122話 断らない
「!!」
ライルたちは顔を見合わせ、互いに頷く。
それから一も二も無く、音のした方へと駆け付けた。
路地を覗き込めば、そこには散乱した木箱や麻袋、そして2人の男と1人の少年。
少年は地面にうずくまるようにして倒れており、男たちは彼を囲んでいた。
「ははは! こいつほんとに抵抗しねえぞ!」
「おもしれえ、もっとやろうぜ!」
下卑た笑い声を上げ、男たちは少年を無理矢理立たせて殴る。
ボゴ、という鈍い音と共に少年は倒れ込み、また笑い声が彼に降りかかった。
その光景を目にして黙っているライルたちではないことは、言うまでもない。
「何してるんだ!」
ライルは叫び、路地に乗り込む。
フゲンとカシャも、戦闘をも辞さない心持ちで彼に続いた。
「あ? なんだテメエら」
3人の闖入者に、男たちは顔をしかめる。
悪びれる様子や、隠そうとする様子すら無い。
「通りすがりよ。痛い目に遭いたくなければ、その人から離れなさい」
カシャが双剣の柄に手をかけて威嚇する。
が、それでも男たちは見下すような笑い顔を崩さず、余裕綽々に言った。
「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困るぜ。俺たちゃ合意の上でコレをやってんだからよ」
「はあ!?」
思わず、カシャだけでなくライルとフゲンも素っ頓狂な声を上げる。
お粗末な言い訳にもほどがある、と3人はいっそ呆れた。
「嘘じゃないぜ。なあ?」
しかし男の1人が、倒れ込んでいる少年にそう問いかける。
するとどうだろう。
少年はふらつきながらも立ち上がり、ニコっと笑って返答した。
「うん」
そのあまりにも屈託のない笑顔に、ライルたちは唖然とする。
少年の癖のある茶髪は乱れており、顔には痛ましい打撲痕、目尻には僅かながら涙が滲んでおり、鼻からは血も出ている。
「フリ」などではない、明らかな暴行の痕がそこにはあった。
これで「合意です」などと主張されても、どう信じろというのだろうか。
ライルたちは髪の毛1本分ほども納得できなかった。
「そんな馬鹿な話があるとでも!? あんたたち、その人を脅して言わせてるんでしょう!」
「ひでえな、信じてくれねえのか? あー悲しい」
カシャが怒気を漲らせるも、暖簾に腕押し。
もはや話は通じないようだった。
「あーもう、めんどくせえ! ライル!」
「おうよ!」
とうとう痺れを切らし、フゲンとライルが1歩踏み出す。
秒を数えるより早く男たちはフゲンに殴り飛ばされ、少年はライルによって抱え上げられ回収された。
何が起こったのか、男たちと少年にはしばらく認識できなかった。
文字通りの、目にも止まらぬ早業だ。
ただ後方でカシャだけが、不服さの混じった複雑な顔をしていた。
「よっと」
「つまんねえ奴ら!」
ライルが少年を地面に下ろし、フゲンは大分向こうの方で伸びている男たちに文句を吐く。
幸いにも加勢などが来る気配は無く、場の収拾はつけられたようだった。
一件落着……とまではまだ言い難いが、ひとまずは、である。
「大丈夫か? 災難だったな」
ライルがハンカチで血を拭ってやりながら声をかければ、茶髪の少年はへらりと笑った。
見たところ年齢は16かそこらといった風だったが、それよりも幼い印象のある笑い方だ。
「えへ。ありがと、お姉さんたち。でもボクがあの人たちに殴っていいよって言ったの、本当だよ」
「そう言えって脅されたんじゃないのか?」
「脅されてなんかないよ。あの人たちが『鬱憤溜まってるからお前を殴らせてくれよ』って頼んできたから、ボクはいいよって言ったの。それだけなんだよ」
焦るでも怒るでもなく、至極普通のことを口するがごとく彼は説明する。
だが彼の言うことは、どうにも「普通」とはかけ離れていた。
