169話 力を合わせて、振り絞って
ライルは改めて、思考を回す。
レイを無力化するにあたって、最大の障壁は泥魔法で操られている部下たちだ。
下手に動けばまたさっきのように、彼らの命が失われてしまう。
これに対する有効な手札は、ある。
ただし使えるのは1度きりの切り札だ。
決して失敗はできないし、成功したとて1人では「その後」の対応ができない。
迅速かつ、複数の手が同時に必要なのである。
「フゲン、モンシュ!」
思考をまとめたライルが呼べば、フゲンはサッと彼の傍に寄り、モンシュも静かに着地して彼に顔を近付けた。
幸い、レイはまだ何もしてこない。
やや不機嫌そうに首を傾げて、彼らを静観している。
ライルはそんな彼女を注視しつつ、声を落としてフゲンとモンシュに囁いた。
「今から、俺が10秒だけ隙を作る。その間にレイを仕留めてくれるか」
レイに悟られることを警戒し、仔細は敢えて伏せて端的に頼むライル。
普通ならば問いの1つや2つくらいは投げかけそうなところだが、そこは冒険団内でも特に付き合いの長い2人、フゲンたちは快く頷く。
「おう! 任せろ!」
「精一杯やります!」
それから2、3言葉を交わし、モンシュは再び上空へと舞い上がった。
彼を見送ったのち、ライルとフゲンは肩を並べてレイたちと対峙する。
「うふふ、今度はどんな小細工を見せてくれるの? 投げ銭代わりに、また血しぶきを見せてあげよっか!」
決意を固めたような表情の彼らに、レイは暗に脅しをかけた。
彼女が部下を殺すのは、何も目くらましやこけおどしのためだけではない。
敵の死をも厭うライルに精神的な攻撃を行うためでもある。
が、既にライルはその脅しが効くような地点を乗り越えていた。
怯まず、臆さず、しかし侮らず。
彼はゆっくりと息を吸って、吐く。
「もう誰も、死なせない」
パリ、とライルの足元に魔力を帯びた電流が走る。
次の瞬間、彼はレイの真正面まで移動していた。
「え」
素早い、どころではない刹那の出来事に、レイは目を丸くする。
咄嗟に部下たちを一瞥するが、誰も倒されてはいない。
どういう手段を用いてか、この青年は立ちはだかる部下たちをすり抜けるように接近してきたのだ。
「レイ様!?」
傍で控えていたギオンが1拍遅れて仰天するが、無意味なことだった。
レイが魔法で部下を動かすより早く、またギオンが動くより早く、ライルはレイの左腕を掴む。
「《剥奪》」
小さく呟かれた言葉。
だが、周囲には何の変化も無い――ように見えた。
「っこんなことして良いんだ? 私はハッタリなんて使わないよ!」
レイは焦りを隠せないながらも、もう一度部下を殺めてライルに揺さぶりをかけようと、右手を伸ばす。
しかしながら部下たちは、誰1人としてその身に異常をきたさない。
それどころか、ぴくりとも動かなかった。
一瞬、レイの思考が止まる。
何が起こったのか。
なぜ何も起こらないのか。
膨大な体感時間を経て、彼女はとある事実に気付いた。
「……魔法が、使えない……?」
そう。
今、彼女の体内の魔力は、いかなる命令をも受け付けていない。
まるでその権利を剥奪されたかのように、彼女は魔法を行使することができなくなっていた。
「このおっ! レイ様から離れろ!」
直後、ギオンが飛び掛かり、短剣をライルの肩に深く突き立てる。
しかし彼は身じろぎひとつしなかった。
「な……?!」
魔法を行使できなくさせる術。
深い傷に対する無反応。
レイとギオンは、背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
「天竜戦闘術、《風呼びの舞》!」
凜とした声と共に、にわかに強風が吹く。
不意を突かれたレイたちが上を見ると、天竜が再びその巨体で美しく舞っていた。
レイの操作が効かなくなり棒立ち状態になっていた部下たちは、ほとんど無抵抗に、風に押し流される。
