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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第5章 対峙:小は大を制すか
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133話 隠していたもの

「凄く、苦しいよ」


 ティガルはシュリに近付き、後ろ向きになって彼に軽くもたれた。

 小さな背中が、大きな体に触れる。


「でも、あいつらに話すなんて、もっと耐えられない。怖いんだ。だから仕方がない。言えない」


 何を、だとか、「あいつら」が誰を指すのか、だとか、ティガルは具体的な言及を避けて、ぽつりぽつりと言葉を零した。


 しかし敢えて、シュリは尋ねることをしなかった。

 この曖昧な吐露が、今のティガルにできる最大限の甘えであることを理解していたからだ。


 シュリは口下手であるし、スキンシップの激しい方でもない。

 だからこそ彼は、じっと、静かに寄り添う。

 溢れる言の葉のひとつひとつを、少しも取りこぼさず、全て受け止める。


「いつも偉そうな口きいといて、馬鹿みてえだろ。笑ってくれよ」


 ティガルは自嘲混じりにそう言い、シュリから離れた。


「いいや、笑わない」


 すぐさま、シュリは首を横に振る。

 道理を顧みる必要さえ無かった。


「……ほんと、お人好しだな」


 呆れ半分に、ティガルはくすりと笑う。

 その表情は幾分か明るかった。


「拠点に戻ろう。皆も心配している」


「ああ」


 2人は回れ右をして、路地の外へと足を向ける。


 と、その時。


「っ!」


 神経にヒリつくものを感じ取り、シュリがティガルの前に出つつ素早く大盾を構えた。


 直後、キン、と硬い物のぶつかる音がして、盾を持つ彼の手に僅かな振動が伝わる。


 何も見えなかった。

 しかし、何かが盾に当たった。


 ――不可視の攻撃。


 シュリとティガルが警戒態勢に入ると同時に、上空から路地の入口に降り立つ影があった。


「あれ、防がれちゃった?」


「お前は……!」


 その姿を見、ティガルたちはいっそう警戒を強める。


 現れた影の、そして恐らくは先ほどの攻撃を行った者の正体は、アグヴィル協会の一員・ヤシャだった。


「こんにちは。また会ったね、お兄さんたち」


 まるで親しい知人に会った時のように、ヤシャは気さくな笑顔で手を振る。


 だがシュリとティガルは既に知っている。

 彼がアグヴィル協会の一員であり、競りの一件で大勢の人間の命を奪った張本人であることを。


 故に、どれだけ好意的な態度に見えようとも、気は緩められない。


 そもそも彼は、悪意なく、平気な顔で人を殺せるのだ。

 表面上の振る舞いなど何の参考にもならないことは、明白である。


「何の用だ」


 シュリは盾を構えたまま、端的に問う。


 するとヤシャの方も、ごく手短に答えた。


「お兄さんたちを捕まえに来た」


 やはり、「そう」だったらしい。


 隠す気すらない宣言に、シュリとティガルは臨戦態勢に移行する。

 いつでもかかって来い、と言わんばかりに。


 けれどもヤシャは悠長に言葉を続ける。


「ボスにね、言われたんだ。お兄さんたちを探して、見つけたら連れて来いって。ボスは忙しいから、ボクがお手伝いしてるの!」


「ふうん。なら、お前の他にも大勢来てるんだな? なんせお前1人じゃ、まともに仕事なんてできねえだろうからな」


 ティガルが挑発的に返せば、シュリはその意図を即座に理解した。

 2人は一瞬、目を合わせ、互いの意志を確認する。


「むっ! ボク、ちゃんと仕事できるよ! 競りの会場でも見たでしょ? 1人で言われた通りに、みんな殺したよ。だからキミたちのことを連れてくのもできる!」


 一方のヤシャは、何の疑いもなくティガルの思惑通りに口を滑らせた。


 悪意が無く、素直。

 だから直接口止めをされていない限り、聞かれたことには答えてしまう。


 これがヤシャの弱点だ。


「シュリ」


「ああ。ここで無力化しておこう」


 シュリとティガルは頷き合う。


 少なくとも、この場に来ているのはヤシャだけだ。

 ならば下手に逃げようとして周囲に被害を出したり、仲間の居場所や拠点の位置を悟られるよりも、確実に叩いておいた方が良い。


