132話 嘘と苦痛
「ってわけだ。一応、アグヴィル協会のことは伝えられたぜ」
慌ただしく神殿を去ったライルたち。
彼らは捜索隊の拠点へと戻り、会議室でマナたちに事の次第を伝えた。
「ご苦労様、ありがと!」
にっこりと笑ってマナは言う。
予定通りに行って満足、といった感じの表情だ。
彼の隣に座るイハイも、うんうんと頷いている。
心なしか、個人的な嬉しさが滲み出ていた。
残る2人――マッポとニパータはというと、会議室にはいない。
何でも、ライルたちが帰って来るより先に神殿前の爆発騒ぎを聞き付けて、様子を見に出て行ったのだとか。
水面下で戦う海底国軍『箱庭』捜索隊らしい、情報収集に余念の無い動きだ。
「そうだ、あとこっそり会いに来たいなら隠し通路を使えってさ。場所はイハイが知ってるって言ってたけど……」
言いながら、ライルは視線をイハイに移す。
するとイハイは、いっそう嬉しそうに首を縦に振った。
「うん! きっと俺が小さい頃に使ってたやつのことだね。ちゃんと覚えてるよ」
「へえ、キエと一緒にこっそり神殿に入ってたのか?」
「違うよ。俺が忍び込んでたの」
「? そうなのか」
彼の返答にライルは小首を傾げる。
てっきりイハイとキエが幼い頃に遊びで……ということかと思っていたが、そうでもないらしい。
察するに、彼が1人で神殿に入り、それをキエに話していたのだろう。
いずれにせよ、ちゃんとイハイが隠し通路のことを知っていたことに、ライルは安堵した。
「でもあそこって、もう閉じられてるはずだよ。どうやって入ったらいいのかな?」
と、今度は彼の方が疑問を呈した。
それについては既にキエから対処法を教わっている。
ライルは聞いた言葉を思い返しながら、口を開いた。
「ああ、それは」
「おれたちが通る時だけ開くらしい」
しかし続く台詞をティガルが奪い、そう言い放った。
神殿でキエの話を聞いたライルたちは、揃って目を丸くする。
全くの間違いではないが、それだと何か違わないか、と。
「ふーん?」
厳密な事実を避けた曖昧な表現に、黙って耳を傾けていたマナも片眉を上げる。
が、彼は特段追及することもなく、パッと表情を笑顔に戻した。
「まあ通れるなら何でもいいよ。それより、なんかゴメンね。せっかくお告げ通りに神殿に行ったのに、そっちの収穫は無しのままでさ」
そう言えば、そうである。
ライルたちがキエに会いに行った目的のひとつは、ウリファルジの指示に従い『箱庭』到達に関する助言を貰いに行くことだった。
何ならこれから教えてもらうぞ、というところまで会話は進んでいたのだが、あいにく例の爆発に邪魔をされてしまったのだ。
「キエの安全の方が大事だよ。『箱庭』のこと聞きに行くのは、何なら事が収まってからでも良いし。な?」
「もちろん。法は犯しても、人道は犯さないわ」
自分は気にしていない、とライルが表明すれば、発言の鉢を回されたカシャも即座に同意する。
いつだってそうだ。
雷霆冒険団は、犯罪者の集団でありながらも、決して人心は忘れない。
忘れてはいけない。
踏み越えてはならない一線を抜けてしまえば、執行団やアグヴィル協会と同じである。
犯罪者であることは事実であるし、言い分はあれど言い訳は効かない。
だからこそ、「法に背き『箱庭』捜索の禁を犯すこと」が、常に「最も悪いこと」でなくてはならないのだ。
罪を犯せど、人間であり続けることはできるのだから。
* * *
一連の情報共有を終えた一同は、次の行動はひとまずマッポとニパータの帰り待ちということになった。
マナとイハイは何やらやることがあるらしく各々自室に戻り、反して特にすることの無いライルたちはそのまま会議室に残る。
けれども空気はシンと静まり返っており、ちょっぴり気まずい。
ほとんど皆、頭にある話題は同じなのだが、言い出すタイミングを揃いも揃って見失っていた。
というのも、マナたちが去ってからすぐ、全員が同時に口を開いたのが原因だ。
