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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第6章 相違:憎悪の値打ち
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165話 平原の戦い

 翌日、月が天頂に昇る頃。

 さあさあと風が通り過ぎる平原に、ライルたちは集まっていた。


 平原には遥か昔にそびえていたであろう砦の残骸が残っており、ほとんど原形は留めていない。

 が、ごく一部分――恐らく見張り塔とその周辺部分だったのであろう――はちょっとした家屋くらいの大きさと形を保っている。


「あんなのでほんとに来るのかよ?」


 遺構のひとつ、折れた石柱に腰掛けてフゲンはぼやく。

 「あんなの」とは、言わずもがな執行団に送った果たし状のことだ。


 ホンカの提案で、またホンカとイチヨによって作られ届けられたそれの効果を、彼は訝しんでいた。


「案ずるな。相手はこちらが調子づいていると考え、仕留める好機と断ずるに違いない。きっと来るさ」


 そう答えるホンカの声は自信満々だ。


 一見、馬鹿げた手段に見える果たし状だが、彼なりに理を考えたものだった。


 まずライルたちには、レイたちの今後の出方がわからない。

 拠点に籠ったままかもしれないし、打って出て来るかもしれない。


 またセツヨウの位置と動きも不明であるため、右往左往している間に彼とレイたちが接触してしまう可能性も否めないだろう。


 そこで、果たし状でレイたちを指定の場所におびき寄せることによって、彼女らの出方を確定させる。

 そうすると不確定要素はセツヨウの動きだけになり、対応がしやすくなるという寸法なのだ。


「利害のみを追い求める集団ならわからないが、ああいう手合いの者たちは『敵』を絶対に排除しようとする。だからとても、誘導しやすい」


 ホンカは言いながら、前方へ視線を向ける。

 つられてフゲンがそちらを見れば、闇にうごめく黒い影が遠くにあった。


「あ、来た」


 思ったことを素直に口から零すフゲン。

 ホンカは「ふふん」と得意げに鼻を鳴らすと踵を返し、彼の元から離れて、草陰に佇むライルの方へと向かう。


「時に、冒険者」


 おもむろにホンカが切り出すと、ライルは徐々に近付いてくる執行団たちから目を離さずに返事をした。


「なんだ」


「おれはきみたちの望むように手引きをしたわけだが……勝てるのか?」


 少しの沈黙。


 それから、ライルが答える。


「死なせはしない」


 妙な言い回しだ。

 勝てる、でもなく、勝つ、でもなく、勝たせる、でもなく――死なせはしない、とは。


 しかしその表現が誤魔化しの類でないことは確かで、どういうわけかは不明瞭だが、ともかく彼はそう強く思っているようだった。


「? ……なら安心だな」


 ホンカは首を傾げながらも、ひとまず溜飲を下げておく。


 と、そこへティガルがぬっと顔を出し、疑心満載の声色で横槍を入れた。


「安心も何も、お前ら危なくなったら逃げる気だろ」


「はて」


「さて」


 いつの間にやら隣に居たイチヨと一緒に、ホンカは目を逸らす。

 隠す素振りが無いのは、タチが良いのか悪いのか。


 そうこうしているうちに、執行団は着実に距離を縮めてくる。

 先頭に居るのは予想に違わず、レイだった。


 雷霆冒険団、三ツ目盗賊団、そしてチト、フジャ、モウゴ、ジュリとフォンは、戦闘開始に備え各々数人組ずつになり散る。


 レイが引き連れている執行団員の数は、およそ80名。

 意外に少ないと言えるが、その分、精鋭であることが予測される。


 やがてライルたちの目と鼻の先までやって来ると、レイは片手を上げ、部下たちの歩みを停止させた。

 ぬるい風が背の高い草の間を吹き抜けていく。


「ねえ」


 彼女は遺構の前に立つライルをじっと見つめながら、口を開いた。


「弟クンをどこにやったの?」


 まるで自分が被害者かのような言い草だ。

 実際、演技でも何でもなく、彼女はライルたちのことを泥棒か何かだと捉えているようだった。


「教えない」


 ライルはハッキリと言い放つ。

 当然だ。


 だがレイは恨めしげに彼を睨みつけ、ぽつりと呟いた。


「……やっぱり、私の試練を邪魔するつもりなんだね」


 試練、とは何のことか。

 それを誰かが問う前に、彼女は右手を前に突き出した。


