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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第6章 相違:憎悪の値打ち
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157話 潜入イロハ

「いったん下がって。静かに」


 カシャは他の面々を戸から離れさせ、じっと身構えて耳を澄ませる。


 次第に残響は収まり、空気の流れも落ち着くが、「中」で誰かが動く音や気配はしない。


「……誰も居ないのかしら」


 もし何者かが居たのなら、今の爆発で何かしらの行動は起こすはず。

 それがどうも感じ取れず、カシャは首を傾げる。


 と、そこでシュリが彼女の横に立ち、背負っていた盾を前に構えた。


「自分が先陣を切ろう。もし攻撃されても、ある程度はこれで防げる」


「ありがとう。なら背中は私が守るわ」


 2人は小声で言葉を交わしたのち、後方の面々にも手振りで合図を送る。


 頭上には光が差し込む穴。

 その先に誰が居るにしろ居ないにしろ、1歩踏み込めば敵陣である。


「せー……のっ!」


 カシャはシュリと足並みを合わせ、同時に「中」へと飛び込んだ。


 床に足をつけると同時に周囲を素早く見回し、来るかもしれない攻撃に備える。


 「中」はどこにでもありそうな、民家の一室のような部屋だった。


 瓦礫が散らばっているその部屋には、出入口の扉がひとつ、クローゼットがひとつ、小さなテーブルと椅子がひと組み、聖典の詰まった本棚がひとつ。


 そして――物々しい檻で区切られた牢屋が、部屋の約3分の1を占めていた。


「…………」


 カシャとシュリは室内の至るところに視線を巡らせながら、無言で警戒を続ける。


 どこからか敵が飛び出して来ないか、対侵入者の仕掛けが作動しないか、と。


 だが十何秒と経ったところで、在ったのは沈黙だけだった。


「……無人ね。罠の類も無し、と」


 カシャはゆっくりと構えを解き、次いでシュリもまた盾を下げる。


「大丈夫よ、みんな上がって来て」


 待機していたクオウたち4人がぞろぞろと部屋に足を踏み入れるが、それでも何も異変は起こらなかった。

 本当に、牢屋が物騒な以外は何の変哲もない部屋らしい。


「この部屋、全体に防音魔法がかけられてるわ。きっとそのおかげで、さっきの音も外に聞こえなかったのよ」


 各々が室内の様子を窺う中、クオウは壁に手を付いて言う。


「なるほどな。不幸中の幸いってわけか」


 ティガルは納得すると共に肩をすくめた。

 詳しいことはまだわからないが、とにかく騒ぎを起こさずに済んだのであればひとまず良い、と。


「で、気になるのはやはりこの牢ですね……」


 続いてチトがそう切り出せば、皆の視線は件の牢屋に注がれた。


 「普通の民家」にはあるはずのない、異様な設備。

 奥の壁には白いペンキで大きく執行団の印が描かれており、ここが執行団に関係する施設なのだということを雄弁に語っていた。


「中に鎖があるね。でも檻は狭いし、拷問器具なんかも無い。ってことは、攫って来た人を一時的に閉じ込めておくための部屋かな?」


 フジャは何の躊躇いもなく牢屋に近付き、じろじろと観察する。

 軍に居た頃に基礎知識として教え込まれたのだろう、物騒な事情にはある程度通じているようだ。


「ま、何にせよここにはセツヨウは居ねえ。ここからどうする? 適当な奴を締め上げて居場所聞き出すか?」


 悪趣味な牢に顔をしかめ、ティガルは話を継ぎへと進める。

 嫌な想像をしてしまうからだろう、あまりこの部屋に長居はしたくなさそうだった。


「いいえ、あまり派手に動くと敵の目を集めてしまって、却ってやりにくくなる。少なくとも、表立っての行動はライルたちの到着を待ってからにしたいわ」


「じゃあ隠密行動ね。でも……服をどうしましょう?」


 クオウは自分の服に目を落とし、首を傾げた。


 恐らくは執行団員が闊歩しているであろう建物内を、全く見つからずに進むことは難しい。

 加えて執行団は皆揃って特徴的な印の付いた黒い服を着ているため、彼女らが姿を見られれば一瞬で部外者だとバレてしまう。


 できることなら、最低でも黒い服を身に着けておきたいところだ。


「もしかしたらここに……空だな。チッ」


 クローゼットを開いて中を一瞥し、ティガルは舌打ちをする。

 残念ながら、予備の服や着替えの類はこの部屋には無いようだった。


 さてどうしたものか、いっそ「服を汚してしまったので借りたい」なんて言ってみるか、などと一同は頭を悩ませる。


 するとその時、ガチャリと平凡な音を立てて扉が開いた。


「なっ!? だ、誰だ貴様ら!!」


