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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第5章 対峙:小は大を制すか
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134話 何から何まで酷い話

「キミ、なんで人間態に尻尾なんか生えてるの? もしかして軍の兵器?」


 体勢を立て直しながら、ヤシャは問う。

 その目には色濃い困惑が滲んでおり、想定外も想定外の事態に対処法を考えあぐねているようだった。


「生まれつきだよ、ばーか!」


 しかしわざわざ相手に思考時間を与えやるわけもなく、ティガルは地面を蹴ってまた尻尾で一撃を入れる。


「ぐえっ」


「お前のボスに言っとけよ。舐めんじゃねえってな」


 続いて体を反転させ、蹴りを一発。

 鋭い技の連打に、ヤシャは軽く吹っ飛ばされた。


 しばし呆気にとられていたシュリも、盾を拾って戦闘態勢に戻る。


 状況は一転、ティガルたちの優勢だ。

 ヤシャが「尻尾を使う相手との戦闘」に対応できていない今のうちに押し切ってしまえば――と、その時。


「っティガル!」


 上空に何かを見たシュリが、咄嗟にティガルを抱き上げて後退する。


 直後、何者かが急速に降下して来たかと思うと、強い衝撃と土煙と共に着地した。


「チッ、新手か……!?」


 ティガルは目を凝らして警戒し、シュリも盾を構えて前に出る。


 立ち込める土煙を切り払い、彼らの前に姿を現したのは――細く長い剣を持った、小柄な金髪の少女だった。


 よく見ると彼女の頭には小さな角が生えており、有角族であることがわかる。

 そして有角族だからこそだろう、剣は彼女自身の身の丈ほどもある超長剣だ。


 察するに、アグヴィル協会の者に違いない。

 加えて、彼女個人としてもただ者でないことが、身に纏う空気から明らかだった。


 出方を探るように睨むティガルたちを横目に、少女はヤシャに話しかける。


「時間をかけすぎです。退きますよ」


「えー、でもボスに頼まれたことまだできてないし……」


「退きますよ」


 1音1音を強調した、有無を言わさぬ声。

 ヤシャは渋々頷いた。


「……はあい」


 そうしてティガルとシュリが注視する中、2人は路地から去って行く。


 驚くほどに呆気ない幕引きだ。

 もしや油断させておいて……と緊張を緩めずに居るも、気配ひとつしない。


 通りの方から微かに賑わいの音が聞えて来るだけで、流れる空気は至って平穏だ。


 そうしてしばらく、どうも本当にヤシャたちは退いて行ったのだと理解し、ティガルとシュリは張り詰めた気を解いて息を吐き出した。


「……ありがとう」


 と、シュリが柔らかな微笑みと共に言う。


「あなたのおかげで助かった」


「ふん、別に。おれがやりたいようにやっただけだし」


 ティガルはつっけんどんに返し、そっぽを向いた。

 だが尻尾は落ち着きなく動いており、内心が丸見えだ。


「……それのこと、皆には黙っておく」


「…………」


 シュリに言われ、尻尾をするりと上着の下にもぐらせるティガル。

 こうして隠してしまえば元通り、長い裾に覆われて尻尾は全く見えず、存在することもわからない。


 しばしの間、ティガルは裾を掴んだり、離したりして考え込む。

 それから、こくり、と首を傾げて言った。


「いいよ」


「?」


「黙ってなくていい。つーか、自分で言う。他のもまとめて全部。……なんか、踏ん切りついたから」


 照れくさそうに笑うティガルを見、シュリはある種の安堵を覚える。

 自分は何も力になれなかったが、彼の苦しみが少しでも除かれたのなら何よりだ、と。


 ヤシャの襲来は予想外で、困ったものだったが、多少は感謝しても良いような気になった。



* * *



 捜索隊の拠点に戻った2人は、待っていた一同に事の顛末を説明した。

 ちょうどティガルたちと入れ違いだったのだろう、マッポとニパータも帰って来ており、全員揃っての情報共有となった。


「なんだよ、そんなことになってたのか。オレも呼んでくれりゃあ良かったのに」


 冗談半分、本気半分でフゲンは言う。

 ティガルたちに応援を呼ぶ余裕が無かったのを承知した上での発言、というのが「冗談」の部分。

 ヤシャたちと一戦交えたかった、というのが「本気」の部分だ。


