162話 幸運な助け舟
カシャたちが騒ぎの中心から離れ、路地に身を潜めつつ待つこと少々、サッと大きな影が頭上を横切った。
見上げればそれは白い天竜であり、カシャはすかさず声を張って彼を呼ぶ。
「モンシュ!」
通り過ぎかけたモンシュはくるりと振り返って、建物に被害が出ない程度に高度を下げると、迅速かつ慎重に尻尾で路地の面々を拾い上げた。
「皆さん、ご無事で……!」
総勢13人を乗せ、彼はそっと高度を上げる。
かなりの巨体を持つ天竜族とはいえ、こうも大人数だと積載量ギリギリと言ったところだ。
「ありがとうね、モンシュ」
「えへへ、これくらいはお安い御用です」
クオウの言葉に照れながら返し、モンシュはいつもよりゆっくりと羽ばたく。
重量としてはさほど問題ではないが、落とさないようバランスを取るのが困難なのである。
「セツヨウ、生きてるんだよな?」
不安げにジュリが尋ねれば、チトがこくりと頷く。
「ええ。随分と痛めつけられたみたいだけど、息はあるわ」
「そうか、良かった」
ジュリ、そして地上組の面々はホッと息を吐いた。
なぜ彼がレイを憎むのか、なぜレイが彼を殺さず弄ぶような真似をしたのか、謎はまだ残っているが、第一の目的は果たせたのだ。
ひとまず、これ以上の収穫を望むことは無いだろう。
と、そこでティガルがふと、ライルの前に見知らぬ人物――ウロウが座っているのに気付いた。
「おいライル、誰だそいつ」
尤もな疑問を、眉間に皺を寄せながら投げかけるティガル。
ライルは事情を説明しようかと口を開いたが、ウロウが神妙な表情でうつむいているのを見て、目を泳がせる。
そうしてから、絞り出すように言った。
「……後で話す」
「はあ?」
ティガルは思い切り顔をしかめるが、それでもライルは今すぐに全てを暴露することはできなかった。
ウロウのためにか、自分のためにかは区別がつかなかったが。
「あいつら、追って来てるな」
少し体を傾け、フゲンが後方を確認する。
飛び去る天竜を不審に思ったのだろう、執行団員と思しき者たちが群れを成して迫って来ていた。
幸いにも団員の中に天竜族はいないらしく、彼らは皆、地上を走っている。
が、モンシュは今、中々速度を上げられない状態だ。
そのため徐々に距離を詰められてきており、ほどなく魔法や飛び道具の射程圏内に入ってしまうことだろう。
「すみません、これ以上は速く飛べなくて……」
「大丈夫です。僕たちに任せてください。ジュリ、フォンに交代してくれる?」
「おう!」
何か策があるのか、一番後ろに座るモウゴがジュリに声をかける。
ジュリが目を閉じ、開けば、既にフォンと入れ替わっており、彼女はニッコリと笑顔を浮かべた。
「ふふん、『あれ』は私の方が得意だからね! 行くよ、モウゴ!」
「うん!」
モウゴは弓を構え、矢をつがえて後方斜め下の執行団員たちに狙いを定める。
キリキリと力を込め十分に引ききったところでパッと手を離す――と同時に、フォンがすかさず矢に魔法をぶつけた。
「即席魔道具、《煙幕矢》!」
魔法を浴びた矢は一拍遅れて空中で弾け、白い煙を吹き出す。
煙は当たり一面を覆い、少なくとも執行団員たちの視界を塞ぐことはできたようだった。
「今のうちに!」
言いながら、モウゴは次の矢をつがえ、フォンも魔法の準備をする。
こんな具合で、《煙幕矢》で妨害しながら逃げることしばらく、彼らは追手から見えなくなるまで距離を取ることに成功した。
「ふう……何とか撒いたみたいですね」
モンシュはとある町のはずれに降り立つとライルたちを下ろし、人間態に戻る。
「ありがとうございました、モンシュさん」
「いえ、モウゴさんたちこそ」
町は、ライルたちがアギルの街からの道中に一度通ったところだった。
アギルや先ほどの街と比べて静かな雰囲気で、人通りも少ない。
言ってしまえば少々閑散としたところだ。
ライルはフゲンが背負っているセツヨウの様子を一瞥してから、周囲を見回す。
「まだ追手が来るかもしれない。落ち着いて手当てができる場所を探そう。この辺、宿無かったっけか?」
