156話 爆
「たぶん、街の建物の中に、執行団が使ってるものがある。二手に分かれて、この地下と地上から侵入しよう」
上を指差しながらライルは続ける。
その建物にどれだけ執行団員が詰めているかは不明だが、今回の目的は制圧ではなくセツヨウの救出。
であればいかに素早く手広く建物内を探索し、彼を見つけて離脱するかが重要だ。
「その建物の位置はわかんのか?」
フゲンがそう問えば、ライルはこくりと頷く。
「ああ、いま覚えた」
「ならライルは地上組だな。あとは……」
二番隊の拠点を攻めた時とは違い、今のライルたちは合わせて12人と人手に乏しい。
彼らは物理戦闘、魔法、移動といった諸能力ができるだけ均等になるように、「地下組」と「地上組」に分かれることにした。
地上組は、ライル、フゲン、モンシュ、フォンとジュリ、モウゴ。
ライルの案内のもと、地上から建物に探りを入れる。
地下組は、カシャ、クオウ、シュリ、ティガル、チト、フジャ。
このまま旧下水道を進み、建物に忍び込む。
「セツヨウを助け出せた方の組は、建物を出て外で適当に騒ぎを起こしてくれ。それを合図兼陽動にして、もう片方の組も撤退。いいな?」
「ああ!」
かくして、地上組は来た道を戻り、地下組は歩みを進め始めた。
前者を率いるライルは、円柱形の穴を登りながら少々思考する。
ジュリたちが遭遇したという執行団の女、彼女がセツヨウを攫ったということが引っ掛かっていたのだ。
事実か否かは疑う余地も無い。
問題は、その動機だった。
人間が人間を連れ去る理由は、大きく3つだとライルは記憶している。
海底国で見たような人身売買をするため、何かしらの情報を引き出すため、閉じ込めて支配下ないし監視下に置くため。
彼の認識の中では概ねこれくらいしか、人攫いの目的は見当たらなかった。
しかし件の女は、そのどれにも当てはまりそうにない。
なぜなら話によれば恨みを抱いていたのはセツヨウの方であり、彼が女をどうこうするならまだしも、女が彼を攫ったところで何になるとも思えないからだ。
また人身売買や情報の引き出しが目的なら、セツヨウ1人だけを捕らえるよりも、場の全員を攫った方が良い。
女にはそうするだけの実力があったというのだから、彼だけを狙ったのには何か特殊な事情があるはず。
けれども、ライルはその事情がさっぱりわからなかった。
相手の目的が推測できれば、逆算してセツヨウの居場所も少しは当たりがつけられるのだが……と彼はかぶりを振る。
此度の敵は、今までとはまた違った方面でも手強そうだった。
***
一方、地下組はどこまでも続いているように思われるほど長い旧下水道を、着々と進んでいた。
6人の間に会話は無い。
無いどころか、若干、空気が悪くさえあった。
原因は明白、荒っぽく足を踏み鳴らして不満を露わにしながら歩く人物――ティガルである。
とげとげしいオーラをこれでもかと放ち、コミュニケーションを言外に拒否する彼に、他の面々はさてどうしたものかと考えあぐねていた。
「怒っているんだな」
と、そこでシュリがおもむろに口を開いた。
ティガルは「ふん」と鼻を鳴らし、彼の方に視線を向ける。
「当然だろ。また面倒事に巻き込まれたんだ」
肩をすくめ、皮肉たっぷりに言う彼。
しかしシュリは、ゆっくりと首を横に振った。
「いや……そうではない」
ティガルが怪訝な顔をする間もなく、彼は言葉を継ぐ。
「執行団に、怒っているだろう」
その声は柔らかく、けれども確信を携えていた。
「あなたは優しい。口では冷たいことを言うが、心はいつでも善く在る。他人を思いやる気持ちが……いつも伝わってくる」
シュリは穏やかな口調で話す。
まるで人道を語る賢者のように、暖かな声色でぽつぽつと。
「だがあまり我慢はしないでほしい。善心は恥ではない。無理に隠すこともない」
にこ、と微笑み、シュリは話を終える。
一方、一応は大人しく黙って聞いていたティガルはというと。
「べっつに! 我慢とか、全然ちげーし!」