「とにかく、2人とも無事でよかった」


 通常運転なフゲンはさておき、ライルはホッと息を吐く。


 出て行ったティガルを追いかけなかったばかりに2人が……なんてことになっていたら、悔やんでも悔やみきれないところだった。


「それで……あと、お前らに白状しとくことがある。おれの家と、これまでの話だ」


 ティガルがそう話を繋げれば、場の面々は、はたと口を閉じる。


 いつになく神妙な彼の表情からして、重要な話なのだろう。

 耳を傾ける一同に、ティガルは意を決して言った。


「おれの本名は、ガルラ・クシティだ」


 これに素早く反応したのは、頬杖をついて聞いていたマナ。


 彼は手を下ろし、目を丸くして身を乗り出した。


「え、そうだったの? ってことは……ん? あれ、君いくつだっけ。上から何人目?」


 かと思えば自問と共に腕組みをし、指を折りつつ眉間に皺を寄せる。


 何やらティガルの本名に心当たりがあるらしい彼だが、ライルたちはてんで見当もつかない。


 マナの食いつきようにただ困惑していると、横からマッポが口を挟んだ。


「えっと、クシティ家は巫女様を守る兵士を排出する一族です。武芸に優れた名門、といったところでしょうか」


「まあ! なんだかカッコいいわね。道理で強いわけだわ」


 クオウは純粋無垢に目を輝かせる。

 が、隣に座るカシャは何か嫌な予感がはたらいたようで、僅かに顔を曇らせた。


「でもガルラなんて名前、聞いたことないな。僕が勘当されたのが5年前でしょ、今ティガルくんが……」


「13」


「そうだった、13歳ね。つまり当時8歳……うん、名前くらいは聞こえて来てたはずだけどな」


 言い方からして、マナもそれなりに名のある家の出なのだろう。

 あるいはクシティ家に関係のある家系か。


 いずれにせよ彼のところには、不自然にティガルの名が届いていないらしい。


「オレも知らないなー」


「私も……って、いえ、私は知れるはずもなかったのですが……」


 イハイとマッポも同調する。

 いよいよもって、不穏だ。


 そしてその不穏さを肯定するかのごとく、ティガルは言った。


「お前らがおれのことを知らないのは当然だ。おれは生まれてないことにされてたんだからな」


 つるりと吐き出された衝撃的な言葉に、場の空気が凍る。


「……まさかとは思うけど」


 先ほどよりもいっそう表情を曇らせたカシャが言えば、「たぶん想像通りだよ」とティガルは答えた。


 曰く。


 ティガルは生まれつき、2つの特徴を持っていた。


 1つは竜態が極端に小さいこと。


 海竜族の竜態は誕生直後こそごく小さいが、成長速度は急速で、概ね4歳頃までに大人のそれと同等の大きさになる。

 しかしティガルは成長が初期段階で止まり、以降いつまで経っても小さいままだった。


 もう1つは人間態に角と尻尾が生えていること。


 天竜族同様、海竜族も、人間態は人間族や魔人族と同じ姿であり、外見に特徴は出ない。

 しかしティガルは竜態の時のような角と尻尾が人間態にも付いており、いくら変身を練習しても無くならなかった。


 これらの2点を、クシティ家の者たちは「病の症状」と断じた。

 ティガルは生まれついての病を患っており、種族として欠陥があるのだと。


 クシティ家は、巫女を守る強者を生むことが誉れ。

 ゆえに「病」のティガルは一族の「失敗」とされ、その存在自体を秘匿された。


 大きな屋敷の、奥の奥にある一室。

 ティガルはそこで、他の者がするような訓練も勉学も全て「免除」され、「保護」されることとなったのだ。


 そして時は流れ、つい先月。


 歪で漫然とした日常に嫌気がさしていたティガルは、密かに準備していた脱出計画を実行し、外の世界へと飛び出した。


 以来放浪の旅を続け、その先でライルたちと出会った……というのが、事の次第であった。


「海底国じゃ、身内殺しは厳禁だ。法以前に、宗教倫理としてな。だからおれは、処分されずに上っ面だけ人間らしく扱われた。実際は、人間ってよりペットみたいなもんだったけどな」


 鼻で笑うように言って、ティガルは話しを締めくくる。


 何から何まで、酷い話だ。

 だがマナたち捜索隊の面々は、どこか納得したような、合点がいって溜飲が下がったような表情をしていた。


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