167話 ひどいこと
ライルは地面を蹴り、稲妻のごとくレイの元へと突っ込む。
あと1跳びの距離まで迫ったところで、槍を逆さに持ち替え構えを取った。
「天命槍術、《晩鐘》!」
彼の攻撃を、レイは避けようとしない。
が、それでいて彼女が傷付くことは無かった。
すんでのところで部下の1人が割り込み、身代わりとなったからである。
「くっ」
ライルはいったん後退し、再び距離を取る。
反撃を警戒してのことだったが、レイはただ意地悪く笑うだけだった。
「うふふ! 届かないよ、そんな攻撃」
声を弾ませる彼女の足元に、《晩鐘》を食らった部下がどさりと倒れる。
しかし彼女は、自分を守ったその者を一瞥もしない。
それどころか邪魔な石を除けるかのように、足蹴にして雑に転がした。
ライルはその光景に険しい顔をしつつ、状況を今一度、冷静に分析する。
最も厄介と考えられる広範囲の泥魔法は、モンシュに対処してもらえる。
だがそれによりレイは戦闘の方針を変えたのか、自分では積極的に動かない様子。
部下たちも慎重に、というかレイを守ることを第一にしているようだ。
であれば、取るべき行動は単純である。
「まずは部下を何とかしよう。レイに攻撃できるように隙を作るんだ」
「わかった、一点突破でやってやるぜ!」
言うが早いか、フゲンは突進する。
またレイを庇うように部下が前に出て来るが、お構いなしだ。
「我流体術! 《ぶん殴る》!」
壁があるなら壁ごと吹っ飛ばせば良い、とでも考えたのだろう。
フゲンはレイの正面に立つ部下に、真っ直ぐ拳を叩き込んだ。
彼の打撃を食らって平気でいられる人間はそうそう居ない。
戦闘訓練を積んだ執行団員だろうと、まずもって体勢を崩されることは確実だ。
そうしたら2発3発と打ち込み、最後はレイに向かって殴り飛ばしてやれば良い。
と、思っていたフゲンだったが。
「ハア!?」
恥も外聞も無く、素っ頓狂な声を上げる。
彼の攻撃を受けた執行団員は、びくとも――全く、微動だにしていなかった。
否、それどころではない。
手応えさえも、人間を殴った時のものではなく、何か途轍もなく硬い物体に対した時のもののようだった。
フゲンは驚愕しながらも、続けて数発、拳を叩き込む。
だがやはり、部下は少しも応えていない。
そうこうしている間に、他の部下が斬りかかって来て、フゲンはやむなく引き下がった。
「ぷくく、見た? レイ様。あの間抜け顔!」
「見た見た。おっかしいの!」
ギオンとレイがその様を嘲笑う。
だが単に策が功を奏しただけでは無さそうな、含みのある反応だ。
「おいライル、こいつらやけに硬えぞ!」
「みたいだな」
ライルは再び、思案する。
どうやらレイは何らかの方法で、部下たちを強化したらしい。
フゲンの打撃は効かなかったが、対象に衝撃を響かせる――振動させることに特化した技である、《晩鐘》は効いた。
ということは、恐らく鎧を纏っているような状態なのだろう。
硬く、丈夫ではあるが、それだけだ。
そしてレイの得意魔法からして、予測できる「強化」の正体は。
「天命槍術」
思考を整理したライルは、すぐさま行動を起こす。
今度は刃を前に槍を構えて、普通よりも僅かに引いた位置から、レイの部下に技を放った。
「《閃刻》!」
閃光のように、部下の体に斜めの線が走る。
ほんの少しの間を置き、何かがパキリと割れる音がした。
斬撃を受けた部下の服が裂け、音の元が空気に触れる。
見れば、それは胴体を覆う淀んだ色の泥だった。
レイは泥魔法で部下の肉体を保護し、フゲンの攻撃を耐えさせていたのだ。
ごく単純に別の力で支えていただけなのだと思えば、ライルの特殊な振動攻撃や、斬撃には対応できなかったことにも頷けよう。
「フゲン!」
「おう!」
待っていましたとばかりにフゲンが飛び出し、泥の鎧が割れた部下に1発お見舞いする。
魔法で作られていようと、ヒビの入った物を壊すのは簡単だ。
フゲンの拳により泥の鎧は完全に破壊され、部下はその余波により呆気なく倒れた。
「やり方がわかりゃ大したことねえな! ライル、この調子でやってやろうぜ」
「ああ!」
突破口を掴んだライルとフゲンは、改めて敵に向き合う。
相変わらずレイは部下の後ろに隠れているが、それも時間の問題だ。
新たな策を講じられる前に、一気に攻め立てるのが吉だろう。
「はあッ――」
ライルは再び槍に力を込め、次なる標的に振り下ろそうとした。
が、その瞬間。
「う」
先ほど鎧を砕かれ伸された部下が、ゆらりと立ち上がり。
「グ、ぎゃぶっ」
全身がねじれ、ぐしゃりとひとりでに潰れた。
「なっ!?」
目の前で人体が弾ければ、当然その血肉が降りかかる。
文字通りまばたきの間に、ライルの視界は真っ赤に染まった。
あまりにも唐突で、惨酷。
ライルは思わず槍を持つ手を制止させてしまう。
と、その隙を狙って何かが飛来し、彼の脇腹を貫いた。
「ッ!」
咄嗟に、ライルは後ろに跳び退く。
服の袖で顔にべったりと付着した血を拭い、前を見れば、部下たちの後方でレイが笑っていた。
「あれえ? どうしたの、手を止めちゃって」
右手を前に突き出したポーズ。
察するに凶弾は、レイが放った泥魔法だった。
「ライル! 大丈夫か!」
「ああ。大した傷じゃない。それよりも……」
じわりと血の滲む傷口を押さえながら、ライルは眉間に皺を寄せる。
なぜ突然、倒れていた部下が起き上がり、死んだのか。
その理由が、彼にはわかってしまっていた。
「レイ、お前は……部下の体を操って、殺したな」
え、とフゲンの口から声が漏れる。
レイはニッコリと、満面の笑みを浮かべて、答えた。
「せいかーい!」