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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第5章 対峙:小は大を制すか
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131話 友だちの言葉

「あ、そうだ。その前に……」


 キエが話し始めるより先に、ライルが声を上げた。

 例の、アグヴィル協会の件を先に伝えようというのだ。


 しかし彼は、切り出し方に迷い口ごもる。

 藪から棒に言っても良いのだろうか、と。


 そこで代わって、カシャが口を開いた。


「巫女様、私たちからもお伝えすべきことがあります。不躾ながら、先によろしいでしょうか」


「? はい。構いませんよ」


 不思議そうな表情をしつつも、キエは頷く。


「ありがとうございます。……ところでこの部屋は、監視などはされていますか?」


「いいえ。神聖な場ですから、いかなる不純物もございません」


 カシャの質問によって何かを察したのだろう、顔をやや強張らせてキエは返した。


 ひと呼吸おいて、カシャは続ける。


「単刀直入に申し上げます。巫女様は、アグヴィル協会に狙われています」


「えっ?」


 目を丸くし、裏返った声を出すキエ。

 よほど予想外の言葉だったのだろう、それから彼女は困ったように、眉を八の字にした。


「……申し訳ありませんが、それは誤情報ではありませんか?」


 キエはカシャたちを嘲笑することも、嘘吐きだと警戒することも無く、ただ提示された情報への不信だけを露わにする。


「アグヴィル協会のことは存じております。しかし彼らが、私に手を出すなどという大胆なことをするとは、とても」


 どうやら経験則から、そんなことは起こらないと考えているらしい。

 彼女が、ひいては海底国の人々がこう思うことも、きっとアグヴィル協会としては織り込み済みなのだろう。


 と、そこへクオウが慌てて口を出した。


「本当よ! 海礼祭で、あなたに何かしようとしてるって、捜索隊の人たちが!」


「……捜索隊?」


 はた、とキエから声が零れる。

 無意識に反応してしまったかのような、全く虚を突かれたような声だった。


「ああ、海底国軍『箱庭』捜索隊の人たちだ。イハイ、って奴もいるよ」


 次いで、ライルが付け加える。


 イハイの話によれば、彼とキエは友だちだという。

 友だちの言葉だとわかったなら、多少なりとも信用度は上がるはずだ。


 無論、それはキエがイハイのことを覚えていればの話だが。


 なにせ巫女であるキエは、神殿から出ずほとんど人にも会わない。

 彼女と「友だち」という関係を結べるのは、彼女が巫女になる前の期間――恐らくは幼少期に限られるだろう。


 果たして、吉と出るか凶と出るか。

 ライルはそっと、キエの反応を窺う。


 するとどうだろう。


 キエは、両の目からぽろぽろと涙を流し、顔を伏せて泣き始めた。


「だ、大丈夫か!?」


 まさか泣かれるとは露ほども思っておらず、ライルは仰天する。

 話を信じてもらえるとかもらえないとか、そういうことは頭の中から吹っ飛び、ただ困惑と心配が思考を占めた。


 ライルは彼女の傍に寄り、精一杯の慰めとして背中をさすってやる。


「す、すみませ、……っ」


「いや、こっちこそごめん!」


 知識が欠けているせいで、気付かないうちに何かとんでもないことを言ってしまったのか。

 もしくは人の心を解せず、無神経にキエの気持ちを傷付けてしまったのか。


 ライルは弱って、フゲンたちの方を見る。

 驚いた顔、憂う顔、複雑な顔……ライルを責める表情の者はおらず、みな概ねライルと同じ反応をしていた。


 どうやら自分がへまをしたわけではないらしい、とライルは理解すると共に、ますます頭の中に疑問符を生やす。


 発言そのものが問題でないならばどうして、キエはここまで取り乱しているのだろうか。


 その問いの答えも見つからないまま、しばらく時間が経ち、やがて先にキエが平静を取り戻した。


「お見苦しいところを、申し訳ありませんでした。先ほどのお話……信じます」


「! そうか」


 ひとまず、ライルは安堵する。

 けれども彼女がどうして泣き出してしまったのか、引っ掛かりは無くならない。


「海礼祭の日、ということ以外にはまだ何もわかっていませんが、巫女様のことは必ずお守りします。今後、こちらから密かに接触を試みる可能性もありますので、どうか驚かずにご対応いただければと」


