151話 三ツ目盗賊団
ザザ、ザザ、と波が引いては寄せる小さな港。
カモメがけたたましく鳴き、沖の方で魚がぱしゃんと跳び上がる。
少し離れた町の方から微かに人の声が流れて来るものの、閑散とした船着き場の周囲に人影は無い。
潮の匂いを含んだのどかな空気が、辺りをゆっくりと流れている。
マナと別れ海底国を発った雷霆冒険団一行は、地上国の「中央大陸」と呼ばれる地に上陸していた。
「なんか久々だなあ。こうやって直接、日光浴びるの」
ライルは空を仰ぐようにぐっと伸びをする。
地底国や海底国を訪れた時に新鮮さを覚えたのと同じく、今度はしばらくぶりの地上国の景色に感慨を抱いていた。
「眩し……。地上国の奴ら、こんな明るいとこで暮らしてて平気なのかよ」
「案外すぐ慣れるぜ」
鬱陶しそうに目を細めるティガルを、フゲンが軽く笑い飛ばす。
ティガルはその回答にやや不満げだったが、肩をすくめつつもそれ以上何か文句を言うことはしなかった。
「で、とりあえず『方舟』までの交通手段を探さないとな。えーっと、地図って誰が持ってたっけ? 紙の方の」
「自分だ」
シュリが控えめに挙手し、荷物から大判の地図を取り出す。
彼は適当に置かれている空の木箱を机代わりに地図を置き、ライルたちは円になってこれを見る形をとった。
「ここが『地図』の光が指してた地点なのよね」
クオウが紙面上に描かれたバツ印を指す。
それは地上国を構成する大陸の間、ちょうどこの中央大陸から真っ直ぐ南に進んだ海上の、とある地点を示していた。
「モンシュがなんか計算して、上手いことやってくれたやつな!」
まるで自分事のように誇らしげに、うんうんと頷くフゲン。
そう、印の位置は海底国を発つ前、モンシュが「地図」が発する光の角度から割り出したものなのだ。
なんでも彼は、仰角や高さ等の材料によって距離を求める計算方法を、天上国の学校で習っていたらしい。
「便利よね、算術って。わたしも勉強してみようかしら」
クオウも感心した様子で言う。
今まで魔法だけに没頭してきた彼女にとって、未踏の領域である算術の世界は、いっそう好奇心を掻き立てられるものらしかった。
と、そこでモンシュが突然、「あっ」と声を上げた。
「すみません、それなんですけど……」
何やら申し訳なさそうな表情で、彼はおずおずと話し出す。
だが「それ」の内容が語られる前に、フッと彼の上に影が掛かった。
即座にフゲンが反応し、モンシュを庇うように覆いかぶさり上を見る。
しかし彼の視界は何を捉えることもなく、破裂音と共に真っ白な煙に包まれた。
「うわっ!?」
煙は一瞬にして辺りに広がり、他の面々も視界を奪われる。
襲撃か、いったい誰が、と皆が狼狽する中、不意に彼らの頭上から高らかな声が降って来た。
「はーっはっはっは! 油断したな冒険者!」
それは若い男の声だった。
「っ風魔法、《一陣》!」
ようやく思考が追い付いたクオウが、魔法で風を起こして煙を吹き飛ばす。
さっぱりと晴れた景色に安心したのも束の間、ライルたちは目の前の異状に気付いた。
「地図が……!」
木箱の上に置いていた紙の地図が無くなっていたのだ。
犯人は捜すまでもない。
彼らは一斉に、先ほどの声がした方へと視線を上げる。
声の主は、漁師小屋の屋根の上に居た。
黒髪青目の有角族の青年、年齢は十代後半くらいか。
仁王立ちをしてふんぞり返っており、隣にはライルたちから奪った地図を持った少女も立っていた。
「我らは三ツ目盗賊団! 3つの瞳でお宝をいただくクールな悪党さ!」
物は盗り終えたのだからさっさと退散すれば良いものを、青年はなぜか高らかに名乗る。
次いで、少女と一緒にややダサい決めポーズ。
どうも間の抜けた雰囲気だ。
フゲンは首を傾げ、小声でライルに尋ねる。
