155話 あちらとこちらの規格外
執行団。
その言葉に、ライルたちの表情が強張る。
以前彼らが地上国軍『箱庭』捜索隊と協力し、二番隊を壊滅させたにも関わらず、相変わらず横暴を働いているらしい。
ジュリは拳を握りしめ、声を震わせながら続ける。
「鉢合わせたのは偶然だった。俺らは相手が格上だって悟って、いったん逃げようっつったんだけど……セツヨウは何でか、物凄い剣幕で……退こうとしなかった。それで、あの女に負けて……」
女、と聞いてライルは二番隊のゼンゴを脳裏に浮かべたが、しかし彼女は負かした相手を連れ去るようなタチではなかったはずだ、と思い直す。
とにかく、セツヨウたち5人がかりでも勝てない相手となると、かなりの手練れが予想される。
事態の深刻さをひしひしと感じながら、ライルはジュリに問うた。
「他の3人は?」
「一応、みんな無事だ。いま手分けしてセツヨウを探してる」
ジュリは状況を言葉にし整理することで少々落ち着いたようだったが、それでもまたきつく眉を寄せ、苦しげな表情をする。
「俺、知らなかったんだ。セツヨウのこと、何も。あいつがあんなに執行団を……あの女を憎んでたなんて……その理由すら……」
執行団は、地上国を中心に各地で暴力行為、破壊行為を行っている。
その被害に遭った者は数知れず、その中の1人がセツヨウだったとて不思議ではない。
だが、それを察せられるかは話が別だ。
本人や関係者の口から語られでもしない限り、どれだけ根深い禍根だろうと第三者には知る由も無い。
現にカシャも、執行団との因縁を仄めかしてはいたものの、雷霆冒険団内で具体的な内容を知っているのは直接話を聞いたクオウだけである。
「わかった、とりあえず俺たちも協力する」
ライルは思い浮かんだ慰めや励ましの言葉を呑み込み、力強く頷いた。
「いいよな?」と仲間の方を振り返って言えば、皆それぞれ首肯する。
「はあ……話は纏まったか? 私はもう戻らせてもらうからな」
一部始終を見ていた憲兵は、ようやく解放されたとばかりに溜め息を吐き、詰所へと帰って行った。
ジュリは彼の背中を軽蔑と怒りの混ざった目で睨んでいたが、反してライルは静かな視線を向けていた。
リンネたちは、捜索隊には執行団を取り締まる権限が無いと言っていた。
更に戦いの終盤に駆けつけた特殊戦力部隊も、どうも正式な手続きを踏んで参戦したわけでは無さそうな様子だったと、ライルは記憶している。
つまり、恐らく地上国は……執行団に手出しができないのだ。
少なくとも現状、表立っては。
故に憲兵も執行団への関与は忌避する。
忌避せざるを得ない。
ライルは己の持てる情報からそんな推測を導き出し、ひとり溜飲を下げる。
人間の善悪は複雑なのだ、と頭の中で反芻しながら。
「セツヨウが連れ去られた現場はどこ?」
やや間を置き、次はカシャがジュリに質問する。
ジュリは指で方向を指し示しつつ答えた。
「この街の中だ。北の通り沿いから1本奥に入った裏路地。でもあっと言う間に見失っちまって……もしかしたら、もう街の外に出てるかもしれねえ」
「だったらわたし、使い魔を飛ばしてみるわ! そしたら広い範囲を探せるし、もし攫った人が魔人族なら魔力の痕跡を終えるかも!」
にこ、と笑って彼女の手を取り、クオウは提案する。
その掌からじわりと体温が伝わって、冷えた彼女の手を温めた。
「ああ、ありがとう。ぜひ頼む。あいつが魔人族かどうかは……微妙なとこだったが」
「任せてちょうだい!」
クオウは自信満々に胸を叩く。
それからジュリの手を離し、両手を器のように合わせてじっと魔力を集中させ始めた。
「小さく……できるだけ沢山……」
目を閉じ、彼女はイメージする。
いつも用いているような氷の使い魔、それを可能な限り分裂させて人探しに適した形に。
――と、そこまで考えてはたと思いとどまる。
今まで何気なく氷魔法でばかり使い魔を作っていたが、はて、もっと良い方法は無かったか。
もっと、自分が扱いやすい魔法は無かったか。
