120話 内心、推し量り
「じゃ、ひとまずここで足を休めるか。さっきの奴らみたいなのは居なさそうだし、ゆっくりできそうだ」
フゲンはぐっと伸びをする。
少年曰く「流れ者の集まる場所」は、海の上でよく見た町々のそれとは少し異なる雰囲気がありつつも、一定の秩序が保たれているように見えた。
「あなたは家族のところに帰れる? 何だったら、私たちが家まで付き添うわよ」
「家族なんかいねえよ。帰る場所もねえ。ここがしばらくの止まり木だ」
気を利かせて尋ねるカシャに、少年はつっけんどんに言う。
同情などしてくれるなよと言わんばかりの口ぶりだ。
それを汲み取ってか、カシャは「そう」とだけ返した。
少年は彼女の表情を一瞥する。
と、踵を返して町の中心部に向かって歩き始めた。
「空いてる場所まで案内してやる。ついて来い」
ぶっきらぼうに言い放ちつつ動かす足は、体の小柄さに似合わず速かった。
ライルたちの返事を聞こうともせず、彼はずんずんと進んで行く。
一行は少年が今どういう心境かはいまひとつ推し量りかねたが、とにかく彼が親切にしてくれていることは確かに受け取れた。
少年を見失わないよう、ライルたちも速足気味に歩き出す。
しばらく行くと、両脇にテントや大きなシートがいくつも置かれた道に出た。
人々はテントの下で物品を入れた籠を並べて立っていたり、シートの上に木箱を置いて座っていたり、はたまたそれらを眺めていたりしている。
少年は彼らを指差し、言った。
「店はこの通りに集まってる。食いモンはそっちの方、服とか道具はあっちの方」
そう、テントやシートの人々は店を開いている者であり、眺めている人々は客なのである。
誰も建物を店舗として構えておらず、それぞれの店がとっている幅もまちまちなところを見ると、ここはかなり自由度の高い市場であるようだった。
「たくさんお店があるわね……あら、あそこのお店! 並んでるのは何かしら? あ、あっちにも似たような物があるわ!」
クオウは本でも見たことがない光景に、目を輝かせながら周囲を見回す。
隣を歩くモンシュも、食品を売っている店を見比べて興味深そうに目を見開いた。
「へえ、ここの辺りのお店にあるのが食べ物なんですね。どれも見たことが無いなあ……なんだか独特で面白いです。天上国とも、地上国や地底国とも違った感じがします」
「牛とか豚が少なくて、代わりに魚介類が食べられてるからな。あと野菜も海底に適応した種類のものばかりだ。食材も調理方法も、他の国とは勝手が違うんだよ」
好奇心をときめかせるモンシュに、ライルは思わず説明を加える。
と、それを聞いていたフゲンが首を傾げた。
「? ライルお前、海底国に来たことあったのか」
「えっ? あ、いや、知識として知ってるだけだよ。実際に見るのは初めてだ」
ゆるく首を横に振りつつ、否定するライル。
その言葉には嘘は無かった。
道なりにまたしばらく行くと、市場の並びは終わり、今度は武骨な建物群が現れた。
一戸建てのものもあれば、何階もある大きなものもある。
ただし、どれもが共通して装飾のほとんど無い石造りか煉瓦作りの建築物だった。
「ここからあっちまで、この道沿いは全部寝泊り用の建物だ。紐なりペンキなりの目印が付いてなきゃ、どれでも使える」
少年はまた先ほどと同じように指を差しつつ、ライルたちに言う。
「目印が付いていたらどうなるんですか?」
「既に居住者がいるってことになる。勝手に入ったら最悪殺されると思え」
「わ……わかりました」
物騒な単語に身震いをするモンシュをよそに、少年はさらに歩を進める。
目印があったり無かったりする建物群の中を行き、やがて入り口に無地の看板が掛かっている5階建ての大きな建築物に足を踏み入れた。
そこは宿のように多くの部屋のある施設で、入ってすぐの長く薄暗い通路の壁に、いくつもの薄い扉が並んでいた。
各々の扉の取っ手には紐が結ばれているものとそうでないものがあり、なるほどどうやら部屋単位で居住者を受け入れる場所らしい。
