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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第6章 相違:憎悪の値打ち
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158話 「わかってる」人

 クオウたちが地下からの戸をぶち壊している頃、地上組のライルたちは建物の正面へと辿り着いていた。


「ここだ」


 呼び鈴の付いた玄関を前に、彼らは立ち止まる。


 見上げれば、建物は3階建てとやや豪勢であり、外壁も白く綺麗でヒビひとつ見当たらない。

 立派な佇まいだ。


「民家のようですが、少し変わった造りですね」


 その外壁を眺めながら、モウゴが言う。


 一見、金持ちの家のごとき建物には、窓がほとんど無かった。

 正面から見える範囲でも、1階は全く無し、2階と3階にそれぞれ1つずつと、まるで外界を拒んでいるようである。


「やっぱりここが怪しいのは間違いないな。……よし、行くか」


「ああ」


 ライルは仲間たちと頷き合い、呼び鈴の紐を引いた。


 チリン、チリンと涼やかな音が鳴り、ほどなく玄関の扉が開く。


「はい」


 出て来たのは女性だった。


 執行団に特有の黒衣は着ていない。

 しかしその目付きは昏く、渦巻くような敵意の圧を放っていた。


「……何の御用で?」


「人探しをしているんだ。話を聞かせてもらってもいいか?」


 敢えて、ライルは正直に言う。


 これは事前に皆で決めておいた作戦だ。

 執行団側が、セツヨウに仲間がいることを件の女から伝え聞いているかはわからない。


 だが下手に曖昧なことを言ったり、誤魔化したりして余計な警戒を招くよりも、愚直な無知を装った方が「愚かな獲物」として内部に入れてもらえる可能性が高い。


 何せ、敵対者は有無を言わさず暴力で黙らせる執行団のことだ。


 セツヨウの仲間の存在を知っているなら、それらしきライルたちを確実に殺そうとするだろう。

 知らないのであっても、執行団の関係者ではないのだから、団に引き込むか始末するかのどちらかを試みるだろう。


 そして、仕留めるならば逃げられやすい外よりも、閉じ込めることができ地の利もある建物内、というわけだ。


 女性はじっとライルたちを見つめる。

 疑心まじりの目だ。

 相手が何者か思案しているようだ。


 だがややあって、彼女はニコリと笑顔を作った。


「どなたかをお探しなのですね。ええ、もちろん、お話くらいならいくらでも。ですが立ち話も何ですから、中へどうぞ」


 作戦成功だ。

 女性は扉を大きく開き、ライルたちに入るよう促した。


「ありがとう」


 かくして、6人は中へと足を踏み入れる。


 玄関からは1本道の長い廊下が続いており、女性の後に続いてしばらく行くと、分厚い扉が現れた。

 女性はポケットから鍵を取り出し扉を開けると、またその先へと進んで行く。


「あっさり入れたな」


「でもあの感じだと絶対、何か勘付いてるよね……。いきなり戦うことになっちゃうかな?」


「さあ、まだわかんねえ」


 ジュリとモウゴはひそひそと言葉を交わした。


 2人は一番後ろを歩いているため、声は女性には届かない。

 が、どこで誰が聞いているとも知れないこの状況下、彼女らは早々に話を切り上げた。


 扉の向こうにはそれまでとは打って変わり、両脇に部屋が並ぶ通路が伸びていた。

 恐らく、先のほどの廊下までが「玄関」の扱いなのだろう。


 広さのわりに人の気配はあまり無く、物音もしない。

 自分たちの足音だけを聞きながら歩いて行くと、突き当りの角を曲がったところでようやく新たな人物が現れた。


「あら? その人たちは?」


 それは若い少女であり、ライルたちを案内している女性とは違って執行団の印が入った黒い服を身に纏っている。


 彼女を見て、ライルは察した。

 呼び鈴を鳴らして出て来た女性は「応接係」であり、意図的に黒衣を脱いで一般人のような恰好をしているのだ。


「こちらは『お客様』です。あなたも共にもてなしを」


「わかりました」


 もてなし、という言葉に妙な含みを持たせつつ、女性は少女に指示をする。

 少女は素直に頷いて、モウゴたちの後ろについた。


 一同はまたしばらく奥へ奥へと進んで行き、ようやく着いたある一部屋にライルたちは通された。


 応接間のように机とソファの用意された室内は、しかし怪しい雰囲気に満ちている。

 壁には大きな絵画が飾られ、本棚には聖典がぎっしりと詰め込まれており、至るところに執行団の印が掲げられ、それらによる不自然な死角が多い。


 ライルはここに来るまで歩きながら建物の間取りを脳内に描いていたが、それによるとどうもこの部屋は建物のど真ん中に位置しているようだった。


 普通ならば、このように奥まった場所に応接間があることは無い。

