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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第7章 先導:其が行くは苦悩の道
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幕間 願うものの話

「あいつの言う通り、俺は神に縋ってるんだ」


 とあるのどかな町の一角、大勢の人で賑わう食事処の隅の席で、セツヨウは水の入ったコップを片手にぽつりぽつりと語り出した。


「『箱庭』の預言を聞いたのは、兄さんの姿を思い出す……たったそれだけのことができなくなってる自分に気付いて、絶望してた時だった。俺はしばらく悩んだが、冒険者として『箱庭』を目指すことに決めた」


 それは恐らく、思考の整理。

 今一度、自分を確かめるための作業だった。


 チトは薄いスープを啜りながら、彼の言葉のひとつひとつに耳を傾ける。


「神に願えば、記憶を覆う血を洗い流してもらえると思った。それと単純に、体を動かしていると気が紛れた」


 フジャは葉野菜をフォークでつついて刺そうとしていた。

 何度目かの試行で、葉野菜は上手く折り畳まれた状態で捕らえられる。


「お前たちと出会って、仲間になって、楽しいって気持ちをまた味わえた。でもあの光景と憎しみは、変わらず頭にこびりついていて……あいつを見た時、それが爆発したんだ」


 モウゴはぱさついたパンを小さくちぎっては口に入れていたが、いつの間にかその手が止まっていた。


「冷静になれた今でも、あいつが憎いし、記憶の中の兄さんは物言わぬ肉塊のままだ。だから俺は、神に願おうとすることを、『箱庭』を目指すことをやめられない。それが唯一の頼みの綱だから」


 既に料理を食べきっていたジュリは、半分無意識にスプーンをいじりながら、セツヨウのことをじっと見る。


「……弱い人間だと、笑ってくれていい」


「笑わないわ。神の手による願望の成就を望んでいるのは、私たちみんな同じよ。雷霆冒険団の人たちだってね」


 スープの器を置き、チトは微笑んで言った。

 器の中身はもう空だ。


「そう、だな」


 セツヨウもまた不器用に笑い、それからコップの水をひと口だけ呑んだ。

 4分の1ほど残った水が、コップを置いた拍子に少し波立つ。


 と、そこで不意に、「あっ、そうか」とジュリが声を上げた。


 フォンと何か会話でもしていたのかとセツヨウたちが視線を向ければ、彼女は身を乗り出して言った。


「なあ、聞いてくれ。俺らいま気付いたんだけどよ」


「藪から棒にどうした」


 ジュリはにんまりと口角を上げ、まるで大発見をしたかのように続ける。


「俺たちって、お互いの願い知らなくねえか? 今回の件でセツヨウのを聞いたのが初めてだ」


「あー、まあ特に教え合うことは無かったわね……」


「だろ!」


 チトが理解を示すや、ジュリは嬉しそうに頷いた。


 セツヨウ一行は、軍の研究所を脱走したチトとフジャがセツヨウと出会ったのを発端とする。

 が、その後に参入したモウゴとフォンとジュリを含め、利害一致の成り行きといった感じで、あまり互いのことを語り合う仲ではなかった。


 尤も、時と共に絆は徐々に深まって行ったわけだが、最初の頃の名残で踏み入った話はしない空気が、自然と維持されていたのである。


「せっかくだから聞きてえなって! フォンもそう言ってるぜ」


 大きな事件が解決した今この時、何となくで伏せたままだったことを改めて語るには良い機会だ。

 セツヨウのことだけアレコレ知るのはフェアではない、という考えも多少はあったかもしれない。


「ちなみに俺たちは、時々2人になって遊びたいですって言うつもりだ!」


 意気揚々とジュリが発表すると、間髪入れずにフジャがフォークを持ったままの手を挙げた。


「オレはお金欲しいってお願いする。お金あったら便利だし! チトは?」


「私は……経歴を無かったことにしてほしい。その……私、あれだから……」


 少々言いにくそうではあったが、チトも望みを口にする。

 非人道的な研究に関わっていたことは彼女にとって恥ずべきことであったし、だからこそ彼女はフジャを連れて逃げたのだった。


「僕は……大したことないって思われるかもだけど、普通の歯を貰いたい。無駄に鋭いし、怖がられたり気味悪がられたりで良いこと無いんだ、この歯……」


 モウゴは控えめに口を開いて見せる。

 そこにはギザギザとした獣のような歯が、ずらりと並んでいた。


「オレはカッコいいと思うよ!」


「そ、そう?」


「そう! でもまあ、モウゴが気になるっていうなら……」


 フジャが身振りと共に言いかけたその時。

 皿の上に置いていたフォークが彼の手に当たり、カラン、と音を立てて床に落ちた。


「っと、いけない――おわっ」


 慌てて身をかがめ、これを拾おうとしたフジャは、どしんと肩に衝撃を受ける。


 どうやら急に通路へ身をはみ出させたことで、誰かが彼にぶつかってしまったようだった。


「ごめん、大丈夫?」


 体を起こし、フジャはその人物の方を振り返って謝る。

 居たのは、水色の長髪をなびかせた若い人だった。


「ええ。そちらこそお怪我などは?」


「平気!」


 共に大事ないということで、その人は会釈をして早々に去って行く。


「気を付けなさいよ、フジャ」


 チトがそんなお小言を言うが、しかしフジャは先の人物が向かった方を黙って見つめた。


 いくらかそうした後、くるりと向き直った彼は「ふーん」と興味があるのか無いのかわからない声を出し、言った。


「あの人、軍人だ」

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