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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第6章 相違:憎悪の値打ち
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154話 泥沼はそれと知れず

 薄暗く広い部屋の中、弾む足取りで灯りをつけていく人影があった。

 ぽっ、ぽっ、と順に灯される火は、室内を照らし、その冷たく湿った空気を僅かに温める。


「うふ! うふふ!」


 人影は1人の女だった。


 彼女は袖口の広い真っ黒な服に身を包み、淡い黄緑色のロングヘアを揺らす。

 膝丈のスカートを、ロングブーツを履いた足で蹴るようにひらめかせ、全身で機嫌の良さを表しながら次々と蝋燭に火を授ける。


 やがて最後の1本を点け終えると、彼女はくるりと檻の方を振り返った。


「目が覚めたみたいだね、弟クン」


 部屋は、その空間のうち3分の1ほどが牢屋になっていた。

 窓はどこにも無く、天井付近に空いた通気口から淀んだ空気が入って来る。


 女は檻の前にしゃがみ込むと、その中に居る人物と目を合わせた。


「まさか覚えててくれてるとは思わなかったよ! 嬉しいなあ。嬉しくって、つい持って帰って来ちゃった。うふ!」


 両手を口元に当て、目を弓なりに細める彼女。

 まるで恋人の眼前で照れる乙女のように、それでいて滲み出る邪悪さに無自覚なまま、檻の中の人物に視線を向けた。


「そうだ、ねえ聞いてくれる? 最近、お隣の二番隊が壊滅しちゃってさあ。隊長と何人かは無事だったんだけど、もー人手不足だわ軍に目付けられるわで超大変なの!」


 女は不気味なほどに親しげな口調で、平然と次の話題に移る。

 世間話でもするかのような軽い言い草に、しかし返答は無い。

 それでも女は構わず続けた。


「ウチもしばらく鳴り潜めててねーって団長から言われてさ、でもそんなの退屈でしょ? 大人しくなんかしてたら、神様もじれったく思っちゃうでしょ? だからさ」


 と、そこで言葉を区切り、彼女は声を落とす。


「キミが来てくれて、ほんっとーに嬉しいんだ」


 背を丸め、そう囁きかける女の胸元で、特徴的な印の刻まれたブローチが煌めいた。



***



「で、結局何だったんだアレ」


 幸運流通の拠点から出て来てしばらく、フゲンは思い出したように言った。


 三頭を前に、交渉を失敗しそうになった雷霆冒険団。

 そこでティガルが新たな手札として出した、あの糸のことである。


 糸に興味を示したシャーレは、フラジュ、ビックにもこれを見せ、ほどなく3人揃って糸と引き換えに地図を返却することに合意した。


 しかしティガルが糸の正体をその場で喋ることは無く、「入手場所は海底国」と言うだけに留まった。

 その後、雷霆冒険団とついでに三ツ目盗賊団は解放されたが、ティガル以外の面々は何が何だかというわけなのだ。


 路地の壁にもたれて尻尾をぷらぷらさせていたティガルはいったんその動きを止め、彼の方を見やる。


「ヤシャの奴が使ってた糸だよ。あいつと戦った後、服にちょっとだけ絡まってたんだ。あの糸は海竜族の鱗でも切れない特別製……『商品』のサンプルとしては価値あるだろ」


 それを聞いたフゲンは「ああ」と納得したように頷き、隣に居たライルも「なるほど!」と手を打つ。


「よく考えたな、ティガル」


「どこぞのバカよりはな」


「ごめんて」


 ライルは申し訳なさそうに眉を下げた。

 交渉事はティガルかカシャに任せておいた方が良いのかもしれない――そんな反省をしながら。


「皆さん、お待たせしました!」


 そうこうしていると、少し離れたところで『方舟』の位置の計算をし直していたモンシュが戻って来た。

 ライルたちとは反対側で見張りをしていたカシャたちも一緒だ。


 全員が一点に集中していると不測の事態に対応できない、という先の件からの学習により、彼らは緩く三手に分かれていたのである。


 なお三ツ目盗賊団はというと、幸運流通の拠点から出た途端に物凄い速さで逃げ出した。

 捕まえて憲兵に突き出そうとしていたカシャが悔しがったのは、言うまでもない。


