127話 蔓延る野心
「それは良いんだけどよ、オレらを連れて来た理由を教えてくんねえか?」
遠慮なく椅子に座りつつ、フゲンはマナに言う。
座ると言っても、背もたれを前側にしたお行儀の悪いスタイルだ。
「おっと! 失礼、説明を忘れていたね」
少々演技がかった仕草でマナは手を叩き、「ええと、どこから話そうかな」と思案する。
その間にライルたちも各々室内に点在する椅子やらソファやらに腰を下ろしていくと、玄関扉の開く音が聞こえてきた。
次いでバタンと扉を閉める音がして、2人分の足音が近付いてくる。
そうして部屋に入って来たのは、吊り目の少女と、青い髪の少年だった。
「マナー、マッポー、帰ったよー」
「ふいー、疲れたあ……ん?」
少年はライルたちに気付き、首をこくりと傾げる。
「あれ、お客さん?」
彼は同じく見知らぬ一団を視認した少女と、顔を見合わせた。
警戒心こそ無いようだが、状況が呑み込めていないようだ。
「お帰り、ニパータ、イハイ。こちらは雷霆冒険団御一行だよ」
マナはマッポにしたのと同様に、平然とライルたちの紹介をする。
どうやら少女の方がニパータ、少年の方がイハイというらしい。
「2人とも、首尾は?」
「上々ってカンジ。子どもたちは救出して、憲兵に預けてきた」
「エニシにも見つかんなかったよ! いえーい」
彼女らの言葉を聴き、ライルはハッと顔を上げる。
「エニシに見つからないように」行った「子どもたちの救出」。
それはすなわち、あの競りに出されていたあの子たちを、ニパータたちが助け出したということ。
競り会場からの脱出後、マナが「心配しなくていい」と言っていたのは、既に仲間を向かわせていたからなのか。
ライルがそう理解しマナの方を見れば、彼は一瞬だけライルに視線を寄越してお茶目にウインクをした。
「ありがとう。ニパータもイハイも、お疲れ様。……で、本題に戻ろうか、雷霆冒険団諸君」
マッポの隣の椅子に座り、マナはゆっくりと足を組む。
そうして水色の瞳をライルたちに向け、言った。
「単刀直入に言おう。君たちをここに連れて来たのは――アグヴィル協会を共に打倒してもらいたいからだ」
「は? 正気か?」
間髪入れずにティガルが口を挟む。
驚愕と不快感とがいっぺんに声色に出ていた。
「ま、まあまあ。お話を聞いてみましょう」
すぐさま次の罵倒を装填しそうなティガルだったが、その前にモンシュが穏便に引き下がらせる。
一方のマナは特に気にした様子も無く、何事もなかったかのように言葉を続けた。
「まず前提として、海底国は国として腐りきっている。原因は主に2つ。権力にご執心の貴族連中と、金と暴力で社会を弄ぶアグヴィル協会だ。そして今、アグヴィル協会はその勢力を急速に拡大させつつある」
ああ、とライルは思い返す。
海底国ではアグヴィル協会の威を借りた小悪党たちが、好き放題やっているとの話だった。
あれはアグヴィル協会自体の増長が原因だったのか、と彼は嫌な納得感を得る。
「かつては裏社会のトップに君臨し、けれど表には出て来なかったアグヴィル協会……。それが今のボス、エニシの台頭によって変化してきている。端的に言えば、より直接的かつ、強引に、社会に進出しようとしているんだ」
「既に乗っ取られた街もいくつかあるよ。あとで教えたげるねー」
イハイが横から補足する。
軽い口調だが、言っていることは明らかに深刻だ。
「僕も馬鹿じゃないからさ、別にアグヴィル協会を潰そうってわけじゃないよ。ただあいつらがこれ以上調子に乗らないよう牽制したいっていうのと」
いったん言葉を区切り、マナは机の端に積まれた紙の中から、1枚を取り出した。
彼がライルたちの前に差し出したそれはどうやらチラシのようであり、画面上部にでかでかと「海礼祭」と書かれている。
