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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第6章 相違:憎悪の値打ち
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170話 憎しみの正体

「嫌じゃないけど、変な感じ。どうしてかしら」


「今まで寝ぼけてたんじゃねえの」


 にわかにぶっきらぼうな声が飛んで来て、彼女らはくるりとそちら向く。


 立っていたのは、服の端やら髪の先やらがほんのり焦げているティガルたち4人だった。


「……だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫に見えるなら医者行け」


「ですよね……」


 これ以上ないしかめっ面のティガルに、モンシュは苦笑いをする。


 ティガルは見たところ体はピンピンしているが、爆発に巻き込まれかけた――というか巻き込まれた――ことに、これでもかと遺憾の意を示しているようだった。


「ごめん。思ったより火力が強かった」


「ごめえん……」


 びしばしと撒き散らされる怒気を受けながら、イチヨとホンカが謝罪の言葉を口にする。


 どうやら爆発は2人の仕業だったらしい。

 他に誰が居るのかという話だが。


「ここまで大立ち回りすることあんま無くて……派手にやった方が良いかなとか思って……」


 イチヨが比較的いつも通りの様子である一方、ホンカはすっかりしょぼくれてしまっている。

 口調もすっかり変わって、恐らくは素が出ていた。


「執行団の者たちは、隣の建物の方で全員拘束している。無事であるはずだ」


 シュリは至って冷静に報告をするが、彼もまた服が焦げている上に盾が大きく凹んでいる。

 凶獣をも受け止めた大盾がこの有り様であるから、彼らがいかにギリギリで爆発から逃げおおせたのかが察せられよう。


「そうか。まあ……みんな無事で良かった」


 ライルはひとまず、胸を撫でおろす。

 みんな、とはもちろん、執行団員を含めての「みんな」だ。


「てか全員倒し終わってんなら何で爆破したんだよ」


 尤もな疑問をフゲンがぶつければ、ホンカはしどろもどろに回答する。


「け、景気付けに……」


「馬鹿。アホ。間抜け。ガキ」


 すかさずティガルから罵倒が飛んだ。

 言葉は悪いが、言わんとすることは妥当だろう。


「あうう……」


「返す言葉も無い……。次からは気を付ける」


「二度とするな馬鹿」


 ティガルはぷいとそっぽを向く。

 しかしいったん気は済んだらしく、それ以上ホンカたちに畳みかけることは無かった。


「さて、各所制圧したことだし」


 と、チトが切り出す。


「最後に、聞かせてもらいましょうか。あなたがセツヨウに何をしたのか」


 彼女はレイを見下ろすように立ち、厳しい視線を送った。

 事態の緊急性もあってこれまであやふやだった事の原因を、今こそ究明しようというのだ。


 だが、レイは脂汗の浮かぶ顔で淡泊に答えた。


「別に、何もしてないよ」


 何もしていないことはないだろう、とチトは口を開きかける。

 けれどもレイはそれより先に、平然と言葉を続けた。


「あの人は試練として私の前に現れて、弟クンもそうだった。だから私は乗り越えようとした。どっちかって言ったら、何かしたのは弟クンたちの方だよ」


「何言ってんだこいつ」


 思わずフゲンがそう零せば、ティガルも「話すだけ無駄だろ」と悪態をつく。


 レイ本人は説明をした気でいるようだったが、他の面々にはさっぱりだ。

 ギオンたち部下にすら、話が通じているのか怪しい。


「ええ、埒が明かないわ。事情は気になるところだけれど、さっさと憲兵に突き出しましょう。……取り合ってもらえるかはわからないけど」


 溜め息混じりにカシャは言う。


 雷霆冒険団が他の者たちと協力して執行団の部隊に勝利するのはこれで2度目だが、執行団員を捕縛したところで憲兵、ひいては軍や国が対応するかは未だ不明瞭だ。


