128話 「こっそり」は難しい
「? おい、ティガル――」
「なんで国からろくでもない目に遭わされてるお前らが、国を救いたいなんて思うんだ? 馬鹿馬鹿しい、薄っぺらい偽善並べやがって。貴族連中にそっくりで反吐が出る」
ティガルはライルの言葉を遮って続ける。
たっぷりの嫌味と疑心が籠った言葉。
惜しげもなくそれを並べ立て、彼は視線を鋭くした。
無遠慮もいいところな台詞をぶつけられたマナたちはというと、怒るか悲しむかするかと思いきや、少しだけ驚いたような顔をしただけ。
「へえ……。そう。なるほど、君のことは大体わかったよ」
マナは2、3度頷きながら呟き、パッと笑顔を作った。
「いや、痛いところを突いてくれるね! わかったわかった、僕が悪かったよ。さすがに不誠実だったね」
特に大きく機嫌を損ねたふうでもない彼と仲間たちに、ライルは胸を撫で下ろす。
喧嘩にならなくて良かった、と。
しかしティガルのひねた姿勢は困りものだ。
いったい何が、彼をこうも素直でなくさせてしまったのか。
ライルが内心首を捻っている間に、マナは椅子に座り直し、改めて口を開いた。
「国を守りたいってのは全くの嘘じゃない。でももっと優先したいものがある」
「優先したいもの?」
「巫女だよ」
マナは即答する。
顔からは笑みがふっと消え、瞳の奥の深海が揺らめいた。
「巫女は海底国において最も権威ある存在だ。神から預言を賜ることもできる。年に1度しか神殿から出ず、世話係を通じてのみ他者と関わり、神の声が降りる時をひたすら待つ。一般人にとっては雲の上の人」
とうとうと語り、ひと呼吸。
彼はゆっくりと言った。
「でもね、彼女は人間だ」
静かな怒りを孕んだその声に、ライルは目を見開く。
人間。
そう、どんなに偉くとも、特別な力があろうとも、人間は人間。
神の愛を平等に享受し、慈しみ合い愛し合うべき生き物である。
マナの言葉の意味を痛いほど理解すると共に、競り会場でのことを思い出して、ライルはまた顔を曇らせた。
「僕たちと同じ人間。泣くし笑うし、怒りもする。なのに貴族たちは巫女を都合の良いように『解釈』して扱う。それだけでも酷いのに、貴族より更に貪欲で残虐なアグヴィル協会にまで……なんて、許せるわけないよね」
肩をすくめ、マナは言う。
軽い仕草に反して、声は重い。
「巫女に会ったことがあるのか?」
フゲンが何気なく尋ねれば、マナがそれに答える――ことはなく、代わりにイハイが声を上げた。
「あるよ」
黄色い瞳をくりくりと動かし、彼は続ける。
「キエは俺の友だちだもん」
親しげに口にした名前は、察するに巫女のものだろう。
あっけらかんと笑うイハイ。
傍らではマッポが悲しみを帯びた目を伏せ、ニパータが視線を逸らし、マナが一瞬だけ唇をかたく引き結んだ。
「キエは優しいよ。笑ってたし、泣いてたし、怒ってくれたよ」
イハイは無邪気に話す。
その言葉の端々と場違いな明るさから、ライルたちは皆、彼と巫女・キエの存在するであろう関わりに仄暗いものを垣間見た。
また同時に、海底国の抱える汚泥も。
「……そうかよ」
最初に噛みついたっきり一応は黙って話を聞いていたティガルが、ぽつりと零す。
彼はライルたちの方を向き、ぶっきらぼうに言い放った。
「協力、お前らがするってんなら、おれもしてやる」
「じゃ、決まりだな!」
とっくのとうにマナたちに協力する気でいたライルは、彼の言葉を聞くや否やそう返す。
フゲンたち5人も同様、異論などない表情だ。
「交渉成立だね。これからよろしく、雷霆冒険団!」
「こちらこそ!」
マナとライルは握手を交わす。
冒険者と軍人の共同戦線。
奇妙な組み合わせも、これで2回目だ。
「さあて、さっそく作戦会議といこう! まずは君たちの種族を教えてくれるかな」
まずは基本情報の共有を、ということであろう。