「上等だ。かかってこいよ!」


 ティガルは再度、挑発する。

 と、ヤシャが腕を折りたたむように構えを取った。


「! 来る」


 シュリは素早く1歩前に出、盾を突き出す。


「大盾防御術、《矢弾き》……!」


「わっ、と」


 一瞬遅れて地面を蹴ったヤシャが、彼の盾に「何か」を弾かれ体勢を崩した。


 響いた音は、先ほどと同じ。

 ヤシャはすぐに2、3歩後退し、手首をさすった。


「うーん、さすがに硬いね。斬れそうにないや」


 連続しては攻撃して来ないらしいことを察し、シュリは斜め後方に控えるティガルに声をかける。


「相手の得物は見えたか?」


「いや……まだわからねえ。でもたぶん、魔法じゃなくて物体だ」


「ではもう一度――ッ!?」


 言いながら、シュリがヤシャに向き直った直後、彼の体が硬直した。


 続いて彼は腕を下ろさせられ、盾を取り落とす。

 ぐわん、と盾が地面にぶつかる大きな音が、路地に反響した。


「シュリ!?」


「はい、捕まえた!」


 何が起きたのかとティガルが動転した声を上げれば、ヤシャはニッコリと上機嫌に笑った。

 その両手は何かを掴む形で、前に突き出されている。


 彼の武器の正体をようやく理解し、ティガルは歯噛みした。


「っ、糸か……」


「そうだよ! ボク専用に作ってもらったの。ちょこっと平べったくなっててね、斬るのにも縛るのにも使えるんだ」


 まるで親に貰った物を自慢するかのように、ヤシャは得意げに語る。

 しかし糸に込める力は少しも緩まず、依然としてシュリを強く拘束していた。


「くそっ!」


 ティガルはシュリを解放すべく、ヤシャに向かって攻撃を繰り出そうとする、が。


「おっと! 待って待って、動かないで。動くとお兄さんをこのまま斬っちゃうよ」


 ありきたりな脅し文句ひとつで、彼の足は止まってしまう。


 早撃ち勝負のように一か八かの賭けに出ることもできるのだろうが、ティガルには酷な選択肢だ。


「……ボスに引き渡すのが、仕事なんじゃねえのかよ」


「連れてくのは1人だけでもいいって言われてるからね。それに、どっちかっていうと……キミのが物知りじゃない?」


 せめて冷静に対処法を練ろうとしていたティガルの内心が、ざわりと波立つ。


 知っているのか。

 知られてしまっているのか。

 あるいは偶然か。

 ハッタリか。


 警戒と疑念、それに加えて自己嫌悪が巻き上がり、彼は反射的に言い返しそうになるのを必死で堪えた。


 そんなティガルの心情など露知らず、ヤシャはへらりと笑う。


「まあいいや! 両手を上げて、ゆっくりこっちに来てくれる?」


「…………」


 呑気な声で出される指示に、ティガルは黙って従う。

 従うほかなかった。


「ティガル、駄目だ。あなたは逃げて、皆に知らせを……」


「うるせ」


 彼はシュリの言葉を一蹴し、敵を前に唸りを上げる野犬のごとく、鋭い目つきでヤシャを見据える。


「はい、そこで止まって!」


「…………」


「はあい、縛るからねー。痛くはないから大丈夫!」


 音もなく、ティガルの体は糸に巻かれ縛りつけられた。


 至近距離、かつ動きがわかっている状態ですら、彼にはヤシャの操る糸が見えなかった。


 だが、縛られている自分と、縛っているヤシャ。

 この2点さえわかれば、不可視であってもそこに在る糸を認識することはできた。


 それゆえに、ティガルの勝ちは確定した。


「よし! じゃあ行こっか」


「おい」


「ん? 何?」


 2人を引き、歩き出したところで呼びかけられ、ヤシャはごく自然に振り向く。


 瞬間、彼の目の前には鞭のようにしなる何かが迫っていた。


「あぐっ!?」


 回避も間に合わず、彼は顔を殴打される。

 咄嗟に手元を確認すれば、シュリとティガルに繋いであったはずの糸が切れているのがわかった。


「あ、え、なんで……?」


 困惑しながら、彼は顔を上げる。


 そこには拘束から解放された2人が立っていた。

 しかし、おかしな点がひとつ。


「馬鹿が。海底国に居るくせに知らねえのかよ」


 ティガルは勝ち誇った表情で言う。


「海竜族の鱗は頑丈なんだ。お前の雑魚糸なんか、余裕で切れるんだよ」


 その服の裾からは、人間態にはあるはずのない、尻尾が垂れていた。


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