 入って来たのは若い男。

 印のついた黒衣を纏った執行団員だった。


 カシャたち6人は顔を見合わせる。


 渡りに舟とはこのことか。

 騒ぎ立てる暇も与えず、彼女らは男を気絶させた。


 続いて黒衣――オーバーサイズの上着であった――を脱がせ、牢屋に繋いで任務完了である。


「服、手に入りましたね」


 檻の扉部分を魔法で氷漬けにしながら、チトはグッと親指を立てた。


 追い剥ぎまがい、というか正しく追い剥ぎであるが、セツヨウの安否が危ぶまれるこの状況下で手段は選んでいられない。


 ともかく、これで誰か1人は堂々と歩き回れるようになった。


「それで、誰が着ますか? 私にはサイズが合わないので、他のどなたか」


 チトは服を抱えながら、他の面々に問いかける。


「自分には小さいな……」


「おれにはデカい」


 シュリとティガルは首を横に振った。


 それもそのはず、長身のシュリと小柄なティガルに対し、執行団の男は中肉中背。

 彼の服を着用することはとてもじゃないができなさそうだ。


「私も……っていうか、これ男物だから体型からして合わないわ」


「確かにそうね」


 カシャとクオウも渋い反応をする。

 身長だけで言えばクオウなら着られそうだが、骨格と肉付きの差が差し障るだろう。


「ということは、この中でこれを着れるのは――」


 チトは残る1人に視線を向ける。

 とびぬけて長身でも小柄でもなく、かつ男の体を持つ者。


「あ、オレかあ!」


 そう、フジャだ。



***


 白く清潔な廊下を、執行団員の男が歩いていた。

 やや背の高い彼は細く引き締まった手足をきびきびと動かし、どこかへと向かう。


 と、そこへひょこりと青年――フジャが現れた。


「ねえキミ、ちょっといい?」


「なんだ?」


 親しげに話しかけるフジャに男はちょっぴり微妙な顔をしたが、拒むことなく返事をする。


「オレあの方に用事があるんだけどさ。どこにいるか知らない?」


「?……ああ、レイ様なら地下牢にいらっしゃるはずだぞ。でも今はお忙しいそうだから、用なら後にした方がいい」


「そっか、ありがとう!」


 相手が侵入者だとは露知らず、まんまと情報を提供した男にフジャは笑顔で礼を言った。


 潜入捜査にはコツがある。

 それは、ひたすら堂々としていること。


 人間の頭とは不思議なもので、多少の疑問や違和感は「気のせい」として処理してしまう。

 無意識レベルで、異常より正常を好むのである。


 故に、今のフジャくらい平然と接してやれば、人員の顔と名前が厳しく管理されてでもいない限り、見ない顔だということくらいは流してもらえるというわけだ。


「あー、そうだ。地下牢ってどうやって行くんだっけ?」


 上手く会話が成立したことで、フジャは次なる質問を投げかける。


 だがしかし。


「貴様、同胞ではないな!」


 途端に男の表情が一変し、彼に掴みかからんと襲い掛かった。

 どうやらこの建物内の者は、地下牢の場所を知っているのが当然だったようだ。


「やば」


 フジャは欲をかいたことを軽く悔やみつつ、素早く男の背後に回り込む。

 即座に男は振り返るが、そのみぞおちに膝蹴りを一発、伸してやった。


 朗らかで抜けているところもあるとはいえ、フジャは生物兵器だ。

 この程度の対人戦闘はお手の物だった。


 気絶した男を抱えて先ほどの部屋に戻れば、彼の帰りと報告を待っていた他の面々が出迎えた。


「……早かったわね」


「バレちゃった。アハハ」


 呆れ顔のチトに、フジャは笑ってそう返す。


 幸い、牢屋の鎖は複数あり、最初の男と同様、フジャが伸した男も黒衣を剥いで檻に繋ぐことができた。


「まあ、あれだね。これでもう1着手に入ったよ。また男物だけどちょっと大きめだし……シュリ、着れるんじゃない?」


 はい、と黒衣を渡されたシュリは、「いや、少し……」と言いかけたが、思い直してその言葉を呑み込む。

 それからフード付きの上着を脱ぎ、男の着ていた服を慣れない手つきで着用した。


「ど……どうだろうか。違和感などは……」


 着替えを終えたシュリは、恥ずかしそうに顔を赤らめながら皆に問うた。


 その姿は――端的に表現するなら、「ぱつぱつ」だった。


 身長のせいもあるが、シュリは骨太な上に鍛えているから筋肉もそれなりに付いている。

 反して先の男はどちらかと言えば細身であり、したがってこの有り様だ。


「えっと……めちゃくちゃに変ではない、けど。ごめんなさい、嫌だったら無理強いはしないわ」


「だ、大丈夫だ。自分もでき得る限り力になる」


 そう言いつつも、やはり恥ずかしさは拭えなさそうなシュリであった。

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