流れるように、マナは促した。
「俺は人間族だ。けど魔人族の血も入ってるから、少しなら魔法が使える」
「オレも人間族だぜ」
「僕は天竜族です」
「見ての通り、有角族よ」
「わたしは魔人族!」
「人間族だ」
ライルをはじめとし、フゲン、モンシュ、カシャ、クオウ、シュリがそれぞれ答える。
そうして最後に、ティガルが億劫そうに口を開いた。
「……海竜族、と有角族の混血。一応、竜態にもなれる」
「へえ、そうなんだ」
「なんだよ。文句あるのか?」
「無い無い」
マナは両手を軽く振って弁明する。
他種族同士が番になった場合、多くはどちらかの特徴のみが子どもに発現するものだ。
例えば人間族と魔人族が交わった時、人間族の子どもが生まれるように。
一方で比較的低確率ではあるが、両方の特徴を備えた子どもが生まれることもある。
しかしその場合、両種族の特徴は薄く発言することとなるのが専らだ。
人間族と魔人族の例で言えば、体がやや強く、魔法が少しだけ使える……といった具合である。
ライルはその知識を思い返し、なるほどと納得した。
ティガルの竜態が小さいのは、恐らくそのためなのだと。
ちょっぴり気になっていた疑問が解消され、ライルはまた新たな気分で目前の会話に意識を戻した。
「次は僕らだね。僕とイハイは海竜族で、マッポは海竜族と魔人族のハーフ。ニパータは……何族って言うのが良いかな?」
マナはそう言って、ニパータの方を向く。
当のニパータは首を右へ左へ捻り、悩みつつも答えた。
「うーん、生物兵器族? とか?」
「生物兵器……?」
物々しい呼称に、真っ先にカシャが反応する。
ちなみに人の形をした兵器と言えば、地底国で会ったセツヨウ一行のフジャもそうであったが、しかし彼女らはそのことを知らない。
全く初めて聞く単語に眉をひそめるカシャだが、当のニパータは世間話でもするかのようなトーンで話を続けた。
「そーそー、アタシ軍に造られた兵器なの。色々あって廃棄寸前に助けてもらったんだー」
ねー、と彼女はマナたちに笑いかける。
またもや気配を濃くした海底国の闇に、ライルたちは神妙な顔をした。
否、もしかすると、「兵器」の話はこの国に限ったことではないのかもしれない……と。
「まあ機能的には海竜族に近いかなーってカンジ。よろしくー」
「じゃ、紹介も済んだところで本題に入ろうか」
マナもまた大して怒りなんかを表に出すことなく、議論を次に進める。
「この海礼祭巫女護衛作戦において、重要なのは2つ。1つは避けられないであろうアグヴィル協会との戦闘に、どういう形であれ『勝つ』こと。もう1つは、巫女にこの危機を知らせること」
「あのう、協会に勝つっていうのはわかりますけど、後者は可能なんですか? 彼女とはお世話係の人以外、会えないんですよね……?」
モンシュがおずおずと疑問を呈すれば、マナは「そう!」と彼を指差した。
「そこなんだよね。最悪、巫女への知らせは無くても作戦破綻はしない。でもできた方が作戦の成功率はぐんと上がるから、どうにか伝達をしたいんだよ」
「ら、雷霆冒険団の皆さんは、何か良い考えがあったり……しませんか……? こう、外界を旅して来たからこその知見ですとか……」
申し訳なさそうにマッポが言う。
だがライルたちが行ってきた侵入だとか秘密裏の伝達だとかは、ほとんど力技のものだ。
カラバン公国の遺跡やローズ公国の城への突撃、執行団二番隊の拠点攻略は、概ね強行突破。
またローズ公国でローズの目をかいくぐっての情報交換などが成立していたのは、彼女の魔女としての特性を利用できたからこそだ。
どれもこれも、今回の件には適用できない方法ばかり。
可能性があるならば魔法を活用した何かしらだが、巫女を守る厳重な警備に、魔法対策が組み込まれていないとは考えにくい。
頭を悩ませる彼ら――だったが、そこにひとつの視線が注がれていた。