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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第5章 対峙:小は大を制すか
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123話 秘密の競り

 翌日、日が暮れる頃。

 ライルたち7人は揃って、件の路地へと向かった。


 路地には既に昨日の少年がおり、彼らに気付くと手を大きく振って歓迎の意を示す。


「お兄さんたち、来てくれたんだね!」


「ああ。他の仲間も一緒なんだが、いいか?」


「いいよいいよ! さ、ついて来て!」


 昨日「秘密のこと」だと言っていたわりに、少年の反応は軽い。

 彼は遊びにでも行くように路地の奥へと歩き出し、ライルたちもまた彼に続いた。


 今回、最低限為すべきことは2つ。

 1つは競りを観察して『箱庭』の手がかりが無いか探ること。

 もう1つはこの奇妙な少年の実態を確かめること。


 後者については、もし少年が劣悪な扱いを受けているのであれば皆で協力して助けよう、ということでライルたちは合意していた。


 少年は入り組んだ路地を右へ左へ、あるいは上へと進んで行く。

 そうした末に彼が辿り着いたのは、三方を石の壁に囲まれた袋小路だった。


「あら? 行き止まりね」


 道が終わってしまったことにクオウが疑問を呈すると、少年は振り返り、にんまりと笑う。


「ふっふっふ。これはねえ、ここを……こう!」


 言いながら、彼は右手の壁の一部を強く押した。

 すると壁がズシン、と振動して動き始める。


 ちょうど玄関扉くらいに区切られた面が下へと沈み込み、ぽっかりと口を開けた空間が現れた。


 暗いそこを覗き込めば地下へと続く階段があり、ライルたちは「おお……!」と感嘆の声を上げる。

 まるで秘密基地のような仕掛けだ。


「はーい、入って入って!」


 少年は足取り軽やかに階段を下る。

 後に続くライルたちが全員、秘密の空間に入ったところで、入り口の壁はまた動き出して元の位置へと収まった。


 階段は狭く、明かりも無いため足元がほとんど確認できない。

 転げ落ちないよう慎重に進むライルたちだったが、ほどなく前方に光の漏れ出る扉らしきものが見えた。


「とうちゃーく!」


 少年は元気よく言い、その扉を開け放つ。

 にわかに眩い光が視界を埋め、ライルたちは思わず目を細めた。


 数秒かけて目が慣れてくると、徐々に眼前の景色が明瞭になる。


 演劇の舞台のような壇、それを扇形に囲む席、天井でぼんやりと光るシャンデリア、煉瓦が剥き出しの壁。

 煌びやかさと粗末さが入り混じったホール――ここが、競りの会場であるらしかった。


「空いてる席に座ってもいいし、適当に立っててもいいよ」


 通路を歩きながら、少年は言う。

 開場間近なのだろう、席には既に多くの人々が座っており、ほぼ満員に近い状態だ。


 客層はいかにも金持ちそうな人物から、怪しげな服装の者、フードや仮面で顔を隠した人もおり、様々である。


「それじゃ、ボクはお仕事あるから後でね」


「仕事?」


「うん。頼まれてるんだ」


 「頼まれている」。

 その言葉に、ライルたちはぴくりと反応した。


 頼まれれば断れないこの少年、無理矢理働かされているという可能性もある。

 彼が立ち去ってしまう前にと、すかさずカシャが口を開いた。


「ねえ、この競りが終わったらまた話せるかしら?」


「もちろん! えへ、楽しみにしてるね」


 少年には嫌がる素振りも、言葉以上に何かを期待する素振りも無い。

 彼は踵を返すが、不意にその足をぴたりと止めた。


「そうだ、名前言ってなかった。ボクはヤシャ、よろしくー!」


 言い終える前――「よろしく」の「ろ」を発音する辺りで、少年改めヤシャは再び足を動かし、薄暗がりの中に消えた。


「自己紹介しながらどっか行った……」


「面白い子ね!」


「あはは……。それでは、僕たちも移動しましょうか」


 ライルたちは会場の後ろの方へと、通路を通って進む。


 空いている席はあれど7人が固まって座れる場所は無い。

 ならば全員で立ち見をしよう、という判断だ。


 後方の壁沿いに彼らは並び、何やら人が何人か集まり準備が為されている様子の檀上に視線を向ける。

 と、その時。


「おっと」


「きゃっ」


 先ほどの入り口の方から青年――フード付きのマントを着用している――が1人走って来て、モンシュにぶつかった。

 否、正確に言えば彼の持つ、布にくるまれた長い棒状の物がモンシュの足に当たったのである。


 青年はすぐさま棒状の荷物を引っ込め、中腰になってモンシュと目線を合わせた。


「ごめんよ、大丈夫かい?」


「は、はい。こちらこそすみません」


「いやいや、君が謝ることじゃないよ」


