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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第6章 相違:憎悪の値打ち
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153話 手札を出すのは慎重に

「ここだ」


 そう言って、ホンカは屋敷の裏口で立ち止まった。

 彼が鍵――という名の針金――で開けた扉に、ライルたちはぞろぞろと入って行く。


 ライル、フゲン、カシャは三ツ目盗賊団を捕らえた後、別行動をしていたモンシュたちと合流してからアギルの街へと向かった。


 ホンカとイチヨは自分たちを解放しろとしきりに喚いていたが、「彼らに間に入ってもらえば無駄な荒事を起こさずに済むかも」という理由で無慈悲にも同行が決定。

 泣く泣く雷霆冒険団を案内することとなった。


 尤も、道中彼らはノリノリで幸運流通のアレコレを喋りたくっていたのだが。


「随分と堂々と建ってるんだな。看板まであったぞ」


 薄暗い通路を歩きながら、ライルは言う。

 さすがに堂々と入るのはマズいから、と避けた屋敷の正面玄関には、大きく「幸運流通」と書かれた看板が掲げられていたのだ。


「幸運流通は『裏』でも『表』でも仕事をしてるからな。こそこそやる必要は無いということだ」


 ホンカは得意げな顔で語る。

 態度だけ見れば上等なものだ。


「こいつら居ても、ぜってー面倒事になるだろこれ……」


 不安すぎる先行きに、ティガルはぼそりと呟いた。

 この抜けまくった雰囲気の三ツ目盗賊団を前に、安心しろという方が無理な話である。


「で、地図は誰に渡したんだよ」


 フゲンが尋ねると、今度はイチヨが口を開いた。


「仲介人に。今ごろ鑑定待ちの倉庫に入ってるだろうから、三頭(みつがしら)に交渉するのがオススメ」


「三頭?」


 聞き慣れない言葉に、フゲンは首を傾げる。

 ライルたちの方を見るが彼らも「?」を浮かべており、どうやら誰も知らないようだった。


 ここは自分の出番とばかりに、またホンカは得意げに喋り出す。


「幸運流通のトップたちのことさ。内務長、戦闘長、外務長の3人で、名前はビック、フラジュ――」


「呼んだか?」


 ビシ、と空気が凍った。


 ホンカとイチヨは一瞬で青ざめ身を寄せ合い、ライルたちは警戒の構えをとる。


 彼らの視線は声のした方へ。

 すると白いコートを来た金髪の男性が、暗がりからゆっくりと姿を現した。


「よくもまあベラベラと喋ってくれたな、三ツ目盗賊団」


 煙草を手に持ち、ふう、と白い煙を吐き出した男性。

 彼が件の三頭が1人、フラジュらしかった。


 ライルがハッと気付いて周囲を見回すと、あちこちの物陰や扉から揃いの黒い服を着た男たちが、わらわらと出て来ていた。


 彼らは各々手に得物を持っており、今すぐに襲って来そうな雰囲気は無いが、敵意は嫌というほど発している。


「全員、ついて来てもらおうか」


 フラジュはポニーテールを揺らし、踵を返して歩き出した。


 有無を言わさぬ口調。

 抵抗すればどうなるか、なんて火を見るよりも明らかだ。


「暴れていいか?」


「まだ駄目」


 そわそわし出すフゲンをカシャが制し、雷霆冒険団と三ツ目盗賊団は大人しくフラジュの後に続く。


 異様な緊張と監視の視線が満ちる中、一同は2階3階と上に昇らされ、ついに最上階である5階にまで通された。


 更にその最奥に佇む大きな扉の前まで来ると、フラジュはノックも無くずかずかとその部屋に入る。


「シャーレ、連れて来たぞ」


 中で待ち構えていたのは、シャーレと呼ばれた若い男と、仮面で顔を半分隠した有角族のこれまた若い男。

 それから、壁沿いにずらりと並んだ黒服の構成員たちだった。


「おうおう! 我らが事務所へようこそ、部外者諸君と恩知らずのアホ盗賊団!」


 ソファにどっかりと座り足をテーブルに上げ、シャーレは粗雑にライルたちを歓迎する。

 前部分を上げた癖毛の黒髪が、動きに合わせて揺れた。


「初めまして、俺はシャーレ。幸運流通の外務長だ。あとの2人はもう名前聞いてるんだから良いよな?」


 言い草からして、彼の隣に居る有角族の男が三頭の残る1人、ビックであるようだ。

