152話 間抜け
「本当にすみません……。つい先ほど、使った計算式が誤っていたことに気付きまして……」
恥ずかしさと申し訳なさで顔を赤らめながら、モンシュはもじもじと謝罪する。
「そんなに気にしなくていいわよ。誰だって間違えることくらいあるわ」
カシャがそう言って励ませば、クオウも「そうよ!」と頷いた。
「もう1回、海底国に行って測り直せば良いだけでしょう?」
「あ、いえ! 計測した数値自体は、手帳にメモをしてあるので」
「あら、それならますます問題無いわ。ね、ティガルもそう思うでしょう?」
クオウはにこにこと笑顔で言い、隣に居たティガルに話を振る。
と、彼は一瞬「何でおれに」と言わんばかりに眉をひそめたが、ほどなく肩をすくめ、笑みを浮かべた。
「ま、そうだな。怪我の功名ってやつだ」
しかしティガルの表情はクオウのそれと違い、いささか意地の悪い雰囲気だ。
「いい気味だ、あの盗賊共。測り直しが要らねえんなら、さっさと近くの街で地図買って計算し直して、印を付けようぜ」
そう言って、踵を返し歩き出すティガル。
だが2、3歩行ったところで誰の足音もしないことに気付いて振り返れば、ライルたちの複雑な表情が目に入った。
「……おい何だよその反応。文句あんのか」
おおよその予測はつきつつも、ティガルは問う。
するとクオウが最初に口を開いた。
「うーん、文句っていうか……」
「せっかくキエに用意してもらったやつだし」
「盗られっぱなしってのも癪だよなあって」
「盗賊を野放しにするのもね」
ライル、フゲン、カシャも続いて発言する。
全く、ティガルの予測通りの言い分だった。
「……シュリ。モンシュ」
ぎぎ、と錆びた扉を開ける時のようにぎこちない動きで、ティガルは残る2人の方に視線を向ける。
「……駄目、だろうか?」
「ご、合理的でないのはわかっているんですが……」
返って来たのは、ライルたちと同じ考えだと表明する言葉。
そして申し訳なさそうに頼み込む顔。
「ぐっ……う……」
ティガルは呻き、ややあってヤケクソ気味に叫んだ。
「わかったよ!!」
雷霆冒険団がしばしば情で動く連中だということは、彼も海底国での出来事を通してよくわかっていた。
そして、なんだかんだ自分は彼らの情に付き合ってしまうタチだということも。
「ありがとう、ティガル」
「別に! 感謝されることでもねえよ!」
のしのしと大股で6人の元に戻り、ティガルはライルの足を尻尾ではたいた。
「でもどうやって追うんだ? 痕跡は何も残ってねえぞ」
さて方向性がまとまったならば作戦会議だ。
ライルたちは改めて輪になり、顔を突き合わせる。
「わたしの使い魔で探そうにも……そうね、手がかりが何も無いんじゃ苦労しそうだわ」
「あいつら、『三ツ目盗賊団』って名乗ってただろ。あの感じだとオレたちだけにじゃなくて、いつもあんなふうに自己紹介してんじゃねえか?」
「なるほど、その名前で聞き込みをすれば情報が手に入るかも……ってことだな!」
フゲンの推測に、ライルはそれだと手を叩いた。
確かに三ツ目盗賊団の雰囲気というか、あの2人の気質からして、常にあの調子で居そうである。
「じゃ、さっそく行くわよ。まずは灯台の下……あそこの町から当たってみましょうか」
「2組に分かれよう。自分は西方面をあたる」
「おれも」
「なら僕も……」
「えーっと、わたしもこっちに加わろうかしら」
輪をほどき、シュリ、ティガル、モンシュ、クオウがひと固まりになる。
外見の印象もあって、親2人と子ども2人の家族に見えないこともない。
「だったら、残りの俺たちで東方面だな。収穫があってもなくても、正午にここでまた合流しよう」
「了解!」
こうしてシュリたち4人と方向を異にし、ライルはフゲン、カシャと共に町の東側へと入って行った。