そうなれば必然、彼らに守られていたレイは無防備になり。
「我流体術!」
すかさず、フゲンが飛び込んで来た。
「《脱臼させる》!!」
ライルはレイから手を離し、即座に横へ避ける。
と、ちょうど一分の隙も無く入れ替わるように、フゲンの拳がレイの肩を射止めた。
「ぐッ……!」
レイは苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちる。
通常であれば腕が吹き飛んでいてもおかしくないところだが、しかし技の名の通り、肩の関節を外されただけで済んでいるようだった。
「新技だぜ」
的確な加減を実現させることに成功したフゲンは、得意げに胸を張る。
一方のレイは、歯ぎしりをしながらも、すっかりうずくまってしまっていた。
部下たちはほとんど無傷で泥の鎧も剥落していたが、今まで体を操られていた反動か、地に伏したまま動かない。
レイの堅牢な防御陣は、ものの数秒で瓦解した。
「やったな、ライル、モンシュ!」
「はいっ」
「ああ」
ライルはフゲンたちと共に、ホッと息を吐く。
瞬間的な移動、そして魔法の一時的な封印は、ありったけの魔力を振り絞っての大技だった。
二度目は無い大技を有効に使えたのは、他でもないフゲンたちのおかげだと、彼は仲間の存在に今一度心から感謝した。
「うう……ッ、ふざけた、真似を……!」
高度な魔法には、それ相応の集中力が必要だ。
痛みと屈辱で冷静さを欠く今のレイには、もはや《傀儡の彫像》を制御することはできない。
すなわち、もう彼女の部下たちがあんな風に殺される心配は無いのだ。
「レ、レイ様あ!」
慌ててレイに駆け寄るギオンだったが、その体が背後から押さえつけられる。
「させないわよ」
過不足の無い力で彼女を制圧したのは、柔らかな青緑の髪をたなびかせた有角族の少女――カシャだった。
「カシャ!」
ライルはパッと顔を明るくする。
ここに彼女が来たということは、少なくとも彼女らのグループは無事だということだ。
そんな彼の見立てに違わず、カシャは落ち着いた様子で報告する。
「あっちは片付いたわ。全員無力化して拘束してある。塔の方も……」
と、彼女が見やるとほぼ同時に、塔はドカン! と爆ぜた。
少し遅れて、脱兎のごとく4つの影が飛び出してくる。
ティガルたちだ。
「……まあ、何とかなったみたいね」
カシャは何とも言えない顔で、途切れた言葉の続きを言う。
なぜ爆発を、と問いたいのは誰もが同じことだった。
そうこうしていると、カシャを追いかけて来たのであろうクオウが小走りでやってくる。
が、彼女ははたとレイに目を止めると、ライルたちの横を通り過ぎてレイの傍に近付いた。
「クオウ? どうしたの?」
カシャがそう問うも、クオウは少し困ったような顔で「ええと……」と口ごもる。
そうしてから、レイに手をかざすと迷い迷い、口を開いた。
「……吸収魔法、《灯り移し》」
それは場に居る者は皆、耳にしたことも無い魔法だった。
レイの体から、ふわりと蛍のような光がいくつも現れたかと思えば、それらがクオウの掌に吸い込まれていく。
とても、幻想的な光景だった。
「何したんだ、今の」
やがてその謎めいた現象が収まると、フゲンが真っ先に尋ねる。
「うーんと……魔力を吸い取ったんだと思うわ」
「思うって」
「ていうか魔力吸収って、いつの間にそんなことできるようになったの?」
続いてカシャも疑問を投げかけた。
魔力の吸収がかなり高度な魔法だということは、素人でも理解できる。
「わからないわ。なんだか……できるかもって?」
「へえ、まあなんか調子良いってことか!」
フゲンがあっけらかんと言えば、やや不安げな表情だったクオウはにこりと笑った。
「ええ。いろんな魔法のやり方が、いくらでも浮かんできそう。今ね、ぐっすり寝て、それから目が覚めた時みたいな、不思議な感じがするの」




