確かに、彼女らの元には、雷霆冒険団の活動がいかなる様子であったかという情報があった。
それは全てを網羅したものではなかったが、彼らが概ね善良な心の持ち主だと判断するには十分だったのだ。
しかしながらそれでも、一国の王と仮にも犯罪者、控えめに言っても一般人を、見張りも無しにひとつの空間に置くことは危険である。
……が、結局のところ、軍人は王の命には逆らえない。
ケサたちは非常に物言いたげな表情をしながらも、頭を垂れた。
「……承知しました。何かありましたら、すぐにお呼びください」
「それでは、失礼します」
ピリついた雰囲気を纏ったまま、2人は謁見の間を出て行く。
女王は彼女らが確かに、扉の向こうに姿を消すのを見送ってから、再びライルたちの方を見た。
「ささ、楽にしてくれ。と言っても椅子のひとつも出してやれぬがな。まあ、許せ」
「楽に」、と女王は手で示す。
ライルたちはこれまた言われた通り、固い姿勢を解くことにした。
「で、天上国の女王サマがオレらに何の用だ?」
「フゲンッッ!」
即座に、カシャの叱咤が飛ぶ。
敬語無し、前置き無し、丁寧さ皆無の無礼三拍子であるからさもありなん。
「ははは、気にするな。話が早いのは嫌いではない」
そう言って笑う女王の佇まいを、ライルはじっと見つめる。
ライルが会ったことのある国主といえばローズが挙げられるが、目の前の女王は彼女と比べて全く異なっていた。
どちらかと言うと、カアラの方に近い。
1人の抵抗者として活動しながら、実は国主の血筋であった彼女の方に。
否、もっと言えば――彼女と鏡写しのような「逆」に見えた。
「そうだな。私が卑怯な手を使ってまでそなたらを呼び寄せたのは、ひとつ提案がしたかったからだ」
ライルの探るような視線を知ってか知らずか、女王は平然と話を進める。
「提案?」
そうライルが聞き返せば、彼女はニヤリと笑う。
ゆったりと玉座の肘掛けに体重を預ける形に姿勢を変え、それから言った。
「そなたら、天上国軍の公認団体にならぬか?」
「は?」
と、少々の嫌悪感と共に零したのはティガル。
突然何を言い出すんだこいつは、と顔に書いてあるようだった。
他の面々もまた意図の読めない申し出を訝しむが、女王は悠々と語る。
「我が国の『箱庭』捜索隊の、傘下組織になるのだ。さすればそなたらは各国の軍に追われることなく、悠々と活動をすることができる。どうだ、良い話だろう?」
「……で? 代わりに何をさせられるんだ?」
ティガルは不信感たっぷりに尋ねた。
それもそのはず、国の王が直々に、わざわざ冒険者にこんな話を持ち掛けるなど意味不明だ。
普通に考えれば何らかの、決して安くは無い対価を求められるところだろう。
「なに、難しいことではない。そなたらが手に入れた情報と手掛かりを全て天上国に渡す、ただそれだけだ。無論『箱庭』が見つかった暁には、そなたらにも願いを叶えさせてやるぞ」
「ふーん。じゃ、例えばオレが最初に『誰も、どこの国も『箱庭』を管理できないようにしてくれ』っつてもいいんだな?」
今度はフゲンが問いかける。
すると女王はスッと、顔から笑みを消した。
ゾッとするほど早い切り替えだった。
「それはならぬ。あくまで『箱庭』と願いの権利は我が国が管理下に置く。その管理の許す範囲で、そなたらにも分け前をやろうというだけの話だ」
やはりと言うべきか、女王も他国と同様の考えを持っているらしい。
神に願いを叶えてもらえる『箱庭』を、自国が独占したい。
つまるところは単純な「利益の確保」と「不利益の排除」だ。
願いの成就という神秘も、彼女らにとってはただの資源なのである。
女王の言葉を聞き、ライルたちは頷き合う。
却って、答えは明快だった。
「じゃあ、その提案は受け入れられない」
「ほう?」
女王は片眉を上げる。
だがさほど気分を害したようではなく、ライルはそのまま話を続けた。
「一部の人間が『箱庭』を独占するなんて間違っている。望みを実現する機会は、みんなに与えられるべきだ」
「中には危険な願いもあろう。そういったものを阻止する役割も、我々は担おうというのだ」
「お前は神様になろうっていうのか?」
ライルは鋭い視線を向けた。
――聖典の伝える話の中で、神は常に世界を憂いている。
種として弱く絶滅しそうだと訴える者たちが居れば、筋力や魔法や適応力を授けてやり。
体が大きく地上では住みにくいと訴える竜が居れば、天上と海底に住処を作ってやり。
凶暴な獣が多くの種をいたずらに傷付けていれば、地底に送って地上に安全をもたらしてやり。
神はその手で、世界をできる限り良いものにしようと、尽くしてきた。
そんな神のことだ。
例え『箱庭』に誰かが辿り着けど、その願いがあまりに破滅的・暴力的であれば、却下することだろう
願いは人間のものだが、『箱庭』でそれを叶えるのは神なのだから。
「『そこ』は神様の領域だ。人間がおいそれと手を出そうとして良いところじゃない」
ライルは毅然と反駁する。
人間は自由で許された存在だが、行きすぎれば傲慢だ。
「神様になる……か」
しばし目を閉じ、女王は呟く。
声が小さいせいか、いやにか細く聞こえる呟きだった。
「……人々を導く、という点ではそうかもしれぬな」
それから再び瞼を上げ、背筋を伸ばして彼女は改めて口を開いた。
「そう、私は神のごとくならねばならない。天上国ただ1人の王族として、国を民を、完璧に治めなくてはならないのだ」
女王はまるで演説でもするかのように、1音1音を明瞭に発する。
声色から表情から、とても演技がかっていた。
「悲しいことに、いま我が国の捜索隊は人手も資金も足りておらぬ。余所が忙しいせいで、あちらに回す分が無くてな。他国に追い抜かされないためには、外部の手を借りねばならぬのだ」
そこまで言い切ると、女王はまたニコリと笑みを浮かべる。
「5日待とう。良い返事を聞かせてくれ」