 廊下途中の鍵のかかる扉、外から最も遠い部屋、いやに静かな屋内、これらを踏まえれば、おのずと事実が見えてくる。


 つまり――この部屋は外部から来た獲物を始末するための場所で、ライルたちはそこに誘い込まれたのだ。


「ライル」


 最小限まで声を落とし、フゲンが耳打ちをする。


「なんか鉄くせえ。あとどっかから見られてる」


 彼もまた、感覚的にではあるが異常を感じ取っているようだった。


「お茶をお持ちしますから、しばしお待ちください」


 女性は少女と共に、部屋を出て行こうとする。


 このあとの展開は想像に難くない。

 十中八九、彼女はお茶などではなく物騒なものと共に帰って来るのだろう。


 ライルたちは戦闘になろうと負ける気は毛頭無かったが、事前に確認した通り今回の目的はセツヨウの救出だ。

 できる限り、穏便に事を進めたい。


 扉に手をかけ、今にも出て行こうとする女性と少女。


 そこへ、ライルは口を開いた。


「……『神は先ず敷物を用意し、これで炎を包んで温かい玉を作った』」


 ピタ、と女性たちの動きが止まる。

 数秒あって、扉から手を離してライルの方を見た。


 2人の目に関心の色が浮かんでいるのを認め、ライルは更に続ける。


「『次に敷物の表面を撫で、山と平地と谷をつくり、水を注いで海と陸の区別を付けた。最後に息を吹きかけ風を起こして、陸の上に雲を浮かべた。するとあちらこちらから生命が芽吹き、あっと言う間に栄えた』」


 すらすらと、まるでその文章を見て読んでいるかのように淀みない暗誦だ。


 仲間たち、とりわけジュリなんかはいきなり何を言い出すのかと眉を寄せていたが、構わずライルは最後まで言い切る。

 それからいつもより気持ち上品な笑顔を浮かべ、女性たちに話しかけた。


「聖典前章、第1節。そこの絵、すごく忠実に再現しているな。一連の出来事の流れを上手く画面に収めてて、誰が見ても創世の様子を辿れる。主の存在と尊き愛が絵全体から伝わって来るよ」


 ライルが指差したのは、壁に飾られた絵画。

 なるほどそれは聖典の冒頭部分、つまりは先ほど彼が唱えた部分を描き出したものであった。


 暗誦と同じくらい流暢に褒め言葉を並べるライルに、女性たちの顔は見る見る明るくなっていく。

 ちょうど、珍しい趣味を持つ人間が偶然同志と出会った時のごとく。


「そう、そうなのですよ。中々に見る目がおありですね。この絵は画家をしている同胞が制作したもので、それゆえに世俗の愚かな三流絵師の描いた駄作とは一線を画す作品となっているのです」


 女性は早口でまくしたてる。

 よほどライルの「理解」がお気に召したのだろう。


 隣に居る少女も、言葉は発さないながらもこくこくと頷き、女性に全面的に同意しているようだった。


「ああ、だろうな。そこらの作品とは違うのが一目でわかる。俗人の声に惑わされず、主の声に耳を傾ける真摯な心持ちがそのまま表れているみたいだ」


 ライルの称賛はなおも続く。

 まともな人間が聞けばすぐわかることだが、その言葉は絵というよりも執行団の思想に賛同するものだった。


「オレもそう思うぜ! この……色とかめちゃくちゃ良いと思う!」


 フゲンも参戦し、貧弱な語彙で懸命に絵を褒め称えてみる。

 が、女性と少女に微妙な表情をされ、すぐに口を閉じてしまった。


 代わりにまた、ライルが話し始める。


「世俗の人間たちはお前たちを非難するけど、俺はお前たちが間違っているとは思わない。間違っているのは主の声を聞こうとしない俗人たちで、お前たちは誰よりも純粋で、清らかな信徒なんだから」


 露骨なまでの擦り寄りだが、「聖典の暗誦」というパフォーマンスで心を掴まれ、その後の「わかっている」言葉で加速度的に絆されつつある女性たちは、ライルの真意に気付かない。


「前々から思ってたことだけど、この絵を見てもっと強く確信した。なあ、人探しの件が片付いたら、お前たちの話をもっと聞かせてくれないか?」


「ええ、ええ。もちろん良いですよ。こちらこそ歓迎します」


 駄目押しに更なる理解を示すライルの頼みを、女性たちは満面の笑みで承諾する。

 もはや陥落は完了していた。


「これも主の思し召しですね。あなたたちの失せ人が主の使者となり、私たちを引き合わせてくれたのでしょう」


 女性は恍惚とした表情で感激する。

 ライルたちへの疑いや敵意はきれいさっぱり消えていた。


 そしてそれは、恐らく別室で一連の流れを見ていたであろう者たちも。


「もてなしの形式は変更です。手の空いている同胞を2、3人ほど呼んでください。私はレイ様にお話を伺って来ます。皆で彼らを手助けしましょう」


「わかりました」


 こうして、女性と少女は先ほどとは全く違う様子で部屋を出て行った。


 ライルは彼女らを見送りつつ、作戦が上手くいったことに胸を撫でおろす。


 しかし同時に、嘘で他者を喜ばせたことに一抹の罪悪感を抱くのであった。

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