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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第6章 相違:憎悪の値打ち
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164話 果たし状

「っしゃ、そうと決まったらさっそく行こうぜ!」


 そう言って、フゲンは走り出す準備をする。

 が、そこへカシャがひとまず待ったをかけた。


「落ち着いて。無策で突っ込んでもしょうがないでしょう。レイとかいうのに会うのが目的として、手段は練っておかないと」


 尤もな意見である。

 フゲンは少々不服そうな表情をしながらも踏み出しかけた足を引っ込め、ライルの隣に立った。


「俺たちはここでセツヨウのこと見てるよ」


 一部始終を静観していたフジャが申し出れば、チトたちも頷き同意を示す。


 彼らとしては、やはりセツヨウを一番に優先したいところなのだろう。

 当然のことだ。


「ああ、それが良いと思う」


 ライルもそこは重々わかっており、また彼自身もセツヨウへの心配があったため、一も二も無く承知した。


 するとその時、「カシャン」とも「カタン」ともつかない音が、どこからかくぐもって響いた。


「? 今、何か……」


 半ば反射的に、ライルは音のした方へと視線を向ける。

 それは廊下の先、医務室のある方向だった。


「セツヨウ? 起きたの?」


 チトを先頭に、一同は小走りで医務室に向かう。

 「休養中」と書かれたプレートが下げられた扉を開くと、そこには――誰も居なかった。


 元々離席していた医師はもちろんのこと、ベッドで寝かされているはずのセツヨウさえも。


「っまさか!」


 悪い予感に襲われたチトは、弾かれるように走り出す。


 足を運んだのは廊下の突き当たり。

 そこにはめ込まれた窓は、目一杯に開かれていた。


「さっきはここ、開いて無かったわよね?」


「うん、そのはずだよ」


 チトの問いかけにフジャが頷く。

 彼らは先ほどの襲撃騒動の時、一度ここを通りすがっていたのだ。


 が、その時は閉まっていた窓が開いている。

 更に、開いた窓は人ひとり程度は余裕で抜けられる大きさをしている……ここから導き出される推測は、あまりにも単純だ。


「迂闊、だったね……。あんなにレイに怒り狂ってたセツヨウが、大人しくベッドで寝ていてくれるはずが無いもん」


 フォンは眉を下げて、想定の甘さを悔いる。

 全ては後の祭りだが、確かにセツヨウが目覚めるや飛び出して行くという展開は、前もって想像するにも難くないものだった。


「雷霆冒険団の皆さん。早々に前言を撤回することになりますが、私たちも共に行きます」


「セツヨウがまた無茶する前に止めないと!」


 同行を希望するチトたちに、ライルたちは顔を見合わせて首肯する。


「わかった、急ごう。作戦を練るのは……移動しながらで!」


 かくして執行団の拠点への急行を要することになった彼らは、たまたま廊下を歩いていた幸運流通の構成員に支所を離れることを伝えつつ、正面玄関から外へと出た。


 空は既に橙色に染まっており、夜の帳がその裾をちらつかせている。


 路地の奥などはもう闇に浸食され始め、通りも影が満ちてきているため、セツヨウを探すのは困難だ。

 やはり、執行団の元へと先回りするのが妥当だろう。


 そう考えたライルたちが夕闇の中へと駆け出そうとした途端、聞き覚えのある声が頭上から降って来た。


「はっはっは! 久方ぶりだな冒険者諸君!」


「我ら三ツ目盗賊団。再び参上」


 ライルが上を見るのとほぼ同時に、スタッと軽やかに2つの影が地面に降り立つ。

 それは他でもない、幸運流通の傘下にある三ツ目盗賊団の、ホンカとイチヨだった。


 彼らは初対面時と同様、見せびらかすように奇妙なポーズをとる。

