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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第5章 対峙:小は大を制すか
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148話 取引

 呆れるほどに朗らかな宣言。


 ライルはマナの言葉の意図を、一拍遅れて解釈した。


「そうか、もう貴族とかが動き出したんだな!」


 であれば、彼が引き連れている者たちが誰かもわかる。

 貴族の命か、あるいは軍本部の指揮により巫女の奪還に踏み出した軍人だ。


 勝機の到来に顔を明るくするライルだったが、しかしマナは首を横に振った。


「ううん。まだだよ。貴族連中は情報整理中、軍もいま上層部が指示を固めてるところじゃないかな?」


「? じゃあそいつらは」


 上着を拾って羽織り直しながら、フゲンが問う。

 戦闘中に砂塵をいくらか吸い込んだためか、若干、声が掠れていた。


 いまひとつ見えないマナの意図に訝しげな表情をするライルとフゲン、そしておおよその事情を察して険しい表情をするティガル。


 3人に向かって、マナは満面の笑みで答えた。


「この人たちはね、僕たちの味方! だからライルたちにとっては、味方の味方ってとこかな。まあ難しく考えなくていいよ」


 が、やはり要領を得ない。

 わざとか否か、彼は焦点を曖昧にして煙に巻くだけ。


 ライルは更なる疑問を投げかけようとするも、それより早くマナが口を開いた。


「さあて、こんにちは! アグヴィル協会のボスさん! 僕とお話ししてくれない?」


 会話の相手に選んだのは、剣を収めて静観していたエニシ。


 彼はしばらく無言でマナを見つめていたが、やがて薄く笑って言った。


「……成る程。既に軍の一部を取り込んでいたか」


「えっ!?」


 思わずライルとフゲンは声を上げる。

 息ぴったりの反応だ。


 2人は揃ってマナの方を見るが、当の本人は彼らになど目もくれず、エニシに対しての返答を行った。


「理解が早くて何より。そう、僕たちに賛同してくれる人たちに協力をお願いしてたんだ」


「賛同……フッ、この茶番にか?」


「酷い言い草だなあ」


 まるで全てをわかり合っているかのように、マナとエニシはすらすらと言葉を交わす。


 一方のライルたちは全くの置いてきぼりだ。

 知らない話が、知っている者の間だけで進んで行く。

 さながら目隠しをして水の中を探っているような心地で、ただ困惑するばかりだった。


 けれどもそんな彼らにも、ひとつだけわかることがある。


「妥当な表現だろう。つまるところ貴様は、こちらの真の情報を掴んだ上で道化を演じていたのだからな」


 それはティガルが零した言葉の通り、何の含みもなく文字通りに、自分たちがマナに「騙されていた」ということ。


 ライルはエニシの言うことに耳を傾けつつ、ちらりとティガルの方を見る。

 彼は呪い殺してやるとでも言わんばかりの強烈な怒りを燃やした視線で、マナを睨んでいた。


「罠に掛かったふりをして、その実、ひと回り大きな罠を仕掛けていた。何も知らぬ冒険者共が必死に駆けずり回る一方で、悠々と手札を整えていたというわけだ。ふむ、となれば……あの巫女も替え玉か」