「わかりました。ありがとうございます」


 カシャが話を続ければ、キエは元の調子で頷いた。

 ちり、と髪飾りが揺れる。


「ま、ガチガチに心配しなくてもいいぜ! オレたちもマナたちも、頑張って何とかするからよ」


「ああ、傷ひとつ付けさせない!」


「わたしたち、けっこう強いのよ。悪い人たちみんな、やっつけちゃうから!」


「狙いがわかってる分、対応しやすいはず。絶対に手出しはさせないわ」


「僕は天竜族ですから、いざとなったら飛んで逃げることも、盾になって守ることもできます」


「自分も、守備はそれなりに得意だ。きっと力になれる」


 一行はやいのやいのとキエを元気付ける。

 キエもまた、ライルたちの明るい気遣いに表情を和らげた。


 と、そこで。


「巫女……様」


 ティガルがおずおずと、歩み出た。


 目を泳がせ覇気の無い様子の彼は、いかにも重い足取りでキエへと近付く。

 どうしたのだろうかとライルたちが見守る中、ティガルは吐息と共に口を開いた。


「おれは……」


 彼は声を落とし、何かをキエに囁く。


 ひと言ふた言ではない。

 言葉というより話を、彼は発しているようだった。


 ひそ、ひそ、とティガルが何か言うたびに、キエの目が徐々に見開かれていく。

 その色は驚愕であり、悲嘆であり、憂鬱であった。


 やがてティガルは口を閉じ、後ずさるようにキエから離れる。


 キエは彼を少し目線で追い、悲しい微笑みを浮かべた。


「そうだったのですね」


 どんな話だったのか、などと尋ねる不躾さは誰も持ち合わせていない。


 それがまだ、ティガルがライルたちに語っていないものであろうことは、確かに察せられた。


「では皆様、こう致しましょう。私の権限で、皆様が神殿に出入りすることを常時許可します。正面から訪ねてくださっても良いですし、人目を避けたい時には隠し通路を使ってください」


「隠し通路? そんなものもあるのか」


「はい。魔法で封がされていますが、ティガルさんが居るなら開けられるはずです。そして場所は――イハイが、知っています」


 キエの瞳に、深い悔恨がよぎる。

 が、彼女はそれをすぐに隠して、ライルたちの方へと意識を戻した。


「改めて、ご警告ありがとうございます。本来ならば私が皆様の助けになるべきなのに……」


 そう言いかけた、次の瞬間。


 ズズン、と鈍い地響きがして、部屋全体が揺れた。

 決して小さくはない揺れだ。


「なんだ!?」


 ライルは咄嗟にキエを庇いつつ、周囲を見回す。


 部屋自体に破損は無い。

 魔法が発動した様子も無い。


 どうやら揺れは、外部からのもののようだ。


「巫女様!」


「巫女様、御無事ですか!」


 慌ただしい足音と共に、世話係の女性と兵士数人が駆け込んで来る。


「何事ですか?」


「神殿の表で爆発が。今、兵らが対応に向かっております」


 一同は息を呑んだ。


 ただごとでないのは確実だったが、爆発とはあまりに物騒である。

 十中八九、何者かによる人為的なものだろう。


「皆様、裏口からお逃げください」


 兵士たちと共に警戒を強めるライルたちに、キエは意を決して言った。


「え? フツーに正面突破すれば――」


「待てフゲン!」


 暴れる好機だと今にも走り出しそうなフゲンを、ライルが制止する。


「襲撃者はアグヴィル協会の奴かもしれない。俺たちが巫女と会ってたのがバレるとまずいだろ」


「お、確かに」


 アグヴィル協会が巫女を狙うのは海礼祭の時であっても、それ以前に何も仕掛けてこないとは限らない。


 陽動、仕込み、挑発……考えられる線はいくつもある。

 協会とライルたちの戦いは、既に始まっているかもしれないのだ。


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