175話 謁見
「ところで」
移動が開始されてからしばらくの後、不意にケサが口を開いた。
「アナタたち、リンネさんのことを御存知ですわね?」
「知ってるけど」
ややとげとげしさを含んだ口調で、カシャは答える。
カシャの他の者たちも、何か誘導尋問のようなものをされようとしているのなら黙っていたかったが、人質を取られていては口に戸を立てられない。
いかにも渋々といった感じだ。
「でしたら……こほん、情報をいただきましょうか」
「何のだよ」
妙に曖昧な物言いをするケサに、今度はフゲンが返す。
リンネと言えば、地上国軍『箱庭』捜索隊の隊長。
ケサとは敵対まではせずとも、競合相手ということになる。
地上国軍側の持つ情報を手に入れ、『箱庭』捜索を有利に進めようという魂胆だろうか、と雷霆冒険団の面々は身構えた。
程度にもよるが、やはり『箱庭』関係のことを教えるのは望ましくないからだ。
しかしどういうわけか、ケサはむずがゆそうに咳払いを何度かして、もじもじしながら言葉を続けた。
「何でも、よろしくてよ。戦った時の様子ですとか、お話の内容ですとか、部下とどう接していたとか、興味関心、好きな食べ物衣服の傾向……」
彼女は目を閉じ、夢想するような表情で、指折り数えつつ訊きたいことを羅列していく。
ほどなく、ライルはその意図を察した。
「仲良くなりたいなら、自分で訊いてみると良いんじゃないか?」
「しっ!」
余計なことを言ってやるなとばかりに、カシャが彼の口を塞ぐ。
そう、ケサの言動は明らかに、「親交を深めたい相手がいるものの自分からは上手く話を弾ませられず、人づてに情報を集めて理想的な接触および交流を図ろうとする年頃の若者」であった。
尤もケサは既に若者と言える歳を過ぎているし、いち部隊の隊長を務める人間としては、あんまりにもあんまりな体たらくだが。
「隊長、私的な質問より前に……」
黙々と翼を羽ばたかせて移動手段に徹していた若い女性の方からも、呆れ交じりの突っ込みが入る。
「んんっ、わかっていてよ。先ほどのはちょっとしたジョークですわ」
ケサは図星を突かれたうえ部下から諫められて恥ずかしくなったのか、わかりやすい言い訳と共に話題を打ち切った。
ちなみに、ケサが『箱庭』捜索国際会合のたびに気恥ずかしさから素直になれず、リンネについつい悪い絡み方をしていることは、いつも副隊長として同伴している若い女性しか知らない。
もしティガルあたりが知っていれば、「そんなんだから仲良くなれねえんだよバカ」とでも毒づいていただろう。
「さて、雷霆冒険団の皆様。これからアナタたちには、天上国でとあるお方と会っていただきます」
先ほどまでの流れは全て存在していなかったかのように、ケサは涼しい顔で話を始めた。
切り替えの速さは、義務と業務に揉まれる大人らしいものである。
「普通ならば、アナタたちごときがお目見えできる方ではありません。くれぐれも無礼のないよう……こちらでモンシュさんが保護されていることを忘れず、慎重な行動をお願い申し上げますわ」
再度モンシュのことをちらつかせつつ、彼女はライルたちに圧をかけた。
どうやらこの一件はその「とあるお方」が元凶のようだ。
言い草からしてそれなりに身分のある者らしいことは察せられたが、話を聞いていたティガルは反発心剥き出しで口を挟んだ。
「ふん、無駄に仰々しい言い方しやがって。王様にでも会うってのか?」
ケサはそんな彼の方に視線を向ける。
それでいて肯定も否定もせず、ニッコリと笑った。
「え」
にわかに湧いた予感に、ティガルは顔を引きつらせる、
まさか、とそんなわけ、が見事に混ざった表情だった。
***
さて温暖な気流に乗って雲の上へと舞い上がり、一行は空に浮かぶ国――天上国に辿り着いた。