 ビックの方はシャーレと違い、無言かつ仏頂面で来客を睨みつけている。


「……お前たちと争う気は無い。俺たちはこいつらに盗られて、ここに持ち込まれた地図を返してもらいに来たんだ」


 ライルは周囲の様子を窺いつつ1歩前に出、槍をテーブルに置いて戦闘の意志が無いことを示した。


「はいはい、これな」


 しかしシャーレは態度を一切変えることなく、近くの構成員をちょいちょいと指で招く。


 構成員はすぐ脇の戸棚を開けると、何かを取り出し彼に手渡した。

 それは他でもない、ライルたちが奪われた地図だった。


 今ここに来たばかりなのになぜ、と一行が驚いた顔をすると、シャーレは愉快そうに肩を揺らして笑う。


「ククク、人の腹ん中であれこれ喋りたくるもんじゃねえぞ?」


 どうやら建物内での会話は全て聞かれていたらしい。

 牽制ともとれる行動にライルはやや冷や汗をかくが、それでも正面から彼と対峙する。


「返してくれるか」


「対価は?」


 シャーレは間髪入れず問うた。

 裏家業にも手を出している組織の長だ、盗品を盾にいけしゃあしゃあと利益を要求するのも当然と言えば当然である。


 ライルは少し考え、口を開いた。


「……面白い話をする」


「へえ」


 テーブルから足を下ろし、シャーレは前のめりになる。


「つまらなかったら殺すぞ」


 横からフラジュが圧をかけるが、構わずライルは頷く。

 そして軽く息を吸うと、明朗な声で言った。


「アグヴィル協会のエニシと戦った。あいつは強い」


 沈黙。


 居たたまれない静寂が訪れた。

 「だから何?」という言葉すら、呆れに覆われて誰に口からも出て来ない。


「おれが先に殺してやろうかこのクソバカ野郎……」


 耐え切れずティガルがそう零すが、ライルは心底不思議そうに首を傾げる。


「駄目だったか?」


「面白く無さすぎて怒りも沸いて来ねえよ。何でそんなホラで行けると思った?」


 溜め息混じりにシャーレは言い、フラジュやビックと顔を見合わせた。

 2人もどう反応したら良いかわからず、しょっぱい表情をしている。


「ホラ? 何て意味だフゲン」


「『嘘』ってこと」


「じゃあホラじゃない。本当だ」


 シャーレたちに向かって、ライルは堂々と弁明する。

 既にそういう次元の問題ではないのだが。


「アグヴィル協会と因縁があるお前たちにとって、ボスの情報は役に立つ……『面白い』話だと思ったんだ。断じて適当に言ったわけじゃない」


 ピクリ、とシャーレの眉が動く。

 一拍置いて彼が三ツ目盗賊団の方を見れば、彼らはサッと視線を逸らした。


「……アホ共、どこまで喋りやがった」


「知ってること全部ですかね」


「港町からずっと喋り倒してました」


 完全に開き直っているホンカとイチヨに、シャーレたちはまたうんざりとした顔になる。


「はあ……。右目の時くらいの根性出せよ」


 と、そこで初めてビックが言葉を発した。


「まあいいだろう、シャーレ。どうせ機密はひとつも教えてないんだ」


「それもそうだが」


 物々しい見た目に反し、ビックは理性的な性格らしい。

 彼はシャーレを宥め、また口を閉ざした。


「あーあ、興ざめだ。お前ら、諸々見逃してやるから帰れ」


「地図は」


「この流れで渡すわけねえだろ」


 シャーレはまた溜め息を吐く。

 それはそうだ。


 しかしライルたちとしては、地図を返してもらわなければ困る。

 引き下がるに引き下がれない、けれども梯子を外されてしまったこの状況。


 一行が三頭と睨み合いをしていると、不意にティガルがライルを押し退けて前に出てきた。


「おいデコ男」


 何をするのかと思えば、彼は懐からキラキラと光る糸の束を出しテーブルに置いた。


「これやるよ」


「? なんだこのゴミ……」


 シャーレは訝しげに眉をひそめ糸を見下ろす。

 が、ハッと目を見開くと、糸を摘み上げじっくりとそれを観察し出した。


 やがてゆっくりと顔を上げると、鋭い目付きでティガルを威嚇する。


「ガキ、こんなのどこで手に入れた」


 しかしティガルは涼しい表情で肩をすくめた。


「さあな。地図を返してくれるんなら、教えてやってもいいぜ」

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