町は漁から帰った人や獲れたての魚を売る店の人、それを買い求める人らで賑わっており、まさに港町といったふうな風景が広がっている。
「まずはシンプルに、人の集まる場所に行ってみましょう」
「ってーと……あそことかか」
言って、フゲンが指したのは料理店と思しき建物。
なるほどこの時間帯であれば、大勢かつ様々な人で賑わっていることだろう。
ライルたちは足早にそこへと向かった。
「いらっしゃーい」
入り口の扉を開ければ、ちょうど近くのテーブルで配膳をしていた女性店員が笑顔で彼らを出迎える。
店内はライルたちの予想通り、ほぼ満席状態で老若男女が朝食を楽しんでいた。
談笑の声と鼻をくすぐる料理の匂い、明るい空気で満ちている。
だがゆっくりしている時間は無い。
カシャは店員が配膳を終えたのと見計らい、彼女に話しかける。
「あの、すみません。人を探しているんですけど……」
その間に、ライルとフゲンも客に聞き込みをしようと、話しかける相手を探す。
あまり急いでなさそうな、しっかり話を聞かせてくれるような人が良い。
ライルはテーブルの間を歩き、奥の方の席まで見に行く。
すると。
「あ」
「え?」
3つの目と、視線が交わった。
うち2つは少女の、1つは義眼を着けた有角族の青年のもの。
そう、要するに先ほどライルたちから地図を奪った、三ツ目盗賊団の2人である。
「っごちそうさま! お代置いとくね!」
「逃がすか!!」
テーブルに食事代を叩き付け、脱兎のごとく店外に向かって走り出す彼らだったが、ライルが見逃すわけはない。
加えて入り口の扉付近にはカシャとフゲンも居る。
結果は、まあ、何も意外ではなかった。
小悪党たちはまんまと捕まり、縛り上げられたのち港の方まで連行された。
「しまった、とんだ失態だな」
「あえていったん逃走を成功させて、油断したところを捕らえるとはね……」
まるで自分たちが壮大な罠にでも掛かったかのように、盗賊2人は悔しがる。
「あんたたちが間抜けなだけよ」
カシャが溜め息混じりに訂正するが、それでもまだ「恐るべき策士……」だの「まさか元軍人か……!?」だの、聞く耳を持っていない様子だ。
「とにかく、俺たちの地図を返してもらおうか」
「地図か? 残念ながら、それは無理な相談だ」
どうして、とライルが聞き返すより早く、青年の方がキメ顔で回答を示した。
「なぜなら! あれは既に売り払ったからな!」
「売った……!?」
思わぬ言葉にライルたちは目を丸くする。
現場近くの店でゆっくり朝食をとるくせに、手際が良い。
盗み自体も不意打ちとは言え完璧だったのを考えると、もしかすると事前に計画した範囲のことはキッチリやれるタイプなのかもしれない。
「正確には引き渡した。これから値を付けてもらって、わたしたちはその分のお金をもらう」
「誰に渡したの?」
「ふっ。そうやすやすと教えるわけには――」
はた、と青年の視線がフゲンに止まる。
途端に彼の脳内には、地図奪取後の逃走の折に見たフゲンの怪力が思い起こされた。
有角族でもないのに、いや有角族でも難しいくらいなのに、地面をいとも容易く陥没させた怪力。
それが人間に向けられた時、どうなるかは明白である。
「幸運流通だ。3人組の男が中心になって回している『運び屋』で、独自に盗品を買い取ったりもしている。本拠地はアギルの街の二丁目、5階建ての屋敷だ」
逆らったら殺されると思ったのだろう、青年は驚くほど流暢に情報を吐き出した。
「ホンカ……」
少女は眉をひそめ、相方を見る。
「そんな目で見るなイチヨ。おれだって心苦しいさ」
「ひとつ言い忘れてる。アギルの街に行くには運河を使うのが一番早い」
「というわけだ! さあ冒険者諸君、俺たちを解放してもらおうか!」
ライルたちは顔を見合わせた。
三ツ目盗賊団、青年ホンカと少女イチヨ。
たぶん彼らは盗賊には向いているが、悪人には向いていなかった。