「あなたは殴られても平気なの?」
「うーん、痛いのは辛いから、平気ではないかな」
「じゃあなんで」
「ボク、頼まれたら断れないんだよね。人の役に立つのが嬉しくってさ、なんでも『いいよ』って言っちゃう」
少年の回答に、ライルたちは面食らう。
優しいとか押しに弱いとか、そういうレベルの話ではない。
苦痛を厭う感覚があってなお、人からの言葉を優先する彼の心理は、とてもじゃないがライルたちには理解し難かった。
保護者や仲間……少年の自傷にも似た行動を止める者はいないのだろうか。
彼の口ぶりからして、こんなふうにタチの悪い輩に絡まれ暴行を受けるのも初めてではないのだろう。
全くもって、不健全である。
ライルたちはそれを指摘しようとするが、先に少年の方がまた口を開いた。
「そうだ! 助けてくれたお礼に、良いこと教えてあげる」
言って、彼は口に手を添え声を落として囁く。
「秘密のことなんだけどね。明日、この街で特別な競りをやるんだ。珍しい物や滅多に買えない物も出品されるから、よかったらおいでよ」
まるで内緒話をする子どものように、少年は笑った。
なんだか怪しい話だが、彼の表情や仕草を見る限りは、善意で教えてくれたに過ぎないようである。
「ね、明日、日が暮れたらこの場所に来て。ボクが会場に案内してあげるから。じゃあね、バイバイ!」
「あっ、ちょっと……!」
そうして少年は、返事も聞かずに去って行った。
カシャは引き留めようと伸ばした手の行き場を無くし、何とも言い難い表情でゆっくりとこれを下ろす。
ライルもまた引っかかる点ばかりの少年に、眉をひそめて腕組みをした。
「うーん、行っちまったな」
「心配すぎる奴だったなあ」
「……とりあえず、モンシュたちと合流しましょう」
何はともあれ、過ぎたことは仕方がない。
3人は消化不良の感情を抱えたまま、急ぎ足で集合場所へと戻った。
それから彼らは、既に待機していたモンシュたちに少年と男たちのことを説明。
競りの件も含め、洗いざらい話した。
のだが。
「は? は? なんつったお前ら??」
それに青筋を立てたのがティガルだ。
彼は顔を引きつらせ、ライルたちに詰め寄る。
「いやだから、明日なんか競りをやるらしくって……」
「そこじゃねえよ! その前! 厄介事に首突っ込むなって、おれ言っただろ!?」
「『見境なく』、でしょ。乱暴されてる人を助けるのは、妥当で必要な対応よ」
「馬鹿が! このお人好し共!」
お手本のように地団駄を踏み、ティガルが怒りをこれでもかと表明する。
せっかくの忠告をスルーされたのだから、さもありなんである。
「ま、まあまあ、落ち着いてくださいティガルさ――」
「敬称付けんな」
「ティ、ティガル。ええと、その明日開催されるっていう競りについて話しましょう。『珍しい物』が出品されるんですよね、ライルさん」
モンシュが話の軌道を戻そうと穏便に促せば、ティガルは口を閉じた。
その目には「覚えとけよ」という恨みがましさが宿っていたけれども。
「ああ、そう言ってた。『箱庭』への手がかりがあるかもしれないよな」
『地図』が地上国軍とローズ公国にあったくらいだ、手がかりとなるものがどこに転がって、あるいは隠されていてもおかしくない。
更に「特別な競り」ともなれば、手がかり発見の可能性は高いと言える。
「オレらの金じゃ競り落とせねえだろうけど、それっぽいもんがあるかどうかは確認しねえとな」
「そうね。あの子のことも気になるし、少なくとも彼には会っておきたいわ。シュリとティガルはどう?」
「自分も、参加して損は無いと思う」
「……ま、良いんじゃねえの」
ぷい、とそっぽを向いてティガルも答える。
同時に彼が自分の服の裾をくいと引っ張ったことには、誰も気付かなかった。