「なんで『3つ』なんだ?」
「男の方が片方義眼だからじゃないか?」
「マジ? よくわかったな」
「見た感じで……」
「どうでもいいだろ! 細かいとここだわってんじゃねえよ馬鹿!」
本当にどうでもいい話をするライルとフゲンに、ティガルは喝を入れた。
真っ当な突っ込みだ。
そんなやり取りをする彼らを見下ろし、三ツ目盗賊団の2人は顔を見合わせてニヤリを笑う。
「ふふん。ま、慌てるのもわかるさ。これは宝の地図だろう」
「普通に考えれば何も無いような場所に、赤いバツ印。定番だね」
「海底国からやってきた一団、そして海の上の宝! 盗み甲斐のある獲物と見た!」
青年はまるで名推理を披露する探偵のように、眼下のライルたちを指差した。
「まあ! 甲斐があるからって、人の物を盗んじゃ駄目なのよ!」
クオウがそう正論で返すも、彼らは肩をすくめてわざとらしく首を振る。
「おやおや、冒険者がそれを言うか」
「五十歩百歩。道徳の話は要らない」
「確かに……!」
「ちょっとクオウ! なに乗せられてるのよ!」
あっさり言いくるめられたクオウを、今度はカシャが叱咤した。
冒険者でも不道徳を指摘する権利はある。
それはそれ、これはこれだ。
だがそうこうしている内に盗賊2人は気が済んだのか、くるりと踵を返した。
「というわけで」
「これは」
「わたしたちが」
「貰っていく!」
決まり文句なのだろうか、彼らは交互に台詞を言って、漁師小屋の屋根から飛び降りる。
無論、盗人をみすみす逃がすわけにもいかない。
ライルたちはみな追撃態勢に入り、いの一番にフゲンが地面を蹴った。
「待てこのッ!」
彼は一瞬で盗賊団の目の前まで接近し、その足元を思い切り殴る。
地面を崩して足止めをしようという魂胆だ。
しかし青年の方が咄嗟に少女を抱えて大きく跳躍し、フゲンの策を回避する。
「えっ、何いま爆発した?」
何が起きたかまでは把握できなかったらしい青年が困惑気味に言えば、少女はふるふると首を横に振った。
「してない。あの男がやった」
「怖~……」
「いいから行くよ」
「了解」
フゲンやライルたちが次の攻撃に移るより一瞬早く、青年が懐から煙玉を取り出し地面に叩き付ける。
途端に白い煙が噴き出し、ライルたちの視界はまた塞がれてしまった。
「クソッ、またかよ!」
「任せて! 風魔法、《一陣》っ!」
同じ手口には同じ対処法が手っ取り早い。
クオウが再び魔法を行使し煙を晴らす。
が、そうしている間に、既に三ツ目盗賊団は彼らの目の前から居なくなっていた。
すぐにライルが小屋の上に跳び乗って周囲を見回すも、影も形も無い。
完全に見失ってしまったようだった。
ライルは地上に降り、肩を落とす。
「駄目だ。逃げ足速いな、あいつら」
「たぶん、あらかじめ逃走経路を組んでたんでしょうね。不覚だわ」
はてさてどうしたものか、とライルは頭を抱えた。
何せあの地図、暫定・「方舟」の位置をハッキリ描いてしまっている。
仮にそこにあるのが「方舟」でなくとも、「地図」が指し示している以上、重要な何かであることは確実だ。
先を越されては非常にまずい。
非常に。
「あ、あの……」
するとそこで、モンシュが口を開いた。
ライルは内心の焦りをいったん仕舞い、彼の方へと視線を向ける。
「どうした、なんか策でも思い付いたか?」
「いえ……そういうのではないんですけど……。えっと、さっき言おうとしていたことで」
しどろもどろになりながら、心底申し訳なさそうな表情でモンシュは言葉を続けた。
「実はあの地図の印、位置を間違えてるんです。それもかなり大幅に」
「え!?」
驚くほどぴったりに、全員の声が揃った。
印の位置が誤っている……ということはすなわち。
先ほどの盗賊団は、喜々として誤情報を持ち帰ったということになる。