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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第6章 相違:憎悪の値打ち
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168話 引くべき一線

 わざとらしくパチパチと手を叩き、レイは言う。


「泥魔法戦闘術、《傀儡の彫像》。人間を泥で包んで、丈夫な人形にしてあげるの。もちろん、壊すのも私の思いのまま。便利でしょ?」


 お気に入りの道具を友人に紹介するかのような声色だ。

 しかし、話していることは残虐極まりない。


「こいつ……!」


 フゲンはカッと頭に血を昇らせ、固く拳を握りしめる。

 今にも殴りかかりそうな形相だったが、そうしないのはまたレイの部下が彼女に殺されることを、危惧したからに違いなかった。


 言葉を失うフゲンの代わりに、ライルが槍を構えたまま口を開く。


「お前は部下を何だと思ってるんだ。みんな、お前を好いて付き従ってくれてるんだろ? どうして大切にしない。どうして使い捨ての物みたいに扱う?」


 その表情は抵抗感を示していながら、泣きだす寸前のようにも見えた。


 ライルはたまらなく悲しかった。

 レイが敵対者や、敵対者に騙された者だけでなく、全くの味方すらも粗末に扱っていることが。


 二番隊隊長のファストや、アグヴィル協会のエニシですら、部下の命をこんなふうに使い潰すことはしなかった。

 駒のようには扱えど、そこにはできる限りは「生かして」利用する意志があったのに。


 ――底が見えない。


 人間の持ち得る、罪悪の底が見えないのだ。

 これほど惨いことは無いと思っていても、世にはそれ以上のものが存在し、平然と顔を出す。


 無限に続く階段のように、それはライルにとってひどく不安で、苦しく、悲しいことだった。


「志を同じくする仲間なら、生きて協力し合った方がいいじゃないか。人間は死んだら生き返らないんだ。もっと……命を、尊重するべきだろ」


 首を刎ねられても死なない人外の者である彼だが、命の尊さはわかっているつもりだ。

 むしろ己が人間でないからこそ、人間のことをいっそう大切に思い、考えていた。


 それは当然、仲間であろうと、敵であろうと。


 もうやめてくれと祈るがごとく、ライルはレイに真剣な視線を投げかける。

 だが彼女はふいと目を逸らし、大きく溜め息を吐いた。


「……キミさあ、めんどくさいんだけど」


 ぴし、とライルの表情が更に強張る。


 反論ですらない、気だるげな拒否の返答。

 レイは小馬鹿にしたように片眉を上げる。


「何? あの子のこと根に持ってるの?」


「あの子?」


「ギオンが始末してくれた子」


「ああ!」


 ギオンに至っては、不快感すら表していない。

 ライルの言葉を心底気にしていない様子だ。


 部下たちはというと、無言のまま変わらずレイを守るように立っている。

 動かないのは、物を言わないのは、恐らく彼女の魔法のせいだろう。


 暖簾に腕押しで歯噛みするライルに、レイは嘲笑うように続ける。


「どうしてって、当然じゃん。私は三番隊の隊長だよ? 戦いの場に居るんだから、みんな私を守るために動くべきでしょ?」


「だとしても! こんな、意志を無視して弄ぶようなことはしちゃいけないだろ!」


 たまらずライルは声を荒げた。


 彼はしっかりと見ていたのだ。

 先ほど自分の目の前で殺された執行団員が、死の直前に呆けたような、不意を突かれたような目をしたのを。


 あれは紛れもなく、自己犠牲の自死ではなく単なる殺害だった。

 そもそもレイ自身が、部下たちを操っていると悪びれもせず白状している。


 非人道的だ。

 非道徳的だ。

 ライルは死した彼を想い、糾弾する――が。


「はあ……。やっぱり駄目だね、主の声が聞こえない愚か者は」


 やはり、レイの耳には届かなかった。


「私、ちゃんとみんなの意志を汲み取ってるよ? みんな主の教えのために、命を賭すことを望んでるの。で、この三番隊では活動の統率者は私。しかもみんなの命は私が一番有効活用できるんだから、ねえ?」