「運がいいな。ここの4部屋、全部空いてる。好きなとこ使え」
「ありがとう! じゃあ男女で分かれる……と、この広さで男4人じゃちょっと狭いか」
「そうね。2人1組になればちょうどいいんじゃないかしら」
わいわいと部屋割りについて話し始めるライルたちを、少年は口をへの字に曲げて見つめた。
それから視線を右に左に、首を上に下にと落ち着きなく動かして何事かを思案する。
「……なあ」
ややあって、彼は言った。
「お前ら、何なんだ? ただの旅人じゃねえだろ。誰にも言いやしねえから、教えろよ」
ライルたちは顔を見合わせる。
しばし黙り込んだ後、誰からともなくみな頷いた。
「実は――」
詳細な出来事は省きつつ、ライルが雷霆冒険団の辿って来た道筋を説明する。
少年はそれを聞き終えると、概ね予想の範囲内ではあったのだろうか、さして驚いた様子は無く「へえ」とこぼした。
「遠くからやって来た冒険者ね。ふうん」
また少し考える素振りをして、少年は口を開く。
「なら海底国には、頼りも何も無いんだな」
「そうなるわね」
「だけど海底国で手がかりを集めたいわけだ」
「ええ、ライルが話した通りよ」
彼は念入りに確認をしたのち、くるりとシュリの方を向いた。
「……そこのお前、名前は?」
「自分か?」
「ん」
「自分はシュリと言う。どうかしたか」
突然の指名に戸惑いつつも、シュリは答える。
と、少年はそわそわと己の両手を絡ませて、どこか恥ずかしそうに問うた。
「あー……シュリ、はさ。なんで『箱庭』に行きてえの」
「故郷の地底国に……白い花を咲かせるためだ。地底国に白色の花は存在しないから」
「ふーん」
コツン、と少年は靴の爪先を床で鳴らす。
そのままざりざりと足元の少々の砂利を擦り、シュリに言った。
「あのさあ、おれ、手伝ってやってもいいぜ。『箱庭』探し」
「えっ、なんでまた急に?」
ライルが思わず声を上げれば、少年は彼をギロリと睨んだ。
「うるせえ緑野郎。おれは今シュリと喋ってんだよ」
「ご、ごめん……?」
殊勝な態度はシュリ限定らしい。
ライルはひとまず口を閉じておくことにした。
咳ばらいをひとつ挟み、少年は続ける。
「おれも叶えてもらいたいコトあるから、ついでに、みたいな……。海底国の事情には詳しいからきっと役に立つぜ。戦いだって弱くはねえし、海中の移動だってさっきやって見せた通りだ。連れてく価値はあると思うが、どうだ?」
少年は口早に言葉を連ねた。
彼の声は僅かに上ずっており、必死に喋っているのであろうことがわかる。
シュリはライルたちの方を見た。
ライルたちは首肯する。
その反応が示すところと己の意志が一致していることにホッと安堵し、シュリは少年に向き直った。
「では……頼もう」
「! ああ、任せろ」
少年の顔がパッと輝く。
彼に怒られたことにより無言に徹していたライルは、彼と出会ってからここに至るまでの言動をじっくり見つめ直した。
さっきの街で反社会的な男たちに追われた時、少年はライルたちの助けを突っぱねようとし、無理矢理ついて来た彼らに苛立たしげだった。
自分は弱くないと、そう、今しがた言ったのと同様に主張して。
ライルが少年の「自分が囮になる」という提案を拒んだ際には、彼はひどく不服そうで、傷付いてさえいたようだった。
が、シュリが彼を信じると言えば、一転、彼は嬉しそうな反応を示した。
少年がシュリにちょくちょく好意的な態度をとるのは、このためだろう。
要するに。
少年は何らかの理由により、他者からの承認を人並み以上に求めている――と、ライルは推測を結んだ。
となると自分の言動は彼にとって嫌悪されるもので……などと彼が反省をしていると、「そうだ」と少年に向けてシュリが切り出した。
「あなたの名前は?」
ぴく、と少年の肩が揺れる。
目が泳ぎ、躊躇いが彼の瞳の奥をよぎった。
「ガル……ティガルだ。歳は13。よろしくな」
しかし彼はそう言うと、最初から円滑に自己紹介ができていた時のように、右手を差し握手を求めた。