 人好きのしそうな素直な態度と表情で、青年はモンシュを気遣う。

 が、彼はふと顔を上げると、ライルたち7人の佇まいをまじまじと眺め始めた。


「…………」


「どうかしたか?」


 ライルが問いかければ、青年はいたずらっぽく笑う。


「ふふ。君たち、普通の参加者じゃないでしょ。少なくとも、競りをしに来てない」


「! 何でわかったんだ?」


「あはは! そう驚くことじゃないよ。服装とか、身なりを見てね」


 責めるような語気は無く、朗らかに言う青年。

 しかしティガルは、彼のことをキツく睨んだ。


「貧乏くせえって言いてえのか」


「まさか。健全そうだって言ってるんだよ」


 敵意を剥き出しにするティガルに、青年は穏やかに返す。

 けれども、その言葉選びには何やら含みがあり、彼自身の視線も少しだけ温度を変えていた。


「それってどういう――」


「あ、もう始まるみたいだ」


 再び尋ねようとするライルの声を遮り、青年は少々わざとらしく言う。

 そうして彼は追及の台詞が飛ぶ前に、前方の席へと移動して行った。


「なんだアイツ?」


 フゲンは口をへの字に曲げる。

 善悪を嗅ぎ分け難い青年に、釈然としない感覚を覚えたようだった。


「あ、そうだ。誰か髪留め持ってねえ?」


「小さいピンならありますよ」


「貸してくれ」


「? はい。何に使うんですか?」


「ありがと。使うかはまだわかんねえな」


「……??」


 ほどなくして、檀上がバッと明るくなる。

 会場の客が期待をにじませた声で小さくざわめき、司会を務めるのだろう、上等なスーツを着た男性が檀上に現れた。


 ライルたちの位置からは表情のよく見えない彼は、大仰な仕草で客席に向かってお辞儀をする。

 それから咳ばらいをひとつ、張りのある声で話し始めた。


「皆様、本日はお越しいただきありがとうございます。私共、今回も世界中の珍品高級品、通常の市場ではお目にかかれないものを取り揃えておりますので、どうぞ振るって落札をお狙いください」


 司会の説明が終わると共に、助手と思しき2人の男性が台車をガラガラと運んで来る。

 そこにはひと抱えくらいの大きさの、1枚の絵画が載せられていた。


「まずは1品目! 『富と呪いをもたらす絵画』こと、《朽ちた白百合》!」


 ライルたちは目を凝らす。

 細部は曖昧だが、黒っぽい背景に茶色とくすんだ緑色の物体が描かれているのが見えた。


「……不気味な絵だ」


「あんなのに価値があんのか? よくわかんねえな」


 シュリとフゲンが呟く。

 彼らの言葉通り、ただの平面作品であるはずの絵画は、それに似つかわしくないほど異様な雰囲気を放っていた。


「こちらは200年前、地上国に住むとある魔人族の画家が死の間際に描いたとされる作品。手にした者は莫大な富か、凄惨な死のどちらかを、必ず得ることになるという曰く付きです!」


 朗々とした語りを終えた司会は、「それでは金貨100枚から!」と客に促す。

 客は待っていましたとばかりに手を挙げ、次々と金額を口にし始めた。


 しばらくの後、絵画はライルたちにとっては実感の無い値段で競り落とされ、助手たちによって舞台袖へと引き下げられた。


 次いで持って来られたのは。


「2品目は、有角族の角! ご覧ください、この美しい曲線と滑らかな表面を。硝子細工にも劣らぬ繊細な1品でございます!」


「え、角?」


 ライルは思わず声を上げる。

 「珍品」とは言っていたが、早くも想像だにしない物の出現だ。


 困惑する彼など文字通り視野にも入れず、司会は続けた。


「御存知の通り、有角族は己の角を誇りとして後生大事にします。死後はあっと言う間に朽ち、本来であれば美麗な状態で角だけをお目にかかることはありません。が! この角の持ち主はなんと、自ら角を切り落としたのです!」


 カチ、とカシャの剣の鞘が壁にぶつかる。


「悪趣味ね! どうかしてるわ」


「ええ、そうね……。角の持ち主の人だって好きで切ったわけじゃないでしょうに、喜々として喋るなんて」


 クオウも眉をひそめ、仄かに忌避感を示す。

 それでも競りは当たり前のように進行し、「角」もまた高値で落とされた。


 また先ほどと同じように「角」が下げられ、新たな品が登場する。


 が。

 これまでの2つと違い、今度の品物は布に覆われた大きな箱状の物だった。


「さて3品目! ここで皆様お待ちかね、ナマモノの登場です!」


 いったい何なのだろうと首を傾げるライルたち。

 しかしティガルだけは、「3品目」の正体を察して思いきり顔を歪めた。


「チッ……やっぱりか。クソ共め」


 直後、司会が品物から布を取り払う。


「人間族の子ども、2人セットでございます!」


 そこに居たのは、檻に閉じ込められた小さな少年と少女だった。


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