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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第6章 相違:憎悪の値打ち
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172話 寄り道を終えて

 は、と短い息の音が漏れる。


 セツヨウは目を開き、フォンたちを見た。

 ここにやって来てから初めて、彼女たちのことを見た。


「俺は……」


 震える唇が言葉を紡ごうとする。

 誰もがそれを、静かに待った。


 やがて彼は深く息を吸い、吐き出す。


「俺は、こいつのことが許せない。できるだけ苦しめて殺してやりたい。こいつが兄さんにやったことを、やり返してやりたい。……でも」


 彼の剣が、ゆっくりと下ろされた。


 構えを解かれ、されど鞘に戻ることもない剣は、あてどもなく風にさらされる。

 空気が剣を撫で、人間には聞こえない微かな音が鳴った。


「それよりも……兄さんのことを、ちゃんと思い出したいんだ。楽しかったこととか、兄さんの笑顔とか、声とか……。こいつのせいで失くしたものは、こいつを殺せば取り戻せると」


 セツヨウは目を伏せる。

 そうして絞り出すように、言った。


「……思い、たかったんだろうな」


 言葉は懺悔のごとく、宙に溶けていく。

 天上に佇む月が、雲の切れ間からささやかな光を注いでいた。


「仇を討てば、気が楽になるかもしれない。でもそれじゃ……兄さんの姿は、ますます見えなくなるって。本当は、頭のどこかでわかっていた」


 かぶりを振って、セツヨウは顔を上げる。

 その目はいまだ拭い去れないものがあれど、幾分か穏やかで、憑き物が落ちたようだった。


「うふ、ふふ……本当に優しいねえ……! 私を殺さないとどうなるかとか考えないんだ?」


 と、凪いだ空気に水を差すかのごとく、レイがうわずった声を上げる。

 彼女の瞳は、今なお濁った信仰心の中だ。


 レイは何とか起き上がろうとしながら続ける。


「ねえ、例えばさ! 私が帰らないのを心配して、温存させておいた子たちが駆け付けてくる、とか!」


 例えばと付していつつも、彼女の言葉が持つ響きは例示などではなかった。


 そして実際。

 彼女が言い終えると同時に、闇の中から大勢の影が揺らめき、現れる。


 ライルたちは囲まれている気配など全く無かったことに驚き、急ぎ得物を手に臨戦態勢を取った。

 が、彼らの目に入ってきたのは、黒服は黒服でも執行団員の黒衣ではなく、またそれを従えていたのは。


「温存させておいた奴らが……か。ねえな、それは」


 前髪を上げた黒髪の若い男――シャーレだった。


 彼の右隣には、煙草の煙を吐くフラジュが。

 左隣には、僅かに眉間に皺を寄せたビックが居る。


 幸運流通の三頭が揃い踏みだ。


「伏兵は配置場所が肝心だ。お外での大規模戦闘は初めてか? 張り切りすぎたな」


 冷たい目でレイを見下ろし、フラジュは言った。


「っまさか……!」


 途端にレイは青ざめる。


 来ない増援、来た敵の追加勢力。

 何があったかわからないはずは無い。


 シャーレたちは既に、構成員殺害の落とし前を付けさせていたのだ。


「張り切りすぎと言えばアホ盗賊団もだな。普通、時間稼ぎするくらいに留めるだろ。俺らのメインディッシュを食っちまいやがって」


 呆れ半分、苛立ち半分にシャーレは周囲を見回す。

 だが前後左右いずれの方向を見ても、ホンカとイチヨは居ない。


「……あいつらどこだ?」


「どっか行ったぜ」


 ティガルがさらりと答える。

 不都合な動向を誤魔化してやるほどの義理は無かった。


「逃げたな、クソ」


 シャーレは舌打ちをする。

 まるで、というよりまさに問題児に頭を悩ませる上司のようだ。


 がしがしと乱雑に頭をかき、彼は話を続けた。


「まあ何だ、お前らその様子だと気は済んだんだろ。後処理はこっちの好きにさせてもらおうか」


「殺すのか?」


 ライルが槍を握りながらそう問えば、シャーレはニヤリと笑って答える。


「まさか。もっと有効活用するさ」


 彼は上着のポケットに手を突っ込み、首を軽く振って髪を揺らした。


「損失を埋めるのは利益だ。町をぶち壊した外敵を、ただ排除するだけじゃつまらねえ。更地に前よりもっとデカい町を作るのが俺たちのやり方なんだ」


「違いない」


 ビックが短く相槌を打ち、こくりと頷く。

 フラジュも訳知り顔で、煙草の煙をくゆらせていた。


 シャーレは片手をポケットから出すと、パチンと指を鳴らす。

 と、即座に構成員が数名前に出、レイたちを縄――何やら普通のそれとは異なった風体である――で拘束し始めた。


「お前らは俺たちみたいにはなるなよ? 端から端まで見事に全員、向いてねえからな!」


 ライルたちに向かって、シャーレは愉快そうに笑う。


 彼らは道に迷っているふうではなかったが、しかし道から外れて荒野を歩いているようだった。



***



「色々、世話になった。ありがとう」


「縁があったら、またどこかで」


 幸運流通の面々がレイたちを1人残らず連行していった後、ウロウを彼らの所有する墓地に埋葬させてもらい、雷霆冒険団はセツヨウ一行との別れの時を迎えた。


 今回の件で更に仲を深めた両者だが、別々の冒険団であるからには、別の道を往くのが道理というもの。

 同行を誘うのは野暮だと、誰もが言外に理解していた。


 尤も、別れを惜しいと思う気持ちもまた、幾人かの心に在るのだが。


「なあ」


 そんな中、ライルはおもむろに口を開く。


「これから……お前たちはどうするんだ?」


 奇妙な問いに、セツヨウたちは顔を見合わせた。

 なぜわざわざ訊くのだろう、と。


「どうって、今まで通り『箱庭』を探すけど」


「どっちが早く着けるか競走したい?」


 フジャとフォンがそう答えれば。


「いや、そういうわけじゃ……ないんだが」


 ライルはひどく、歯切れ悪く返した。


 今、ライルの心中にあるのはひとつの懸念だった。


――もし、彼らの方が先に『箱庭』に辿り着いたらどうしよう。


 それは彼の秘密の一部。

 誰も知り得ない、彼が『箱庭』に最初に到着しなければならない理由に起因していた。


 だがそれ故に、ライルはセツヨウたちに何も具体的なことを言えない。

 ただ漏れ出してしまった不安の欠片を、誤魔化すように笑った。


「……気を付けて」


「お前もな」


 ライルの複雑な内心を察してか、セツヨウは心なしか優しげに言う。


 そうして、セツヨウ一行はどこか次の目的地へと、去って行った。


「急ごう。……軍の捜索隊に先回りされないようにな!」


 気を取り直した様子を装い、ライルは元気よく仲間たちに呼びかける。


「おう! セツヨウたちなら良いけど、国に先越されて取られんのは困るからな!」


 フゲンが威勢よく同調し、他の面々も各々気合いを入れ直すように頷いた。


 短く、大切な寄り道を終え、再び彼らは歩き出す。

 『箱庭』に辿り着くために、自らの願いのために。


 憎悪の値打ちは人それぞれだ。

 愛情や希望の値打ちも、また然り。


 重要なのはそれを見誤らないこと。

 優先すべきものを、違えないことである。


 ライルは槍を握り直し、自分の優先事項を反芻する。


 誰かに降りかかるかもしれない危機を払うこと。

 ()()()()()、『箱庭』にいち早く到着すること。


 それが今の彼にとっての、最も重大な目的であった。

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