「お疲れ。えーっと、これが正しい位置か」


「はい」


 ライルが地図上に新たに付けられた赤いバツ印を指差せば、モンシュはこくりと頷いた。


 印の位置は、なるほど先に付けていた方とはひと目でわかるほど離れている。

 更に言えば、中央大陸から見ておおよそ南東方向の海上を示しており、最初の印よりやや陸地寄りの地点となっていた。


「あら、ちょっと近くなったのね」


「ここなら……ちょっと遠回りになるけど、東に回って島を渡り継いだ方が確実に行けるな」


 ライルが中央大陸の海岸線を指でなぞりながら言う。

 大陸南東部からは南に向かって細かい島々が連なっているため、確かに全員が不慣れな海上をずっと行くよりは安全そうだ。


「ならそうしましょう。焦って前みたいなことにはなりたくないものね」


 カシャは苦々しい表情で肩をすくめる。


 前――地上国から直に『地図』の指す方へ行こうとして、無謀にも小舟で大海に挑み見事に難破した例の出来事。

 あの時は運よく地底国の横穴付近に流れ着きシュリに助けてもらえたが、次はそうもいかないだろう。


「まずは海沿いに移動して、この辺の港まで行こう。船を借りるか、買うか、乗せてもらうかは町の様子次第ってことで」


 そういうわけで、雷霆冒険団一行はさっそく移動を開始した。


 路銀はしばらく持ちそうだが、さほど悠長にはしていられない。

 これまでもしばしばやってきたように、途中で日雇いの仕事をしつつせっせと目的地へと足を動かす必要がある。


 基本的には皆で歩きつつ、街道沿いではライル、フゲンが自力で、人通りの少ない場所ではクオウが使い魔で、広い平野ではモンシュが竜態で、それぞれ交代で運び合うなどもして彼らはどんどん歩みを進めて行った。


 そうして2日ほど経った頃。

 とある街の大通りを下るライルの耳に、何やら遠くから声が聞こえてきた。


「――! ――に――だろ!」


 声の調子からして怒鳴っているようで、どうやら誰かが誰かと揉めているらしい。

 他の面々もそれに気付き、声のする方、すなわち前方に目を凝らす。


「喧嘩でしょうか……?」


「オレらも参加するか」


「しないわよ」


「普通に迂回しようぜ。先進まなきゃなんねえだろ」


「いや、待ってくれティガル。あれは……」


 ライルは徐々に近付いて来る声を、慎重に聞き取る。

 慣れてはいないが、覚えのある声だった。


 そのまま通りを行くと、やがて声の主の姿が彼らの視界に入る。


「なあ頼むよ! 探すのだけでも手伝ってくれ!」


「だから、無理なものは無理だ」


 現場は憲兵の詰所前。

 詰め寄られているのは憲兵で、声を荒げているのは1人――否、2人で1人の女。


 かつて地底国にて出会った、セツヨウ一行のフォンとジュリだった。

 ただし口調からして、今はジュリの方が表に出ているようだ。


「ジュリ、だよな。どうしたんだ?」


「! お前ら」


 ライルが戸惑いながらも話しかけると、彼女はパッと顔を向けた。


 その頬は興奮から紅潮しており、目も少し涙ぐんでいる。

 よほど必死に何かを訴えていたのだろう。


「なあ何とか言ってやってくれ! 俺らのことは捕まえたっていいっつってんのに、全然首を縦に振らねえんだ!」


「そういう問題ではないんだ。君が冒険者だろうと、民間人だろうと、私の答えは変わらない」


 ジュリがライルに掴みかかる勢いで言えば、憲兵の方も負けじと反論する。


 だがいったい彼女らが何について言い争っているのか、そこが全くわからない。

 見るからに、両者ともすっかり熱が上がっている。


 どう宥めたものかとライルが言葉を選んでいると、後ろからクオウがひょっこりと顔を出した。


「まあまあ、2人とも落ち着いてちょうだい。何があったのか教えてくれるかしら?」


 のんびりとした声色で彼女が問えば、その穏やかさにいくらか引っ張られたようで、ジュリも憲兵もいったん言葉を止める。


 ややあって、ジュリの方が重々しく口を開いた。


「……セツヨウが、執行団の奴に攫われたんだ」

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