天上国は大小様々な浮き島がベルト状に並んでいる、言わば空の島国だ。
居住しているのはほぼ天竜族のみで、彼らは自ら竜態となり飛行して島々を行き来する。
建物は全て特殊な耐風構造を持っており、天竜族の羽ばたきにもビクともしない。
町を通る道も幅が広く、凡そどこでも竜態で着地できるようになっている。
まさに天竜族のための国だ。
そしてライルたちは、その天上国のどこへ降り立ったかと言うと。
――雄大にして豪勢と言うほかない、立派な城の前だった。
「お……王様じゃん!」
予感が当たったティガルは思わず大きい声を出す。
驚きを隠そうともせず、目をまん丸にして城を見上げる彼の様子は、いつもより少し素直に見えた。
「いいえ、女王陛下ですわ」
「変わんねえよ!」
本当に王族に合わせるやつがあるか、とでも言いたげだ。
「ますます目的が見えないわね……」
やいのやいのと騒ぐのはティガルだけだったが、困惑するのは他の面々も同様だった。
仮にも冒険者、仮にも犯罪者。
要するに傍から見れば危険人物だ。
そんな者たちを王族、しかも王族暗殺事件を経た今の天上国においては絶対に失えない生き残りに会わせるとは、およそ正気の沙汰ではない。
けれども。
それはそうと、といったふうに、フゲンは口を開いた。
「おいお前、先にモンシュに会わせろよ」
「まあせっかちですこと。それでは保護した意味がありませんわ」
彼女が先ほどから使っている「保護」という言い回しが嫌らしい。
建前上のものとわかりきっていても、その体面を崩したくはないようだった。
「重ねて申し上げますけれど、アナタたちが従順である限り、モンシュさんの身の安全は保証致します。用事が済んだら、きちんと会わせて差し上げますわ」
「ふん、どこまで本当なんだか」
足元の土を蹴りながら、ティガルは毒づく。
彼はケサたちについて、信用のしの字も無かった。
「隊長、時間が押しています。早くこいつらを連れて行きましょう」
「ええ、そうですわね。さあ皆様、どうぞついて来てくださいまし」
若い女性に促され、ケサは歩き始める。
ライルたちは是も非も無く、彼女の後に続くことしかできない。
一行は城の門番を、ケサのいわゆる顔パスで通過していく。
外門、内門、そして正面扉と次々くぐり、拍子抜けなほどあっさりと城の中へと入って行った。
「少し、気後れしてしまうな……」
華美な装飾の施された廊下を歩きながら、シュリは弱々しく声を出す。
照らし草や照らし岩の柔らかな光と、無骨な岩盤に囲まれた故郷を持つ彼にとって、ギラギラと輝く城は居心地の良くないものだった。
「そうねえ。なんだか天井が凄く高いし、ちょっと落ち着かないわ」
クオウも、エトラル公国の城を思い返しながら言う。
あそこも多くの装飾品に溢れていたとはいえ、ここほどは豪奢でなかった。
察するに、高貴な者の住まいはこうしてあらん限りに飾り立てるのが、天上国流なのだろう。
「女王陛下、例の者たちを連れて参りました!」
やがてひときわ大きな扉の前にやってくると、ケサはそこに向かって声を張る。
どうやらここが謁見の間のようだ。
「入れ」
ややあって、扉の向こうから短い返事が飛んでくる。
微妙にくぐもっていたが、高い声だった。
「参りますわよ」
ケサは小さい声でライルたちにそう告げ、若い女性と左右に分かれて扉を開ける。
姿を見せたその部屋に、ライルたちはそっと足を踏み入れた。
「うわ、眩し……」
途端に、エントランスや廊下などとは比べ物にならないほどの、鋭い光が彼らに降り注ぐ。
国王が居るに相応しい輝き、といったところか。
強い光に慣れない目を細めながらライルたちが前に進んで行くと、ほどなく彼らの視界にひとつの玉座が現れる。
「よくぞ参った、雷霆冒険団よ」
そこに座っていたのは、不敵な笑みを浮かべる、うら若い少女だった。