「正解!」


 依然として、マナは通常運転だ。

 作戦の前や最中にライルたちと喋っていた時と少しも変わらない調子で、敵対者であるはずのエニシと会話をしている。


 と、そこへ神殿の方からのこのこと歩いて来る影があった。

 大鎌を携えたイハイと、彼に縛られ引き連れられているヤシャだ。


「マナー! もう良さそー?」


「うん、もう良いよー! お疲れ!」


 まるで仕事終わりの若者のように、マナとイハイは軽い挨拶を交わす。


 拘束されているヤシャもまた、エニシの姿を認めるとパッと顔を上げた。


「ボス! 言われた通り、降参したよ!」


「そうか」


 エニシの反応は極めて淡泊だ。

 しかし逆に言えば、巫女――結局は偽物だったわけだが――の監視という役割を果たせなかった彼を攻める様子が無い。


 無関心、ともまた違う。

 ただ単に「失敗を気にしていない」といったふうである。


 ヤシャに一瞥だけくれてやり、エニシはマナの方へと向き直った。


「それで――貴様らは何がしたい? まさかこの程度の戦力で、俺を止められると思ってはいまいな?」


 彼の指が剣の柄に触れる。


 瞬間、場の空気が一気に張り詰めた。


 それは、エニシによる意思表示。

 今すぐの加害をも厭わぬ心持ちを、相手に見せる威嚇未満の行動だった。


 ライルは反射的に槍を構える。

 彼がそうしてしまうくらいには、十分な危険性を孕んだ敵意だった。


「確かに貴様らは盤面を傾けた。巫女を隠され、俺は不利な立場に置かれている。だが計画を断念するには足りん」


 淡々と、エニシは語る。

 一切の虚勢も驕りも無く、事実に基づき言葉を発した。


「この状況で巫女を隠せる安全な場所など限られている。貴様らを斬り捨て、貴族共が本格的に動く前に巫女を確保すれば良いだけの話だ」


 じっと注意深く様子を見ながら、ライルは思考する。


 ――確かに、そうだ。


 マナの連れている軍勢が「独断で動く一部の者」であるなら、戦いは未だ終結していない。

 「国全体を動かす」という勝利条件はまだ満たせていないのである。


 故に、エニシの勝算も健在だ。

 彼の武力と協会の人手を以てすれば、強引にキエを奪うことも可能だろう。


 だがそんなことはマナもわかっているはず。

 いったいどういうつもりで……とライルが目を向けた先で、マナはきっぱりとこう言った。


「いいや、それはできないよ」


「なぜそう思う」


 すかさずエニシが問いかければ、彼は不適な笑みと共に答える。


「これから君が、僕たちを買うから」


 ライルたちがギョッとしたのは言うまでも無い。


 敵対者に買われるとは何事か。

 単純な売買ではなく、組織として傘下に入るとか、協力体制を築くとか、そういうことであろうが、しかし何にせよこれまでのことを考えると突拍子もない発言だ。


 わけがわからず目を白黒させるライルとフゲン、ついでにヤシャ。

 ティガルも怒りより驚きが勝ったようで、目を丸くしている。


 そんな彼らを余所に、マナは平然と続けた。


「取引だよ、エニシ。海底国軍『箱庭』捜索隊は、アグヴィル協会に協力関係の締結を申し出る」


「ほう」


「君は全軍を押さえられる武力を持っていながら、未だに国の掌握には至っていない。なぜなら厄介な邪魔者……信仰派の貴族連中がいるからだ」


 ぴくり、とエニシの口角が動く。

 けれども反論はせず、黙してマナの言葉を待った。


「奴らは伝統と宗教を最も重んじる。そして保守的な秩序を守ろうとし、劇的な変化や君たちみたいな『悪党』を嫌う。そんな信仰派が結構な数、政治の中枢に食い込んでるから、仮に君たちが乗り込んだところで思い通りにはさせてもらえない」


 マナは饒舌だった。


 まるで話すことを初めから決めていたように、あるいは常々考えていることをただ口に出しているように。


「君が完全な武力制圧をしないのは、彼らを殺せばその分、社会の支配網に穴が空くからだ。彼らだけが知ってる不文の秘密も多い。君の目的は国の破壊じゃなくて乗っ取りだから、できることなら、奴らは生かしたまま利用したいわけだ。でも現実には、手玉に取ることはできていないでいる」


 なおもエニシは口を閉ざしたままだ。

 わざわざ肯定はいないが特段隠し立てをするつもりもなく、図星だと認めているらしかった。


 マナはその反応を確認してから、ひと呼吸おき、声のトーンを一段上げた。


「そこで提案! 僕たちを使わない?」


 市場で客寄せでもするかのように、朗々と彼は言う。

 実際、彼は自分たちをエニシに売り込んでいるのだから、あながち間違いでもない。


「僕たちは諜報能力に長けている。この通り、情報戦で上手を取って君たちの裏をかいた。それにほら、軍の一部を味方につけもした。曲がりなりにも国の『味方』の立場にある。信仰派の連中をどうにかするには、うってつけの人材じゃないかな?」


 雷霆冒険団を利用し、巫女の護衛作戦さえも「舞台」の構築に使ったマナたち。

 果てに取った行動はアグヴィル協会への接近。


 傍から見ても、彼らの行いは裏切りに相違ない。


 だがしかし。

 ライルは未だ少しも失望することなく、じっと事の行く先を見つめていた。


 なぜならマナは、自分の、取引の『目的』をまだ口にしていないからだ。

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