それに気付いた瞬間、クオウの掌で生成されかけていた氷は霧散し、代わりに火柱が天高く立ち昇った。
「うわっ!?」
一番近くで見ていたジュリは思わず仰け反り、他の面々も目を丸くする。
火柱に見えたそれは、大量の、それはもう視界を埋め尽くさんばかりの、炎の蝶だった。
蝶たちは不思議と熱さの無い火の粉を振り撒きながら、四方八方に飛んで行く。
その凄まじく眩い光景に圧倒され、クオウ以外の全員はしばし言葉を失った。
「クオウ……今の全部、使い魔なの?」
「? ええ、そうよ。前より頑張ってみたわ! なんだかね、炎で作った方が沢山できるみたいなの」
ややあってカシャが尋ねれば、にっこりと笑ってクオウは答える。
本人としては、ただ「頑張った」だけのようだ。
だが今しがた生成された使い魔の量はあまりに規格外であり、彼女が並外れた才を発揮したことは確かだった。
***
尋常でない数の使い魔の手を借りつつ、めいめい街の内外、また屋内外を捜索することしばらく。
ライルたちはセツヨウの行方を示す手がかりを発見した。
「ここか……」
モウゴ、チト、フジャとも合流した彼らが集合したのは、街の中央付近にある青果店と質屋の間、その細い路地。
入り口に立っているだけでも、既に薄暗く湿った空気が流れて来ていた。
「確かに、血痕がある。それも新しいものだ」
シュリはその場にしゃがみ、路地に少し入ったところの地面に点々と付着した赤黒い血を観察する。
血痕を見つけたのはフゲンだった。
彼が近くを飛んでいた使い魔に報告したことで、クオウに情報が伝わり、また使い魔を通して彼女が皆に伝えたことで、全員がここに集まって来たのである。
「ここから地下に降りたようだ」
言って、シュリは立ち上がる。
血痕は半歩分ほど続いた後、地面にはめ込まれた丸い蓋の手前で途絶えていた。
加えて、蓋はそれがすっぽり隠すはずの穴から僅かにズレており、何者かが開けて雑に閉めたようだった。
わざと残された偽の痕跡かもしれないが、しかし確かめない手は無い。
一同は蓋を取り払い、露わになった穴の中に飛び込んだ。
ライルが先頭になり、杭のような足場を使って円柱形の穴を降りて行くと、ほどなく底に足が触れる。
崩落の危険が無いことを確認してから地面に降り立つと、そこは半円状の大きな横穴の最中だった。
「ここは……古い地下道、いえ、下水道ね。でももう使われていないみたい」
続いて降りてきたカシャが、周囲を見回しながら言う。
人工的に作られた堅牢な道は長く長く続いており、生ぬるい風が弱々しく吹いていた。
「何か引きずった跡がある。たぶんこっちに行ったんだ」
ジュリは石造りの地面に薄く積もった砂に残った、僅かな異状を目ざとく見つける。
指差したのは南北に延びる道のうちの北方向。
セツヨウを攫った女がここに下りて来たとすれば、それでほぼ間違いなかった。
「どうする? 全員でカチ込むか?」
「いや……」
やる気満々のフゲンの提案にいったん曖昧な返事をし、ライルは曲線を描く壁にぴたりと手を当てる。
暗く、どこまでどう続いているのかわからないこの下水道。
そこで彼は、掌から壁へ、壁からその先へと、ちょうど水を流すように魔力を這わせた。
純粋な魔力で以て物体の形や空間の広がりを探知するという、単純な仕組みながら高度な技術を要する高等魔法だ。
これを難なく使い、彼はずっと遠くの方まで下水道の様子を把握していく。
十数秒が経ち、ライルはパッと壁から手を離すと、平然と仲間たちに報告を始めた。
「この下水道、途中に不自然な横穴がある。んでその先にも道が延びて……上に……どっかへの入り口があるっぽいな」
「へえ、そうなのか」
フゲンは素直に感嘆の声を上げる。
彼は、ライルが何か魔法を使ったらしいことだけ理解していた。
ただ多少は魔法に詳しいカシャやシュリ、チトや魔人族のジュリはというと、彼の行使したものが明らかに一般的なものでないと勘付き、少々怪訝な表情をするのであった。