話を切り出そうとして彼らが発した「なあ」とか「あの」とか「ねえ」とかいった音が、いっぺんに重なり異音と化して、反射的にこれまた全員が口を閉じて、沈黙が降りる。
……この流れを1度のみならず3度ほど繰り返し、そのまま現在に至るわけだ。
少々、いやかなり間抜けである。
しかし明るい話題ならいざ知らず、あまり楽しくはない話題だ。
切り出すのにも「機」というものを見る必要があるだろう。
「なあ、ティガル」
と、遂にライルが発話に成功する。
やっと事が進む、と彼含めた面々は内心胸を撫で下ろした。
ただ1人、話しかけられたティガルを除いて。
「さっきは何であんな嘘吐いたんだ?」
ライルがそう続けると、ティガルは元々険しかった表情を更に険しくする。
ぷいとそっぽを向き、完全に拒絶の姿勢だ。
「……どうだっていいだろ。『隠し通路を使える』っていう最低限の事実は伝えたんだから」
確かにそうだが、かと言ってあの表現では後々齟齬から不都合が生じかねない。
それはティガルもわかっているだろうに。
再び沈黙が流れかけたところへ、フゲンが軽く溜め息を吐いた。
「お前なあ、言いたくないなら言いたくないって、ハッキリ示しといた方がいいぞ? 中途半端にやり過ごそうとすると、後で厄介なことになりがちだからな」
「俺みたいにな」
ライルは欠けた記憶の件を思い返して言う。
知識が虫食い状態になっているのを誤魔化し続けようとした彼は、地底国で事が発覚するまで、無用なストレスを溜めるハメになっていた。
経験者は語る、である。
「本当のことを白状しろって、言わねえんだな。お前らは」
眉間の皺を少し薄くして、ティガルは言う。
「秘密にしておきたいことくらいあるわよ。それが物凄く、こう……人の命に関わるとかだったら、教えてほしいけれど。でもたぶん、ティガルのはそうじゃないでしょう?」
次いでクオウがそう言えば、彼はちらりと彼女の方を見て、また視線を逸らした。
「……情けねえの」
小さな呟きが、零れ落ちる。
きっとそれは、自分に向けた言葉なのだろう。
ティガルは俯き、呻くように続けた。
「おれは……言えない。ましてあいつらになんか、合わせる顔もねえんだ」
「ティガル……」
全く以て、他人事ではない。
ライルは心配と同情から、彼の名を口にする。
が、ティガルが応えることはなかった。
「外の空気吸ってくる」
おもむろに席を立ち、誰が制止する間も無く、彼は会議室を出て行く。
彼を追うように、真っ先に立ち上がったのはシュリだった。
「自分がついていく。みんなは待っていてくれ」
「……ああ、頼んだ」
ついていきたい気持ちを抑え、ライルは彼に託す。
こういう時――ことティガルに関しては、複数人で行くよりも、1対1の方が上手くいきやすい。
そんな気がしていた。
シュリは会議室を、そして拠点を出て、ぐるりと周囲を見回す。
すると付近の路地にティガルが入っていくのが見えた。
「ティガル!」
急いで追いかけ、彼の背に向かって呼びかければ、ティガルはしかめっ面で振り向く。
「……んだよ」
「あなたが心配で」
心の底から、素直な言葉を口にするシュリ。
ティガルに逃げようとする様子は無い。
「ティガル、あなたは……とても苦しそうだ」
「!」
「己の抱えるものを、さらけ出すのは嫌だ。けれど隠したままなのも辛い。そんな、顔をしている」
シュリは地底国の、あの知人のことを思い出していた。
孤児院の院長であり、町の医者でもあるスアンニー。
とても重いものを抱えて動けなくなっていた彼の思い詰めた表情と、今のティガルの様子は、どこかに通っているのだ。
「…………」
「あ、いや、違ったらすまない。勝手な思い込みだと、笑ってくれ」
「……ふっ」
ティガルは、小さく笑う。
自嘲だった。
「違ってねえよ」
諦めたような、しかしどこか安堵するような声色で、彼は言う。
暗い海のような色の瞳が、鈍く揺れた。