「? 海礼祭って……何の祭りだ?」
「海礼祭は年に一度、国全体で神に祈りを捧げる行事さ。全ての街の代表者が首都に集まって、貴族たちもみんな参加する。そして……この時にだけ、普段は神殿に居る巫女が姿を現すんだ」
マナの返答を聞き、ふと、シュリが口を開いた。
「……アグヴィル協会は、巫女に何かしようと?」
「そ。察しがいいね。あいつらはこれに乗じて、彼女に良くないことをしようと目論んでいる。具体的に何かはわからないけど、手を出そうとしてるのは確実だ」
あっさりとマナは頷く。
他国民でさえその特別性と権威を認知するほどの「海底国の巫女」が狙われることが、いかに重大な事態かなど議論するまでもない。
いくら力を持つアグヴィル協会とはいえ、あまりに大胆不敵な計画だ。
「アタシとイハイが会議の現場見たからね。あと物資と人の流れも、ここ数週間で急に活発化してる」
「えっと、アグヴィル協会は私たちのことを歯牙にもかけていませんから、諜報活動がやりやすいんです」
「俺たち、資金も権力も無いし、情報もろくに共有されない。しかも隊員はこの4人だけ! 顔も軍内にすら知れ渡ってないし、警戒されるわけがないんだよねえ」
ニパータたちが口々に言う。
どうやら今回の競りへの対応然り、彼らなりにアグヴィル協会への警戒を常日頃から行っているようだ。
「……って、え? 4人?」
ライルはイハイが口にしたその数字を、思わず復唱する。
「捜索隊だろ? 『箱庭』の。なんでそんなことになってるんだ?」
『箱庭』捜索は、その成否が各国の情勢を大きく揺るがす一台事業と言える。
何せ、最初に到達して「我が国の差し出した願いだけを叶えてほしい」と願ってしまえば、絶大な力を独占したに等しくなるのだ。
だからこそ国は一般人の『箱庭』捜索を禁止したわけだし、ライルたち冒険者は国より早く『箱庭』に到達する必要がある。
当然、国は可能な限り最良の人員を『箱庭』捜索隊として編成し、任務に当たらせているわけなのだが。
「たった4人だなんて……海底国は『箱庭』を探す気が無いのか?」
「んー、まあ半分……いや4割くらい? はそうかな」
マナはくすりと冷笑を零す。
「巫女がね、預言したんだ。『箱庭』捜索は争いと凶事を招くものだから、人々は謙虚に座していなさい……ってね」
「巫女が……?」
「伝統的に、海底国では巫女の預言は絶対だ。でも実際はいろんな派閥がいてね。心から巫女を敬って信じる人、単なる政治の道具だとしか見ていない人、信じてはいるけど邪魔に思ってる人。そういう人たちの本音と建て前がぶつかり合って、できた歪みが僕たちさ」
にっこりと嘲笑い、軽蔑を込めてマナは語った。
「『箱庭』捜索をしたい。したくない。他国を牽制したい。全部が混ざった結果、ハリボテの捜索隊に軍の鼻つまみ者が放り込まれた」
「俺たちみんな、軍の中じゃ蓋をされた臭いものって感じだからね! 殺されてないだけマシなレベルで! ちなみに俺は巫女の成り損ないね」
無邪気にイハイが付け加える。
中性的な細い首が、くつくつと笑うのに合わせて動いた。
「てわけで、僕たちだけじゃアグヴィル協会に勝つなんて全然無理なんだけど。貴族はまあ論外として、軍を頼ることもできない。嫌われてるのもそうだし、ずっと前から軍の上層部にはアグヴィル協会の息がかかってる」
「それで、第三者の俺たちに?」
ライルが問えば、マナはゆっくりと頷く。
「……僕たちは今後、君たちの『箱庭』捜索に全面的に協力しよう。だからその見返りとして、どうか一緒に巫女を守り、アグヴィル協会に一泡噴かせてほしい! 海底国の平和のためなんだ!」
力強い言葉、視線。
真摯な態度に、ライルが首を縦に振る――その直前に。
「嘘言ってんじゃねえよ」
そう吐き捨てたのは、顔をしかめたティガルだった。