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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第7章 先導:其が行くは苦悩の道
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176話 直々の勧誘

 ライルたちはしばし、その姿に目を奪われた。


 きっちりと纏め上げられた、淡く、しかし煌めく金髪。

 その髪に差された星のようなアクセサリー。


 金色の瞳は鋭い光を宿しており、吸い込まれるような魅力がある。


 白を基調としたドレスにはきめ細かい刺繍、散りばめられた星屑のような装飾、滑らかなフリル。

 そこから覗く肌は白く、傷ひとつ無い。


 顔立ちや体つきはやや幼いものの、頭に乗るティアラと、彼女自身から発せられるオーラが、彼女がこの国の女王であることを証明していた。


「頭を下げなさい無礼者!」


 棒立ちのまま女王をまじまじと見るライルたちに、あからさまに苛立った声でケサの部下が言う。

 彼女らはとっくのとうに、膝を付いて頭を垂れていた。


 ライルたちは慌てて、見よう見まねで彼女らと同様のポーズをとる。


 さすがに一国の王の御前となれば、下手を打てないというのは共通認識だ。

 ティガルでさえも一応、不機嫌に動こうとする尻尾を堪えつつ、大人しくしていた。


 数秒、緊張感のある沈黙が漂う場だったが、それを破ったのは女王だった。


「ふむ、良い良い。顔を上げて、もっと近う寄れ。私はそなたらの顔が見たい」


 彼女はニコニコと笑い、手招きをする。

 さてどうするかとライルたちはやや困惑しつつも、まあ言われた通りに2、3歩玉座に歩み寄った。


 女王はそれを見て満足したように頷き、続いてケサたちに視線を向ける。


「ケサ、シキ、ご苦労であったな。しばし下がっておれ」


「えっ!? で、ですが陛下、恐れながらそれは少々危険かと……」


 思わぬ発言にケサがささやかな反論を口にし、部下の若い女性――シキも驚きを顔に出した。

 が、女王は余裕の笑みを浮かべたままだ。


「構わん。こやつらが無闇に他者を害するような人間ではないと、既に調べはついているのであろう」


 ケサとシキは顔を見合わせる。


 確かに、彼女らの元には、雷霆冒険団の活動がいかなる様子であったかという情報があった。

 それは全てを網羅したものではなかったが、彼らが概ね善良な心の持ち主だと判断するには十分だったのだ。


 しかしながらそれでも、一国の王と仮にも犯罪者、控えめに言っても一般人を、見張りも無しにひとつの空間に置くことは危険である。


 ……が、結局のところ、軍人は王の命には逆らえない。

 ケサたちは非常に物言いたげな表情をしながらも、頭を垂れた。


「……承知しました。何かありましたら、すぐにお呼びください」


「それでは、失礼します」


 ピリついた雰囲気を纏ったまま、2人は謁見の間を出て行く。

 女王は彼女らが確かに、扉の向こうに姿を消すのを見送ってから、再びライルたちの方を見た。


「ささ、楽にしてくれ。と言っても椅子のひとつも出してやれぬがな。まあ、許せ」


 「楽に」、と女王は手で示す。

 ライルたちはこれまた言われた通り、固い姿勢を解くことにした。


「で、天上国の女王サマがオレらに何の用だ?」


「フゲンッッ!」


 即座に、カシャの叱咤が飛ぶ。

 敬語無し、前置き無し、丁寧さ皆無の無礼三拍子であるからさもありなん。


「ははは、気にするな。話が早いのは嫌いではない」


 そう言って笑う女王の佇まいを、ライルはじっと見つめる。


 ライルが会ったことのある国主といえばローズが挙げられるが、目の前の女王は彼女と比べて全く異なっていた。


 どちらかと言うと、カアラの方に近い。

 1人の抵抗者として活動しながら、実は国主の血筋であった彼女の方に。


 否、もっと言えば――彼女と鏡写しのような「逆」に見えた。


「そうだな。私が卑怯な手を使ってまでそなたらを呼び寄せたのは、ひとつ提案がしたかったからだ」


 ライルの探るような視線を知ってか知らずか、女王は平然と話を進める。


「提案?」