「うーん、確かこの町じゃなくて、もう一つ西のところなら……」
カシャは記憶を辿りながら首を捻った。
となると医者を探すのが良いか、しかし追って来た執行団員たちがセツヨウの負傷を知っていた場合、真っ先に当たるのは医者のところではないか……。
一行が頭を悩ませていると、そこへブーツの音を鳴らしながら近付く男が1人。
「お困りみてえだな」
バッとライルが振り向けば、見覚えのある顔が目に飛び込んできた。
「お前は……幸運流通の!」
「意外と早い再会だったな」
上着のポケットに手を突っ込みながらニヤリと笑う男。
幸運流通の三頭が1人、外務長のシャーレだった。
「監視してやがったのか?」
ティガルは警戒心を剥き出しにして威嚇するが、シャーレは事もなげに肩をすくめる。
「まさか! 偶然通りがかっただけだ」
噓か誠か、定かではない。
ライルは彼の言葉の真意に注意しつつ、この状況で声をかけてきたということは、何かしらの話を持ち掛けられるのだろうと予測する。
しかしてシャーレはその予測の通り、セツヨウを指差して言った。
「んでお前ら、追手を気にせず、そいつを治療できて、腰を落ち着けられる場所が欲しそうだな? 例えば、警備が万全な幸運流通の支所とか」
***
曰く、この町は幸運流通が活動の拠点として確保している場所のひとつらしい。
シャーレがライルたちの元を通りがかったのも、支所の様子見をしに来ていたからであるとか、何とか。
アギルの街にあった本拠地よりは幾回りか小さい、しかし堅牢な建物に案内されたライルたちは、セツヨウと離され会議室のような部屋に通された。
セツヨウのことは専属の医師が診るとのことで、特にチトたちは信用ならないと嫌がったが、相手の懐で駄々を通すわけにもいかず結局は任せることとなった。
「くっくっく……いやあ、お前らは運が良いな。幸運だ。これも何かの縁だと思って、俺らの商売相手にならねえか?」
行儀悪く机に脚を乗せ、シャーレは椅子を揺らしながら笑う。
が、カシャがすぐさま口を開き、きっぱりと返した。
「お断りよ。誰があんたたちみたいな悪党に協力するもんですか」
「お前ら冒険者だろ? 悪事なんて1個も100個も同じだぜ」
「なら1つで十分ね」
頑とした彼女の態度に機嫌を損ねる……ことは無く、むしろ面白いものを見るかのようにシャーレはにまりと笑む。
「ま、冗談はさておき……お前ら、まずは何があったか教えてもらおうか」
「今回は対価がどうとか言わないのか?」
地図の1件を思い返し訝しむライルに、彼はやや大げさなくらいに首肯した。
「ああ、これが対価ってことでサービスしてやるよ。今のお前らからは、面白い情報の匂いがする」
俺らはいつでも情報に飢えてるんだ、とシャーレは笑った。
そういうことであれば、ライルたちとしても都合が良い。
何せ幸運流通相手に差し出せるような「対価」はもう雷霆冒険団の手札には無かったし、チトたちも何も持っていない様子であったからだ。
こうして、ライルたちはシャーレに事の次第をかいつまんで語った。
途中、話の流れでウロウが執行団員だという説明が出た時にはティガルが「テメエまたそんな……!」と怒りをあらわにするという事態もあったが、とにかくセツヨウが攫われてから現在に至るまでの経緯を話し終えた。
「ふーん、なるほど。執行団絡みか。いいな、思った通り面白え」
シャーレは話がお気に召したようで、いっそう上機嫌に顔を綻ばせる。
「執行団なあ。俺らも常日頃から迷惑被ってるぜ、あいつらには」
「縄張り争いでもしてるのか?」
「ま、そんなとこだな。あいつら『性と富は毒だ』とか何とかで、俺らの金儲けを邪魔してくんだよ。拠点だって、元はアギルじゃなくてあっちに建てるつもりだったんだが、先に陣取ってた執行団に妨害されて断念したし。クソ迷惑だぜ、本当」
当の執行団員であるウロウが居るにも関わらず、シャーレは堂々と執行団への愚痴を吐く。
嫌がらせや当てこすりではなく、ただ単に配慮をする気が無いだけのようだったが、しかしウロウは居心地が悪そうに目を泳がせていた。