「やれ!」


 号令がかかるや否や、静止していた執行団員たちが一斉に動き出す。


「みんな、行くぞ!」


 応じて、ライルも仲間たちに合図を出した。


 これより先は戦いの時。

 ライルは槍を握りしめ、ウロウの姿を脳裏に浮かべる。


 自分はウロウに何を思い、彼女を間接的に殺したレイに何を求めるのか。


 その答えを求めるためにも、彼は走り出した。


 対する執行団員たちは、迅速に3つの集団に分かれていく。


 1つは、レイを筆頭として正面を攻める集団。

 他2つよりもやや人数が少なく、しかし油断できない気迫を放っている。


 もう1つは、右方から回り込んで来る集団。

 動きが早く、有角族が多く組み込まれているのが見て取れる。


 最後の1つは、左方から回り込んで来る集団。

 この平原で最も高い場所である、件の塔の残骸を陣取ろうと迫ってきている。


 この左方の集団は特に妨害も受けず、ほどなく塔に到達した。

 団員たちは周囲を警戒するが、塔周辺にはライルたち側の人間は居ない。


 剣を持った1人の団員が先行して、塔に隣接する建物部分に入る。


 元は3、4階ほどあっただろうそこは、風化か人為的な破壊により2階分しか残っていなかった。

 更に塔に入るには屋上――元・3階部分――を通らなくてはならない。


 あちこちから月明かりが漏れ入って来る遺構の中を、彼らは慎重に進んで行く。

 外に敵が居なかったということは、内部で待ち構えられている可能性が高いからだ。


 だが、そんな警戒も虚しく。


「うわっ!?」


 どこからともなくバサリと網が落下してきて、彼らのうち4分の1近くを捕らえた。


「くそっ、罠か!」


「おい! 刃物を持っている者、網を切れ!」


 ぎゃあぎゃあと喚きく団員たちに急かされ、無事だった者たちが彼らに駆け寄る。


 すると次の瞬間、バキッ! という盛大な音と共に、床が壊れた。

 石造りの砦の遺構は、しかし彼らの足元だけ、石を軽く被せただけの脆い木の板床にすり替わっていたのだ。


 網に捕まっていた者たちも、それを助けようとした者たちも、まとめて床下へと落ちていく。

 そこは単なる地面ではなく深い深い穴であり、脱出が容易でないことは明らかだった。


 一気に3分の1ほどが減った彼らの前に、ホンカとイチヨが姿を現わす。


「ここは既に」


「わたしたちの庭」


 相変わらずの奇妙なポーズで、2人はこれが作戦通りの状況であることを仄めかした。


「このっ……!」


 神経を逆なでされた執行団員が数名、一挙に斬りかかってくる。

 が、ホンカとイチヨは軽やかな足取りで彼らの攻撃を躱し、煽るように余裕綽々の態度を見せつけた。


「我ら三ツ目盗賊団、今宵は勝利を盗んでしまうとしよう」


 トッ、トッ、とホンカは前を見たまま、ステップを踏んで後方に退く。


 ――背後に、短剣を構えた執行団員が忍び寄っていることに気付かないまま。


 暗がりの中で短剣は鈍く光り、ホンカの背中を狙って突き出される。


 それにはイチヨも気付いておらず、刃の行く道を邪魔するものは無い……かと思われたのも束の間。


「ふんっ!」


 横から飛び出して来たティガルの蹴りが、執行団員の顔面に直撃する。

 ついでに尻尾は彼の手首を強打し、短剣を叩き落としていた。


「おっと」


「わ」


 ティガルの脚が執行団員の頬骨にささる「メキャ」という音で、ホンカとイチヨはようやく背後に意識が行く。


 2人が振り返る頃には、ホンカを襲おうとしていた執行団員は冷たい石の上で伸びており、ティガルは彼を踏んづけるように立っていた。


「ボサッとしてんじゃねえぞ!」


 ティガルはギッとホンカたちを睨み付け、噛みつかんばかりの勢いで言う。


「失敬失敬。ありがとう、おチビさん」


「うるせえ!」


 照れくさいのか気に食わないのか、お礼を跳ね除けるようにティガルはそっぽを向いた。


 この隙を狙ってか、正面からまた別の執行団員が剣を振りかざし突撃してくるが、これもまた阻止される。

 今度は、大きな盾によって。


「死角は自分たちが守る。自由に動いてくれ」


 大盾で執行団員の攻撃を防いだのは、言わずもがなシュリだった。

 彼は相手をそのまま弾き返しつつ、ホンカたちに落ち着いた声で戦闘方針を伝える。


 ホンカ、イチヨ、ティガル、シュリ。

 この4人が、塔での戦闘を担うのであった。

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