 何がとは言うまでもないが、相変わらずだ。


「誰?」


 あまり有害ではなさそうな不審者の登場に、フジャは小首をかしげる。

 何をどう説明したものかと迷ったライルは、「幸運流通の関係者だ」とだけ答えておいた。


「2人で食事をしていたところ、通りがかった外務長に命じられてな。きみたちを手助けしに来たのだ」


「どうせ執行団とやり合いに行くだろうから、戦力の足しになってやれってね」


 引き気味な彼らの反応もお構いなしに、ホンカとイチヨは芝居がかった身振りと共に話し出す。


 外務長、ということは、シャーレがアギルに戻る傍らに2人に声をかけていったのだろう。

 「通りがかった」のは恐らく偶然ではないと思われるが。


「状況は聞いている。執行団の刺客に、してやられたそうだな」


「セツヨウ? だっけ。支所でその人を見守るか、あんたたちに加勢するか、どっちをしてほしい?」


 珍妙な応援だが、人手があるに越したことはない。

 それにホンカとイチヨは事前準備さえしっかりしていれば、雷霆冒険団を優に出し抜くことができるほどの技量を持っている。


 この緊急事態に頼らない手は無いだろう。

 ライルたちは頷き合い、2人を頼ることに決めた。


「後者で頼む。実は――」


 できるだけ手短に、ライルは支所からセツヨウが居なくなったことを説明する。

 ホンカたちは2つの選択肢を用意してくれたが、実質的には1択な状況なのだと。


「なるほどなるほど。では彼より先に、レイとやらの所に行かなくてはな」


 話を聞き終えたホンカは、うんうんと頷き、それからニンマリと笑った。


「その方法だが……ひとつ、良い案がある」



***



 執行団三番隊の拠点にて。

 レイは壊された壁の穴を眺めながら、ソファに身を沈めていた。


「はーあ、サイアク。敵には逃げられるし、弟クンは盗られちゃうし。ツイてないなあ」


 肘掛け部分に頬杖をつき、体を斜めにだらしなく傾ける彼女は、見るからに気だるそうだ。


 と、そこへ背後から小さな少女がぴょこんと顔を出した。

 幸運流通の支所に侵入し、構成員たちやウロウを襲ったあの少女である。


「レイ様、あたちは? あたちはレイ様が嬉しいことしたよ?」


 少女はレイの顔を覗き込み、無邪気に称賛を求めた。

 ふわふわとした質感の長い髪が、レイの肩にかかる。


「そうだったね。ギオンは良い子! よーしよし」


「うふ、ふふ!」


 レイに頭を撫でられ、少女あらためギオンは嬉しそうに笑った。

 人殺しをしてきたとはとても思えない、無垢な子どものような反応だ。


「レイ様、あたち次もいっぱい役に立つね! だからいっぱい褒めてね!」


「うん、良いよ。お利口な子は褒めてあげる。主も褒めてくれてるよ」


 ニッコリと笑顔を作り、レイはギオンに甘い言葉をかける。

 いっそわざとらしくさえあるくらいに。


「れ、レイ様!」


 2人が睦まじく笑い合っていると、ノックも無しに部屋の扉が開き、1人の男性団員が飛び込んで来た。


「今しがた、そこの窓が投石で割られてこんなものが……!」


 彼はレイたちの前まで駆け寄り、折りたたまれた1枚の紙を差し出す。

 怪訝な顔で紙を受け取ったレイは、ギオンをやんわりと遠ざけてから、ぺらりとその中身を見た。


「『明日、月が天の頂に昇る頃、街はずれの平原にてお前たちを待つ。欲するものあらば来るが良い。――三ツ目盗賊団およびその他数名』」


 汚い字で書かれたその文章は、果たし状と称するべきものだろう。

 レイは紙を目の前の机に放って、頬に手を当てた。


「ふうん? 馬鹿にしてくれるじゃん」


「どうするの、レイ様」


 この場の誰も彼も「三ツ目盗賊団」というのに聞き覚えは無かったが、「その他」の中にライルたちが混ざっていることは容易に予想がつくこと。


 レイはしばし思案したのち、目を細めて笑みを浮かべた。

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