 そうライルが聞き返せば、彼女はニヤリと笑う。

 ゆったりと玉座の肘掛けに体重を預ける形に姿勢を変え、それから言った。


「そなたら、天上国軍の公認団体にならぬか?」


「は?」


 と、少々の嫌悪感と共に零したのはティガル。

 突然何を言い出すんだこいつは、と顔に書いてあるようだった。


 他の面々もまた意図の読めない申し出を訝しむが、女王は悠々と語る。


「我が国の『箱庭』捜索隊の、傘下組織になるのだ。さすればそなたらは各国の軍に追われることなく、悠々と活動をすることができる。どうだ、良い話だろう?」


「……で? 代わりに何をさせられるんだ?」


 ティガルは不信感たっぷりに尋ねた。

 それもそのはず、国の王が直々に、わざわざ冒険者にこんな話を持ち掛けるなど意味不明だ。


 普通に考えれば何らかの、決して安くは無い対価を求められるところだろう。


「なに、難しいことではない。そなたらが手に入れた情報と手掛かりを全て天上国に渡す、ただそれだけだ。無論『箱庭』が見つかった暁には、そなたらにも願いを叶えさせてやるぞ」


「ふーん。じゃ、例えばオレが最初に『誰も、どこの国も『箱庭』を管理できないようにしてくれ』っつてもいいんだな?」


 今度はフゲンが問いかける。


 すると女王はスッと、顔から笑みを消した。

 ゾッとするほど早い切り替えだった。


「それはならぬ。あくまで『箱庭』と願いの権利は我が国が管理下に置く。その管理の許す範囲で、そなたらにも分け前をやろうというだけの話だ」


 やはりと言うべきか、女王も他国と同様の考えを持っているらしい。


 神に願いを叶えてもらえる『箱庭』を、自国が独占したい。

 つまるところは単純な「利益の確保」と「不利益の排除」だ。


 願いの成就という神秘も、彼女らにとってはただの資源なのである。


 女王の言葉を聞き、ライルたちは頷き合う。

 却って、答えは明快だった。


「じゃあ、その提案は受け入れられない」


「ほう?」


 女王は片眉を上げる。

 だがさほど気分を害したようではなく、ライルはそのまま話を続けた。


「一部の人間が『箱庭』を独占するなんて間違っている。望みを実現する機会は、みんなに与えられるべきだ」


「中には危険な願いもあろう。そういったものを阻止する役割も、我々は担おうというのだ」


「お前は神様になろうっていうのか?」


 ライルは鋭い視線を向けた。


 ――聖典の伝える話の中で、神は常に世界を憂いている。


 種として弱く絶滅しそうだと訴える者たちが居れば、筋力や魔法や適応力を授けてやり。


 体が大きく地上では住みにくいと訴える竜が居れば、天上と海底に住処を作ってやり。


 凶暴な獣が多くの種をいたずらに傷付けていれば、地底に送って地上に安全をもたらしてやり。


 神はその手で、世界をできる限り良いものにしようと、尽くしてきた。


 そんな神のことだ。

 例え『箱庭』に誰かが辿り着けど、その願いがあまりに破滅的・暴力的であれば、却下することだろう


 願いは人間のものだが、『箱庭』でそれを叶えるのは神なのだから。


「『そこ』は神様の領域だ。人間がおいそれと手を出そうとして良いところじゃない」


 ライルは毅然と反駁する。

 人間は自由で許された存在だが、行きすぎれば傲慢だ。


「神様になる……か」


 しばし目を閉じ、女王は呟く。

 声が小さいせいか、いやにか細く聞こえる呟きだった。


「……人々を導く、という点ではそうかもしれぬな」


 それから再び瞼を上げ、背筋を伸ばして彼女は改めて口を開いた。


「そう、私は神のごとくならねばならない。天上国ただ1人の王族として、国を民を、完璧に治めなくてはならないのだ」


 女王はまるで演説でもするかのように、1音1音を明瞭に発する。

 声色から表情から、とても演技がかっていた。


「悲しいことに、いま我が国の捜索隊は人手も資金も足りておらぬ。余所が忙しいせいで、あちらに回す分が無くてな。他国に追い抜かされないためには、外部の手を借りねばならぬのだ」


 そこまで言い切ると、女王はまたニコリと笑みを浮かべる。


「5日待とう。良い返事を聞かせてくれ」

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