121話 預言者と巫女
かくしてティガルを仲間に迎えた雷霆冒険団は、数日ほど町に滞在し傷と疲れを癒した。
町の人々の気質は概ね寛容で、ティガルの助言もあってか揉め事を起こすことなく彼らは羽を休めることができた。
そうして一行は準備を整え、次なる地へと足を進めることに。
海底にぽつぽつと点在するドームを渡り、向かったのはイムタダという街だった。
「聞き込みならデカい街でやるのが一番だ」
夕陽の差し込む海の中、ライルたちを引っ張りながらティガルは言う。
「イムタダの街は首都の次くらいに栄えてる。ドームの広さも国で2番目。交易の一大拠点だから、国中の人間が集まってくるんだ」
「それは期待できそうだな! ちなみに、首都とは離れてるのか?」
「そこそこ。寄り道しながらでも3日あれば余裕で行ける」
「急いだらどのくらいだ?」
「金に糸目付けずに運び屋とかを使うんだったら、四半日くらい。……てかなんでそんなこと聞くんだよ。王都行きてえのか緑野郎」
「ライルって呼んでくれよ。いや、まあちょっと気になっただけだ」
あれこれ話しているうちに、イムタダの街のドームが近付いて来た。
国で2番目というだけあってかなり大きく、傍に建つ関所の規模も今までライルたちが見て来たものとは比べ物にならない。
周囲には商人だろうか、木箱や樽を背に乗せて泳ぐ海竜が大勢いる。
他にも人間を乗せた舟を引く者、たくさんの荷物を抱えて街から出て行く者など、多種多様だ。
しかし彼らはみなライルたち――つまりは、小さな海竜とそれに引っ張られる人間たちという、奇妙な一団にすれ違いざま奇異の目を向ける。
当然と言えば当然だが、そのたびにティガルが鋭い目で睨むものだから、海竜たちは関わり合いになることを厭い、そそくさと避けて行くのであった。
そんな中を一直線に突き進み、一行は関所に到着。
今度は賄賂など使うことなく、正規の手続きを踏んで街へと入ることができた。
「いいか。最初に言っておくが、厄介事には見境なく首突っ込むなよ」
イムタダの街に足を踏み入れるや否や、ティガルはライルたちを念押しするように指差す。
「今までよりももっと、行動には気を付けろ。普通のチンピラに見る奴でも、後ろに何が付いてるかわかったもんじゃねえ」
「例の『大きな組織』のことですか?」
「そうだ。ああ、まだ組織の名前を教えてなかったな」
そこまで言うと、ティガルは少し間を置き、声を落として続く言葉を口にした。
「アグヴィル協会、だ」
「!」
ライルたちは反射的に顔を見合わせる。
聞き覚えのある名前だ。
彼らのわかりやすい反応に、ティガルはふっと軽く息を吐いた。
「なんだ、これくらいはさすがに知ってたか」
「海底国まで連れて来てくれた奴が、教えてくれたんだ」
「なら話は早い。あいつらにだけは絶対、絶対に目を付けられるな。下手すりゃ貴族でも潰されかねないんだからな」
「ああ、わかった」
ライルはしかと頷く。
モンシュもカシャもクオウもシュリも同様に。
……ただフゲンだけは、浅く首を振るだけに留まった。
と言っても何のことはない、あわよくば戦ってみたいという欲の表れである。
「じゃ、二手に分かれて調査するか。今日はもうあんまり時間無いから、ひとまず近場でな。日が落ちたら、またこの場所に集合しよう」
こうしてライル、フゲン、カシャは街の北方面を、モンシュ、クオウ、シュリ、ティガルは南方面を探ることとなった。
ライルたち3人は通りを南下しながら、道行く人々や店先で客を呼び込む人々に「海の上にある『何か』」や「最近あった不思議なこと」について尋ねていった。
しかし彼らの反応はどれも芳しくなく、ほとんど「知らない」「覚えが無い」と返されるばかり。