 レイは1歩前に出ると、近くに立つ部下の肩を叩く。

 部下は、若い女であるようだった。


 黒衣に身を包み、剣を片手に黙して佇む女は、ライルの方に視線を向ける。


 彼女は、明確な意志を持って、「敵」を見据えていた。


 それに気付いた瞬間、ライルはぎくりとする。

 今しがた自分が発した言葉が、意志を無視しているという指摘が、間違いであると直感的に思ってしまったのだ。


 ライルは若い女から視線を外し、他の部下たちの1人1人に目を向ける。

 誰も彼も、体の自由こそレイに握られていたが、意志の所在はそのギラつく瞳が雄弁に語っていた。


「キミ、どう思う?」


 レイは若い女に問いかける。


 と、どこからかパキリと軽い音がして、女は口を開いた。

 どうやら限定的にか、魔法が解かれたようだった。


「無論、レイ様の仰る通りです。我らの命は主のため、レイ様のために消費されるもの。であれば必然、用途もレイ様の采配に委ねるが道理です」


 己の口で、己の言葉で語る女。

 ライルにとっては、一言一句が駄目押しだった。


 先ほど殺された部下は、確かに「あのタイミングでの」死を意識してはいなかった。

 だがそのことと、元より命をレイに捧げていることとは矛盾しない。


 この若い女が言うように、部下たちがいつどのように死ぬかすらもレイに委ねているのであれば――。

 そう思い至ったが最後、ライルは反論の余地を失ってしまった。


「キミたちは正しいことがぜーんぜんわかってない。間違った正義を振りかざして、私たちの邪魔をするんだ」


「酷い酷ーい!」


 レイとギオンは却ってライルを非難する。


 ライルは、違う、と言いたかった。

 しかしどうしても言葉がまとまらず、頭の中がぐるぐると回るような感覚に襲われ、何も言えない。


「思い出してみてよ。あの子だって、納得して死んだでしょ?」


 あ、とライルの口から吐息のような声が漏れる。


 ウロウは。

 彼女は、満足げで、安らかな顔をして、死んでいった。


 あの光景が脳裏に蘇るや、ライルは血の気が引く思いがした。


 レイたちのやり方を糾弾することは思想の押し付けで、人間に「かくあれ」と求める自分は、とても傲慢なのではないだろうか、と。


 どれだけ歪んで見えても、彼女らにとってはこれが正義で道徳なのだ。


 それを否定する権利は果たしてあるのか。

 正義を規定する権利は果たしてあるのか。


 人間でない、自分に。


「うるせえバーーーカ!」


「っ!」


 突然隣から発せられた特大音量の声で、ライルは我に帰る。


 くわんくわんと耳の中を泳ぎ回る余韻と共にそちらを見れば、フゲンがしかめっ面をレイたちに向けていた。


 いったい何を、とライルが目を白黒させる間に、彼は音量を下げないまま言葉を続ける。


「よくわかんねえ小難しい理屈捏ねやがって! 何が納得だ、死ぬのに納得もクソもあるか!」


 ひどく単純かつ直情的で、癇癪を起こした子どものような言い分だ。

 が、それは不思議とライルの胸に、澄んだ鐘の音のごとく響いた。


「だいたい隊長なんだったらほいほい部下殺してんじゃねえよ! 死なせずに戦わせられねえ、敵に味方しそうな奴の説得もできねえとか何が統率者だ! 私は無能でございって言ってるみてえなモンだろ!」


 レイはフゲンの主張と声量に、口をへの字に曲げる。

 眉間の皺は、見る見る深くなっていっていた。


「わかるぜ、テメエはなんか口が回るからな。優しくて考え込む奴ほど泥沼にはまっちまうんだろ。でも残念! オレは馬鹿だ! テメエの言葉にゃ惑わされねえぞ!」


 フゲンはそこまで言い切るとようやく口を閉じ、ふん、と鼻息を荒く吐く。

 怒りの感情は消えていないながら、言いたいことを全てぶっちゃかしたからか、先ほどまでよりかは些かましな表情になっていた。


「フゲン……」


 そしてライルもまた、ぐちゃぐちゃになっていた頭の中が、いつの間にやらスッキリとしていた。


 度重なる衝撃とレイの言葉でもつれていた思考が、するするとほどかれる。


 そうだ。

 人間は、人間を殺してはいけない。


 それは彼らの社会における大原則。

 繁栄と安寧を築く土台の約束事。


 自利のためにこれを破る者を、看過するべきではない。


 執行団に、レイたちにどんな正義があろうと、線は引かれなくてはならないのだ。

 彼女らが人間として生きている以上は、必ず。


 人間でないとか、否定する権利とか、そういう理屈で退いて良いような次元の話ではないのである。


「ライル、悪意に呑まれんなよ」


「……ああ!」


 力強く頷き、ライルは槍を握り直した。


 レイに会って、自分は何をしたいのか。

 その答えは見つかった。


 ――彼女を止める。

 これ以上、誰の命も損なわないように。

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