顔を真っ赤にして、ぷいとそっぽを向いた。
どうやら図星だったらしい。
それもそのはず、ティガルが本当に善行を拒み自利だけを重視する人間であれば、海底国での騒動に加わってはいなかっただろう。
もっと言えば、彼はアグヴィル協会に確かな不快感を示していたし、仲間と認識したライルたちごとマナたちに騙されたと知った時は酷く怒っていた。
自分だけではなく、他者をも思っての怒りだ。
何だかんだと文句を言いつつも雷霆冒険団として皆と行動するのも、決して利害や妥協だけの話ではないだろう。
「……この借りは、必ず返します」
「返せるものはあんまり無いけどね。できることなら何でもやるよ」
チトとフジャは、ティガルがおおよそそんな人間であることを察し、彼に改まって声をかける。
ティガルは「ふん」と素っ気なく返したが、顔を背けてなお、ちらりと見える耳は赤かった。
「あったわ、あれが件の横穴ね」
そうこうしていると、先頭を歩いていたカシャが不意に声を上げる。
薄暗い道の中、進行方向の左手に、大きな穴がぽっかりと口を開けていた。
一同は穴の前で足を止め、慎重にその様子を観察する。
「確かに違和感のある造りですね。縁の線も不自然で……明らかに後付けされています」
チトはまじまじと穴の入り口部分を注視しながら、眉をひそめた。
旧下水道に降りてからここに来るまでに、彼らは何度か穴を目にしてきている。
だがそれらは各所から下水を流し込むためのものであり、人が這って入れるくらいの幅しかなかった。
反して彼らがいま対峙している穴は、長身のシュリでも立ったまま余裕で歩いて入れるほどの幅がある。
恐らく下水道として使われなくなってから作ったのだろう。
明らかに異様だとわかる、かなり大胆な改造だ。
「もしかしたら罠があるかもしれないわ。気を引き締めて行きましょう」
一同はまたカシャを先頭に、横穴へと足を踏み入れる。
やや狭くなった道を進んで行けば、やがて行き止まりに遭遇した。
が、それはただの袋小路ではなく、ティガルの背丈くらいの高さの壁の先に、急な階段が続いている。
「あいつの言っていた通りだな。ここから上に行けそうだ」
ティガルは少し屈んで、階段の先を見ようとしながら呟く。
「ご丁寧に、足場があるわ。それに……ちょっとだけ血が付いてる」
「じゃ、ますます間違いねえな」
彼らは頷き合い、どやどやと壁を登って階段を進み始める。
幸いにも敵襲は想定されていないのか、あるいは通路の先にある建物にそういった設備が集中しているのか、彼らの警戒に反し罠や仕掛けは全く無かった。
ただ若干のぼりづらい階段を順調に上がって行けば、また行き止まりに遭遇。
今度は壁や階段などは無く、天井部分に四角い開き戸が構えていた。
カシャが試しに押してみるも、びくともしない。
代わってチトも強く力を入れて押すが、やはり開かない。
続いてクオウが手を添えて様子を窺えば、彼女は「あっ」と小さく声を上げた。
「魔力を感じるわ。魔法で封をしてあるのかしら」
すると後ろに居たフジャも手を伸ばし、戸に触れる。
と、彼はこくこくと頷いた。
「そうっぽいね。軍で教えられた施錠魔法と同じだ」
施錠魔法は、文字通り扉や蓋を閉ざすための魔法。
これを突破するには、魔法で以て施錠魔法自体の破壊を行うのが定石である。
そんじょそこらの物理攻撃では効かないだろうし、それこそが魔法を使って封をする意義だ。
ということで、魔法に長けたクオウが再び戸に手を当て、魔力を練りつつ言葉を紡いだ。
「破壊魔法、《爆打》!」
――次の瞬間。
とてつもない勢いで、目の前の戸が吹き飛んだ。
ついでに戸の周辺の天盤までごっそりと削れ、それらが「中」へとすっ飛びガラガラゴロロと大きな音を立てる。
クオウたちの方にも粉塵が降り注ぎ、一同は頭から灰を被ったようになった。
「…………」
破壊音の余韻が響く中、クオウはしばし黙したのち、ぎこちなく仲間たちの方を振り返る。
「加減、間違えちゃったみたい……」
見ればわかることであった。