歩いて、尋ねて、歩いて、尋ねて、を繰り返すもこんな具合で、気付けば何の収穫も無いまま日没を間近に迎えてしまった。
「……ま、そう上手くは行かないか」
通りの隅で立ち止まり、ライルは言う。
フゲンとカシャも足を止め、後ろの建物の壁に軽く背を預けた。
「情報が目に見えりゃいいんだけどな」
「こればっかりはね。地道にやりましょ」
「だなあ」
ライルはグッと伸びをする。
焦りは禁物だ、と己に言い聞かせながら。
「しっかし改めて見ると、海が頭の上にあるってのはやっぱ不思議な感じだよな」
と、街の上空、もとい海を見上げてフゲンが言った。
ドームを隔てた向こうで、海竜族や魚たちの群れが泳いでいるのが小さく見える。
太陽の光は海水で屈折して滑らかに揺らめき、街へと降り注いでいる。
街を包むドームから1歩踏み出せば、そこはもう海竜族以外の人間が自由に闊歩できる場所ではない。
あの透明な膜の外は、今まさに見えているあそこは、異世界なのだ。
「巫女様……神の声を聴ける人間が居るというのも、こう神秘的な国なら納得できそうだわ。実態は、薄暗いところがあるみたいだけど」
カシャもフゲンに同意する。
海底という、本来は人間が生存できない空間にある、人間の国。
単に「異国」と言うには足りない情緒を、彼女らは感じていた。
「そういやさ、巫女って預言するんだろ? 3年前のあの預言者となんか関係あるのかな」
「言われてみれば……。『箱庭』の預言にしても、30年前のことにしても、あの預言者はただ者ではないわよね」
「30年前? あの預言者って、前にも出て来たことあるのか?」
カシャの言葉に、ライルはぴくりと反応する。
それは記憶に無い情報だった。
「ええ。もちろん私は生まれてないから伝え聞いた話だけれど、民衆や王族貴族問わずいろんな場所のいろんな人の前に現れては、預言をして去って行ったらしいわ」
「オレも聞いたことあるぜ。地底国の町に知らねえ奴がやって来て、『どこそこに防壁を造れば安寧が保たれる』って言った。んで町長が言う通りにしたら、しばらく後に凶獣の大群が襲撃して来たけど防壁のおかげで町を守れた……って話」
「そうそう。私の故郷の近くでも、似たようなことがあったらしいわ。預言者の言葉を世界中が信じたのは、こういう『実績』が沢山あったからっていうのが大きいでしょうね」
ライルは神妙な顔でやや俯き、2人の話を頭の中でいくらか反芻する。
30年前に初めて現れた預言者。
数多の預言、それによる世界中からの信頼、を経てからの3年前の預言。
胸の奥に疑念が生じるが、彼はいったん思考を中断して顔を上げた。
「なるほどなあ。でも預言者が今どこに居るのかは、わからないんだっけ」
「ええ。30年前の時は2年くらい預言活動を続けた後、ぱったり現れなくなって。今回も知っての通り、『箱庭』の預言以来動きは無いわ。少なくとも、一般人の知れる範囲では」
カシャは苦笑する。
だが彼女の言葉には、預言者に対する疑いはほぼ無いようだった。
「巫女様に関係があるか含めて、尋ねられれば良いんだけどね。まあ無理な話ね。私たちは地道に手がかりを探しましょ」
「ウリファルジのことも気になるよな。……そうだ! 『海底国の巫女』が会ったんだから、他の海底国民にもウリファルジに会った奴がいるかもしれねえよな?」
良いことを思い付いた! とばかりにフゲンは言う。
確かに、ウリファルジが海底国に来たとするのならば、その可能性は多少なりとも考えらるものだ。
「じゃ、明日はその辺のこと聞き込みしてみるか」
そうしてライルたちが踵を返し、集合場所へと戻ろうと歩き始めた直後。
すぐそばの路地から、何かが盛大になぎ倒される音がした。