 二番隊と交戦した時も、逃走したファストら数名を除く者たちが結局どうなったかわからず終いだった。

 一応、リンネたちが連行してはいったものの、問題はその後である。


「部隊単位で制圧したんだ、好機と見て対応してくれるかもしれないぞ」


 表情を曇らせるカシャに、ライルは少し明るい声色で言った。


 と、その時である。


「うわっ……!」


 にわかに強風が平原を駆け抜け、草葉の切れ端や砂を巻き上げた。


 場に居た面々は思わず目を瞑り、あるいは手で顔を庇う。

 風が止んだのち、数秒。


 フゲンがハッとして右方を向く。


 背の高い草の影から、ゆらりと現れる者があった。

 その姿を見るや、チトたちは揃って声を上げる。


「セツヨウ!!」


 そう、現れたのはセツヨウだった。

 果たし状のことを知らないためしらみつぶしに探しでもしたのだろう、完治していない怪我も相まって、彼は息を弾ませている。


「心配したよ、もう!」


 フォンが小走りで彼に駆け寄り、チト、フジャ、モウゴもこれに続いた。


「安心して。見ての通り、こいつらは無力化したわ」


 セツヨウの無事に頬を緩ませつつ、チトは状況を説明する。

 元凶を取り押さえたのだから、もう彼が無理をすることは無いだろう、と。


 だがしかし。


「これから憲兵に――」


 話が終わるのを待たず、否、はなから耳に入っていないかのように、セツヨウは彼女らの横を通り過ぎる。


 そして、手に持つ剣を鞘から引き抜き、レイに斬りかかった。


「くッ!」


 咄嗟にチトが手を伸ばし、彼の腕を後ろから掴んで止める。

 遅れて、投げ捨てられた鞘が雑草の上に落ちた。


 一瞬、場に静寂が訪れる。


「お……落ち着いてセツヨウ! 憲兵が動いてくれるかはわかんないけど、ちゃんと裁いてもらえるよう僕も協力するから……!」


 沈黙を破り、モウゴがセツヨウに語り掛ける。

 既に脅威は去ったのだと訴えかける。


 その声は、ぶっきらぼうながら優しい仲間の思いもよらぬ凶行に困惑し、震えていた。


 が、セツヨウはそんな彼に。


「要らない」


 底冷えするほど昏く、凍てついた声色で、突き放すように言った。


「法の裁きなんか、必要無い。こいつは俺が殺す」


 どうしてそこまで、などという問いが誰かの口から飛び出す前に、セツヨウは目を見開いて叫んだ。


「兄さんの仇は、俺が取るんだ!」


 瞬間、皆が皆、理解した。

 セツヨウがレイを憎悪し、無謀であっても戦いを挑んだ理由を。


「うふ。弟クン、相変わらず熱烈だね。あの人とそっくりな目で、私を見てくれる。やっぱりキミは私の試練だ」


 一気に張り詰めた空気の中、レイは変わらぬ様子で語る。


「『性と富は毒』。私の恋心を揺さぶるキミたちは、主が私の信仰心を試すために送られた愛の刺客! 素敵なキミたちを殺して、性を拒絶した時……私の魂はよりいっそう磨かれるの」


 まるで意味不明だった言葉たちが、徐々にその正体を露わにしていく。


 痛みを忘れたかのように饒舌なレイ。

 その瞳はおぞましく、乙女の純情を孕んでいた。


「あの人は手強かった。優しくて善い人。家族思いで友人思い、話も上手で楽しかった。でも私は惑わされなかった! ちゃあんとやり遂げたんだよ。あの人は最期までキミを心配してたけど、まさかキミが次の試練だったなんて」


「黙れ、それ以上その腐った口を開くな!!」


 セツヨウは絶叫する。

 悲鳴を上げるように。


 チトの手を振り切り、あらん限りの憎悪を込めて、抵抗する力の無いレイに剣を振り下ろす。


 しかし、その剣がレイに届くことは無かった。


「……何の真似だ」


 剣を握る手の力は緩めないまま、セツヨウは目の前の人物を睨み付ける。


 セツヨウの剣を止めたのは、槍を真っ直ぐに構えたライルだった。

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